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異業種から言語聴覚士に。“小児一筋”で働く理由【Vol.3】STはなさん

言語聴覚士。ことばによるコミュニケーションに難がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職である。

小さな子どもをもつ親は「子どもがなかなか言葉を話さない」「特定の発音が難しい」など、言語発達に課題や不安を感じたとき、彼らの支援を受けたくなるだろう。

しかし残念ながら、生活圏内でアクセスできる小児分野の言語聴覚士は非常に少ない。

そこでこの連載では、小児分野の言語聴覚士やその育成に関わる方に話を伺い、子どもの言語発達に関するトピックや、言語聴覚士としての活動内容などを紹介する。

子どもの言語発達に悩むすべての人に、この記事が届きますように。


今回お話を伺ったのは、地質関係の研究職から言語聴覚士へ転身し、約20年間“小児一筋”で支援を続けている、言語聴覚士のSTはなさんです。

月1〜2回しか会えない利用者さんをどう支援しているのか、他業界での経験が今の仕事にどう活かされているかなどを教えていただきました!


STはなさん

子どもの頃の夢「宇宙飛行士」になるべく理学部に入学したものの、英語力のなさに挫折。卒業後専門職(地質調査)として働き出すも、急激な方向転換でST養成校に進み、第1回言語聴覚士国家試験にギリギリ合格!その後、福祉系の小児分野から医療系に異動となり、現場一筋で今に至る。多趣味すぎて文字数が足りないほど…歌って踊れる近所のおばちゃんSTを目指し続けている。

たまたま知った言語聴覚士。成人志望だったが、縁あって小児分野へ

——はじめに、はなさんが言語聴覚士になった経緯や理由を教えてください。

はなさん(以下略):私は大学卒業後、建設系の企業に就職して地質調査をする仕事に就いていました。当時の建設業界は男社会で体力が求められ、深夜残業も当たり前。将来的に結婚や出産を考えていたので、長くは働けないと思い、転職を考えました。

私の家族は医療従事者が多く、たまたまそのタイミングで家族の一人が作業療法士の専門学校に入ったんです。そのときにふと「セラピストっていいな」と思い、いろいろと調べているうちに言語聴覚士に行き着きました。大学では理系専攻だったこともあり、人の脳の働きを勉強できる点も魅力に映りました。

当時はまだ国家資格ではなかったのですが、養成校へ入学したタイミングで国家資格化が決まり、つくづく「ラッキーだな」と思いましたね。そして無事に資格を取得し、一期目の言語聴覚士として現場へ出ました。

——就職では小児分野を希望されていたんですか?

在学中は、脳に興味があったこともあって、急性期の成人分野を専門にしようと思っていたんです。でも卒業時に行きたかった病院の求人が出ず、たまたま知り合いに勧められた児童相談所に就職しました。当時その地域の児童相談所には言語聴覚士がいて、地域を回って子どもを見る役割を果たしていたんです。

まずはそこで仕事をしながら成人分野の求人が出るのを待とうと思っていたんですが、そのまま小児分野にハマってしまいました(笑)。(そのエピソードは後ほど…)

また、いわゆる「1人ST(同僚が産休・育休取得中)」だったからこそ、聴覚障害や吃音などの子どもも含めて、小児分野に関するさまざまな経験を積むことができました。

そして現在は、勤務先の組織変更や私自身の異動などがあり、大きな総合病院の言語聴覚士として働いています。

なかなか会えないからこそ、家庭や地域でできる支援を伝える

——病院の言語聴覚士として、どのような支援を行っているのでしょうか。

病院で診ている人数はとても多く、中には片道3時間かけて遠方からも来る方もいるほどです。基本的には月1〜2回通ってもらい、限られた時間の中でできる限りの支援を行っています。

まず親御さんに対しては、「生活の中でどう関わっていくか」を伝えています。例えば一人っ子の家庭と兄弟のいる家庭では、生活のリズムが異なりますよね。各家庭によって環境が異なるため、生活スタイルに合わせたよりよいアドバイスを行うようにしています。

お子さん本人とは、めいっぱい遊びます。楽しんでいる中でできることを増やしていくことが大切だと考えています。

——日々の生活の中で、親御さんに共通しておすすめすることはありますか?

