見出し画像

どうしようもなく泣ける料理短編小説『彼女のこんだて帖』

くぅ~~~、泣ける泣ける。

料理にまつわる15の物語がおさめられた角田光代さんの『彼女のこんだて帖』を読んだ。夜にハイボールを飲みながら読んだら、こらえきれずこっそりと泣いた。お酒が入るとやばいぞ、これは。

失恋をした女性が自分を励ますためにラム肉を焼いたり、妻を亡くした男性が妻の手料理を思い出したくて料理教室に通ったり、どの話もじんわり切なく、あたたかく、どうしようもなく泣けてきてしまうのだ。

読んでいるあいだは自分がドライアイであることを忘れるくらい、目が潤みっぱなしだった。プロポーズされたり、人を好きになったりするハッピーな話ですら、感極まって、涙なくしては読み進められない。なんでこんなに、泣けるかなあ。

もう、これはとにかく、角田さんのすんっばらしい描写力のおかげだろう。大切な人を失ったら悲しい、というのは当然だけど、それが主人公の何気ない動作から、ひしひしと伝わってくるのだ。

たとえば「泣きたい夜はラム」は4年付き合った彼から別れを告げられ、その後ろ姿を主人公が見送るシーンからはじまるのだが、

ベージュのコートを着た康平のうしろ姿は、ホームへと続く階段をあがっていく。おんなじようなコート姿が康平を隠すようにしてホームへとあがっていくが、協子の目に康平の背中は、まるで光を放っているようにいつまでも目をとらえた。コートが下半分になり三分の一になり、グレイのズボンが見えなくなり黒い革靴が見えなくなってしまってようやく、協子は隣のホームに続く階段へと向かった。

まるで目に焼き付けるように、彼の背中を見続ける協子(主人公)の視線。その描写だけで、生々しいほどの切なさが胸に迫ってくる。何気ない動作だけで、こんなにも人の心は視えるのか。

そして話はかわり、「ピザという特効薬」では、無理なダイエットをはじめた妹を気遣う兄が、料理好きの女性に「ダイエットに有効でおいしい食べ物を教えてほしい」と相談をする。その女性の回答が、まあ痺れるほど格好いいから、聞いてほしい。

「だめだ、そんな姑息な技。あのね、食べものってのはね、おいしーい、って思いながら食べなきゃいけないの。痩せようと思って食べるとか、まずいと思いながら食べるとか、健康にいいって理由だけで食べるとか、そんなのだめだめ。食べものの神さまが怒って、絶対に仕返ししてくんの。

何度も読み返せるように、手帳に書写しておいた。いやほんとに真理。

どの話も単独で楽しめるのだけど、シングルマザーの母が、その息子の恋人が、その同僚が、というように人間関係が繋がって話が展開していくから、見えない部分のストーリーまで想像がかきたてられて、また、涙してしまう。余韻の残り方が、まあ果てしないこと。

余談であるが、私はあとがきですら泣いた。完ぺきに油断した。角田さんが食にまつわる母との思い出を披露してくれたのだけど、料理をすること、食べることは、こんなにも人と人をつなぐ行為だったのか、と身に沁みて感じた。

私は凝りもせず、またハイボールを片手に、この本を開くのだろう。たっぷりと泣いて満たされたい、ひとりの夜に。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?