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今日の本|「わたしは英国王に給仕した」ボフミル・フラバル

チェコはプラハのホテルで、給仕見習いとして働き始める男の物語です。
主人公は給仕長を経て、戦争成金としてホテルオーナーにまでのし上がるが、最終的には道路工事夫として生活する。

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主人公の師匠に当たる給仕長が、客を見極めるエピソードが素晴らしい。

手持ちのお金がいくらぐらいか、どんな料理を注文するか、同席者とはどんな関係か、国籍はイタリア人かユーゴスラヴィア人か、どんな病気を患っているか。
給仕長は、それらをいつもピタリと言い当てる。

主人公と給仕長は、小銭を賭け、どんな客かを当てるゲームをするが、そのたびに給仕長がいつも正しいことが証明される。

主人公は負けるたびに「なんでそんなにお分かりになるんですか?」
給仕長はときに背筋を伸ばして、ときには遠慮がちに、
「わたしは英国王に給仕したことがあるからだよ」
本当にいい給仕長になりたかったら、お客を見抜かなければならない、と。

私もこの類の人間観察ゲームが好きです。
コンビニから出てきたお客さんの服装や歩き方、表情、買ったものなどを見て、駐車場のどの車に戻るかを当てるのは、ちょっとした特技。

あっても仕方ない特技ながら、やめられない趣味みたいなもの。
コンビニから出てきた人の出身地までは、ちょっと見抜く自信ないけど…

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この本は、「あー、こういう人いるよね」「どっかで聞いたことあるような話」みたいな、既視感あるエピソードがふんだんに散りばめられています。

国や文化も全く違うのに、むしろ背景に戦争がある時代なのに、それでも人間は大体、同じようなことして、同じようなこと考えたりしてるなぁ思うと、妙に癒される。

実家に帰って母親から聞く近所の噂話みたいな、妙なリアルさがあります。
「給仕人」という、あらゆるものを見聞きしなければならない、観察者としての物語であることがいいんです。

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物語の最後、主人公が道路工事夫として一人で生活する中で、これまでの人生を振り返り、内省を深め、自分を解放していく様子が、これまたいい。

居酒屋で近所の人たちと飲みながら、「どんなふうに埋葬されたいか」と、現代の居酒屋でも持ち上がりそうな話の返答として、

時間が経って棺が崩れ落ちたあと、分解されたわたしの残余物が雨で流れ出し、世界の二つの方向に流れていくようにしてほしいんです。その水とともにわたしの身体の一部が一方ではチェコの小川に流れていき、もう一方では国境の有刺鉄線を越えてドナウに続く小川に流れついてほしいんですよ。つまり死んだ後も世界市民であり続けたいんです。

わたしは英国王に給仕した

「世界市民」

私が死んでも、やっぱりそこら辺にふわふわ漂って、「家政婦はみた!」ばりに、世界中の人間の数だけある物語を、好奇の目で見続けたい。

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