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【発達障害と診断されるまで~思春期でのてんかん診断】

 息子氏の発達障害を疑うようになった私は、発達障害に関する本やネット情報を読み漁りました。

 そこで出会った記事にハッとしました。

「発達障害の二次障害として、うつ病を発症することがある」
「発達障害の人は、思春期・青年期にてんかんを発症することが多い」

え?
私やん・・・

私が精神科入院時にてんかんの発作を起こして、生死をさまよったということは以前の記事に書きました。

 自分がてんかんであることをすっかり忘れてしまっていましたが、この時↑に倒れて大騒ぎになったことで思い出しました。

 小学校高学年の頃から、私は時々意識を失って倒れることがありました。
 お風呂場で意識を失い、気が付けばお風呂の洗面器がお尻の下で木っ端微塵になっていたこともあります。
 そのことを親に報告しても、
「食べなさすぎ。痩せすぎ。だから貧血で倒れる」
と言われて終了。そんなことが度々ありました。

 高校時代のある土曜日の昼下がり。学校から家に帰ってきて、当時健在だった祖父母は家の裏で畑仕事をしていて、家に一人でいました。

 そこまでは記憶にあります。

 次の記憶は、町医者の待合室で祖父の隣に座っていたところから始まります。

 話によると、畑仕事から祖母が帰ってきたら、私が居間で倒れていたのだそうです。起こして、着替えさせて、慌てて祖父に町医者へ連れて行ってもらった、と。
 私が自分で着替えて、自分で歩いて車に乗り、待合室まで行ったのだそうですが…

 全く記憶にありませんww

 私は、待合室で意識が戻り、何がどうなったのか全く理解できませんでした。通常なら外へ行くときに着るはずのない部屋着を着ていましたが、意識のないまま自分でそれを着たのだそうです。

 町医者では「風邪だろう」という理解不能な診断で、帰宅。

 仕事から帰ってきた母親が、私の異変に気付きました。
 多分、会話になっていなかったのだと思います。ぽわわんとした状態だったような気がします。
 滅多なことで仕事を休むことのなかった両親が、翌日、近くの総合病院の神経内科に連れて行ってくれました。

 神経内科では、脳のCT、MRI、脳波などあらゆる検査をしたと思います。そこで、「てんかん」という診断を受けました。奇しくも、診察をしてくれた医師は、てんかんが専門の大学教授でした。

 実は、私の弟が幼児のころに「てんかん」と診断されていました。彼の発作は度々目にしてきましたし、そのたびに我が家は大騒ぎになっていました。幼いころの発症だったために、弟を過保護にしてきた親の姿を冷ややかに見ていました。

「MRIで見ると、脳の発達が未熟です」
「おそらく、私も弟も遺伝的なものでしょう」

と医師に言われたことを覚えています。
 弟への過保護な対応にうんざりしていた私は、高校生になって同じ診断を受けたことに、何とも言えない気持ちになりました。

 その上、脳が未熟?
 そこそこ勉強はできていたのに、未熟?と言われて、どゆこと?とさらに複雑な気持ちになりました。

 そのせいか、毎日飲まなければならい発作を起こさないための抗てんかん薬が処方されたのですが、どうしても飲もうと思えませんでした。
 ですが、主治医となった大学教授がとてもフレンドリーだったので、診察には定期的に通っていました。

 就職し、定期的に休みを取ることが難しくなったため、病院通いを自主的に中断しました。それでも発作を起こして倒れることがなく、すっかり「てんかんである自分」を忘れてしまっていました。

 で、入院中の発作になったわけです。

 そして、発達障害について調べているうちに出会った「青年期のてんかん発症」という文章に驚きました。
 てんかんについて調べても、小児の発症や高齢になってからの発症が多いと書いてあることが多く、思春期青年期に発症するケースは殆ど記述されていないからです。
 その文章に出会って、初めて「もしかして私が発達障害なのかも?」という思いを抱くようになりました。

 続きはまた次回^^

 以上、発達障害~母ごころ当事者ごころのあゆでした(*'ω'*)

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