何かあったら教③
白いマスク姿の私の全身が映るほど磨かれたメタリックな扉は、開けてみると案外軽かった。
手をアルコール消毒してからポリエチレンの手袋をはめる。鉛筆で名前を書いて受付に持っていくと、首から下げられるストラップのついた空間除菌グッズをもらった。
Cのマークが書かれた小さな除菌ペンダントを首にかけて会場のなかに入ってみると、思っていたより皆フランクに談笑していた。
実際にナックの集会に行ってみよう思ったのは、#ナック #肉まん #ダンボール で投稿していたむつみさん(@mutsu____63)にDMしたのがきっかけだった。彼女は肉まんダンボール事件以来、肉まんはおろかあらゆる冷凍食品に手を出せなかったらしい。肉まんダンボール事件がどんな変遷を辿ったのかを聞いているうちに、ナックの話になり、ナックってどんなひとがいるの? と聞いてみると、一度集会に来てみればと誘われたのだ。
もちろん配信で見てもよかったのだけれど、むつみさんに会いたい気持ちと生来の好奇心が勝り、ここまで来てしまった。
目印になるように、と伝えていた赤色のニット帽を被り、あちこちで話し込むグループを眺めながら会場を歩いていると
「あなたメリーさんじゃない?」
と、後ろから声をかけられた。おでこを出した肩までの黒髪に少し垂れた目と紺色の不織布マスク。紛れもないリアルなむつみさんとの出会いに、お互いエアハグで喜びを伝え合った。
「ねぇ、早速だけどメンバーを紹介させて。私たちはナックのなかでもIZM(アイゼットエム)っていうグループに所属してるの」
と言うと、ポロシャツにハーフパンツ、少し白髪混じりの髪を横に流した清潔感のあるベージュのマスクを着けた男性がこちらにやって来た。鼻から下は見えないが、印象の良い小さな笑みを浮かべたように目を細めると「はじめまして。吉田と申します。噂はむつみからかねがね」と言いながらエア握手の手を伸ばした。ラジオDJのような低く通る声だった。
「飲み物はもらいましたか?」
「初めて来たので勝手がわからなくて。どこでもらえるんですか?」
吉田さんが指差す方向を見ようとした瞬間、慣れない場所で緊張していたせいか、身体がヨロけて吉田さんのつま先を踏んでしまった。
「ごめんなさい!」
吉田さんの足は固かった。
それはまるでカチカチの鉄板を踏んだような感触だった。
安全靴!
ハッと顔を上げると、その優しげな目を細めてこう言った。
「ゼロリスクだよ」
(つづく)
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