お伝えする機会が多いのは「1日10分でも20分でも、お子さんと1対1で遊ぶ時間があるといいですね」ということです。

子どもは自分の好きなように遊んでいるときが、もっとも力を発揮します。支援の現場ではよく「うちの子、言語聴覚士さんと遊んでいるときはニコニコしているんですよね…」と言われますが、私は本気で遊んでいるだけです(笑)。

だからご家庭でも、そのフルパワーで遊んでいるときの子どもをよく見ていただけたら、きっと得るものがあります。また、そんな子どもにそっと寄り添って遊ぶだけでも、子どもとの関係性が深まると思います。

——地域の児童支援施設や保育園など、子どもを取り巻く方と関わることもあるのでしょうか。

ありますね。この病院でできることが限られるからこそ、各地域の児童支援施設などで行っている支援内容を把握して必要な情報提供を行うことが、主な仕事ともいえます。

その患者さんが通う児童支援施設などに言語聴覚士がいない場合は、保育園や幼稚園に情報提供することもありますよ。

現在はオンライン会議システムが普及したので、病院と現地の施設とをつなぎ、脳性麻痺のお子さんのごはんの食べ方などを実演できるようになりました。他にも、その地域でできそうなこと(言語発達への工夫やコミュニケーション支援など)は具体的にお伝えするようにしています。

子どもが「外の世界」とつながった瞬間

——これまで出会った利用者さん・患者さんの中で、印象的だった方はいらっしゃいますか?

働き始めて早々に出会ったお子さんとの経験が、今も言語聴覚士としての要になっています。

そのお子さんは3歳半検診から、保健師さんが紹介してくれたケースです。知的障害の最重度で、言葉も要求もまったく出ず、放っておいたらずっと、お気に入りのタオルを握ったまま座っているだけの子でした。お母さんはこの様子だと保育園に入れないと思い、仕事を辞めてずっと一緒に家にいたそうです。

療育相談では3回目まで、まったく反応がありませんでした。お母さんには「不安に思うかもしれませんが、まずは見守っていてください」とお願いして、その子とひたすら一緒に遊び続けました。

そして4回目の療育の日、その子が投げたタオルがたまたま私の頭にかかって。その子にとって私は「もの」のような存在だったと思いますが、タオルが好きだからよちよちと取りに来たんです。

そしてタオルを取るために私の顔に近づいた瞬間、真正面から「いないないばあ」をしたら、初めて笑ってくれました

それが、お子さんが「外の世界」とつながった瞬間でした。

そのあとはお子さんの頭にタオルをかけて外す遊びをしたら、すごくハマってくれて。30分ほどずっとその遊びを延々と繰り返しました。

そのあとお子さんは急激に変化して、3ヶ月後にはお母さんから「とうとう話し始めたんです。『ママ』って言われました」と報告されました。普段ずっと関わっているのはお母さんだったので、とても嬉しかったと思います。

子どもが外の世界とつながった瞬間を目の前で見せてもらったことで、こんなに楽しくてやりがいのある仕事はないな、と思うようになりました。

言語聴覚士はすべての経験を活かせる職業!

——素敵なエピソードですね……。言語の遅れや発音を直すだけが言語聴覚士の仕事ではないと、改めて感じました。はなさんは今後、どのような活動をしていくのでしょうか。

まず今の勤務先で勤務できる時間は限られています。そのため私の持っている知識やスキルを後輩に伝えることや、小児分野の言語聴覚士を増やすために、研修の機会を増やしているところです。

学習障害や吃音などは、成人分野の言語聴覚士なら馴染みやすいと思いますので、まずはそういった領域から成人の医療機関へもアプローチして、小児を対象にしてくれる言語聴覚士を増やしていきたいですね。

私自身が本当にやりたいのは、先ほどのような「言葉がない子を外の世界とつなげる役割」です。難しくはありますが、大きなやりがいを感じていますので、退職後も機会をいただけるのであれば別の場所で役割を果たしていきたいと思います。

——最後に2つメッセージをいただきたいと思います。まず、なかなか言語聴覚士とつながれない親御さんに向けてアドバイスはありますか?

まず親御さんは、この情報過多な社会の中で、ご自身で情報収集するなどすでにたくさんがんばっているので、あまりがんばりすぎないでほしいと思います。

その上で、まずはお住まいの地域の療育担当者や児童支援施設などに連絡し、言語聴覚士のニーズを伝えてはどうでしょうか。かかりつけの小児科医に相談するのもよいかもしれません。親御さんのニーズを受けて求人を出す施設もゼロではありませんので、ぜひアクションを起こしていただけたらと思います。

——次に、これから言語聴覚士を目指そうとしている方に向けて、メッセージをお願いします。

言語聴覚士は、専門知識以外のことを活かせる仕事だと信じています。親御さんや子どもたちへの支援という意味では、普段の「このYouTuberって知ってる?」などの何気ない会話から、家庭環境や生活環境を察することもできます。こうしたコミュニケーション力や前職での経験が、最適な支援につながることもありますよ(成人分野から小児分野への転身も同じです)。

また他分野からの転職にも不安があるかもしれませんが、私自身まったくの異業種から入ってきて、ここまで経験を積むことができました。人と接することが苦でなく、新しいことへの探求心があるなら、ぜひチャレンジしてほしいです。

STはなさんTwitter


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