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ストーカーから見た世界は…。「愛しすぎた男」(ハイスミス)

きみが、あなたには仕事があるではないかというのはけっこうです。でも、きみのいない人生は完全とはいえません。

すでに人妻ですらあるアナベルと結婚することを“信じている”デイヴィッドは、ふたりの愛の巣となるはずの一軒家で今日もまた夢の続きをみる。徐々に現実と夢の乖離が激しくなり、破滅の足音が。

ストーカー視点のサスペンス小説。なんだか気持ち悪そうだなあ、と読み始めたら、むしろデイヴィッドは女性を恋い焦がれさせるほどの好青年で、アナベルと結ばれなかったのはタイミング的な問題か? と序盤に思った。

読み終えて、愛ってなんだっけ。と、じつに哲学的な疑問が浮かんできて苦笑する。現代ではメンヘラ? 地雷っていうのか。既読スルーされているのにヤキモキして、嵐のように連絡を送りつけてきたりする感じ。旦那のいる前で堂々と愛の告白かます大胆さ。デイヴィッドのこじれっぷりは誰がみても常識から大きく外れていて、さぞ実社会で生きにくかろう。

はなからアナベルが見向きもしないのも当然か。デイヴィッドの“すぎる”愛は、アナベルそのものではなく自分が作り上げた理想という名の虚像、さらにいうと結局じぶん自身にしか注がれていない。自分が満たされればいい。何事も“すぎる”は、“足りていない”の裏返しだと思う。

デイヴィッドがじわりじわりと破滅に向かっていくさまに引き込まれるのだけど、中盤以降は破滅こそ唯一の救いじゃないかというくらい、先の見えない地獄がつづく。

いや違うな。どこまでも、誰とも、心を通いあわそうとしないデイヴィッドが、自ら世界を地獄に変えていく。愛に身を滅ぼすのではなく、自滅していく男の物語だった。


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