Little Diamond 第8.5話 ①
あらすじ
魔法と科学が共存し文化を築いてきた世界。
高い壁と厳重な警備体制により平和が保たれていた首都へ向けて「モンスターの群れが侵攻中」との一報が、騎士団本部に入った。
運悪く今は、国が主催する大規模イベント警備のため人員不足。対モンスター戦の主力部隊も定期討伐のため留守……最悪のタイミングだった。
真昼間に正面玄関から堂々と襲撃、という不自然な状況に不穏な気配を感じるも、即時の対応を迫られた騎士団長サチは臨時部隊を編成し自ら討伐に走る。
大切なものを守るため、彼はプライドを捨ててチームの一員として戦う。
愛する妻、信じて任せられる仲間、未来の希望。
守りたいもの、目指すべき場所があるから強くなる。
プロローグ
魔法と科学が補い合い発展してきたこの世界の技術と文化は、地球全土を巻き込む大戦により崩壊。
終戦のきっかけとなった大魔法「呪い」の効果は遺伝子に働きかけるものであり、数年かけて大人のほとんどが死に絶えた。
生き残った子供たちは遺された過去の技術を取り込み、「魔法をベースとした」新しい文化を築きながら約20年……。
雪の中から顔を出した新芽が力強く天を仰ぐように、現在も彼らは確実に復興を進めている。
この物語はそのほんの一部、王国騎士団の人々にスポットを当てたお話。
町から一歩外に出ればモンスターや盗賊達が徘徊する、治安の悪い国内。
市民の安全と秩序を護るのは、彼ら騎士団の任務であった。
8.5 騎士団長の宝物 ①
8.5‐1
俺はまだ夜が明けきらない早朝から、王都内にある騎士団直轄の養成所へ視察に来ていた。
首都内5か所の訓練施設でも成績優秀な者たちはここに集められ、騎士として採用される前にここでさらに磨きをかけられることになる。
15~18歳の若き訓練生たちが、早朝から木刀を手に打ち込みをしている。
今日もよく声が出ているな。
元気で良い。
そのうちの一人が、こちらへ駆け寄ってくる。
「騎士団長様ッ。もしよろしければ稽古をつけていただけませんかッ」
珍しい。
ここへは月1程度で来ているが、こうして声をかけられることはめったにない。
なぜなら俺は、まだ階級の低い騎士や訓練生たちにとって「寡黙で威厳ある恐ろしい騎士団長様」で通っているからだ。
むやみな馴れ合いは気のゆるみを生み、本人だけでなく周りを危険にさらすことがある。
特に仕事とプライベートとのケジメをつけられないような奴は、絶対に編成に入れたくない。
だが威勢のいい若者は好きだ。
他人に遠慮して動きが悪くなるようでは、戦場では使えない。統率するには手がかかるが、自分で考えて判断し動ける者の方が信頼できる。
【個のない兵士を量産して捨て石にするのが軍であってはならない。1人1人が勇者となり、かつ、志をひとつにした軍を作りたい】
これは国王とも考えが一致していることだ。
だから将来仲間となるであろう訓練生が、こうして自分の意志で動くのを見ると正直嬉しいのだ。
思わず顔がほころぶのをガマンし、鉄面皮を貫く。
「……ほう、いいだろう。ただし、真剣を使え」
「……!!」
真剣を使うことに、別に意味はなかった。
なんかカッコいいこと言ってみたかっただけだ。
だけどよく考えてみれば今日は俺は1本しか剣を持って来ていないし、一緒に来ている副団長は大剣持ちだった。
しまった、貸してやれる剣がない。
どうしようかな、と思っていたら、他の訓練生が奥から真剣を持ってきた。
ナイス。これなら細身で比較的扱いやすい。
なかなか機転の利く奴がいるじゃないか。
「さあ、心の準備ができたら構えろ。好きなタイミングでかかってこい」
「はいッ」
相手は構え、それから走り込んできた。
「たぁーーっ!」
さっそく勢いだけで打ってきた。
パワーはあるが、太刀筋は幼い。
”ガギィィン!!”
軽く受け流す。
ハッキリ言って俺は、剣に関してはそこまで達人ではない。親友の正影(まさかげ)には一度も勝ったことがないし、武術大会は2位止まり。
この国だけでも俺より強い奴はごまんといるだろう。
それに団長となった今では采配や管理がメインの業務だ。毎日のトレーニングは欠かさないものの、自分で戦うことはあまりない。
だけど訓練生に負けることはないと思っている。
剣技とは、身体と剣を扱うだけの筋力や体力が十分あって、基本の型や動きが身体に染み付いてしまえば、あとはもう心理戦だ。
相手の心の状態から、動きを予測できる。
そこでものをいうのが経験だ。
表情や身体の動き、クセを観察し、経験と勘で次の手を読む。経験を重ねれば重ねるほど、頭ではなく直感で捉えて身体が反射的に動く。
そういうものだ。
もうこの訓練生の弱点は見切った。
打ち込んできた剣を左手に見てかわし、同時に踏み込んで相手の左わきに向けて切り上げる。
と見せかけて一旦引いて右を突く。
相手はバランスを崩し、尻もちをついた。
その両脚の間に、剣を突き立てる。
「……!!」
「よく訓練はしているようだな。だが脚が弱い。体幹を鍛えろ。剣にばかり気を取られていると、脚がもつれるぞ」
「は、はいッ!ありがとうございましたあッ!!」
やはり真剣での手合わせは緊張感がある。
なかなか楽しかった。
朝からしっかり体を動かしたので気分がいい。
おかげで寡黙なキャラだというのに、ちょっとしゃべりすぎた。
「団長、そろそろいきましょうか。会議の時間です」
ちょうどいいタイミングで副団長グレッグが声をかけてくる。
「うむ」
訓練生たちに短く激励の言葉をかけ、施設を後にした。
8.5-2
王都内にある、騎士団本部の会議室に入る。
すでにメンバーは揃っていて、ミーティングの準備が進められていた。
今日のメンバーは10名ほど。武術大会に関係するリーダー達が集まっている。
席に着くなり秘書兼参謀で団長補佐官のレイが隣にやってきて、今日の会議の内容を告げる。
「団長おはようございます。今日の会議では、昨日から始まったククルの町での武術大会予選の経過報告と情報共有、それに対応するサポートの見直しについて話し合います」
彼はまだ若く、養成所を出てすぐに団長補佐として配置したが、とても有能だ。
意を汲むのが得意で立体的に物事を捉え、柔軟な応用力がある。
面倒見もよく愛嬌もあり、表裏がない素直な性格だ。
「こちら最新の資料です。あと3分ほどで始まりますので目を通しておいてください」
渡された紙束をパラパラとめくってみると、昨日の各所からの報告書と予選出場者のエントリーシートの写し……25名分。
……これを3分でとか無茶すぎる。
「あ、ちょっと待った」
踵を返した彼を引き留め、手招きして耳元で小声で囁いた。
「正影は?」
彼の名はあまり知られたくない。
このメンバーの中で彼を知っているのはレイと、副団長のグレッグだけだ。
「近くでモニターしているはずです。先ほど連絡がありました」
「そうか、なら問題ない……」
正影というのは諜報工作部隊を任せている男。
隠密行動を常とし、潜入工作などに支障が出ないよう、顔も名前も公には出さない。
こういった会議にもまず同席しない。
たとえ予選会場の警備担当であってもだ。
そもそもが俺の指示になんて従う気がないし、協調性ゼロ。
援護に来ることはあっても指揮下に入ることは決してない。
周りの動きを見ながら、自分で考えて自分で判断するのみ。
諜報工作部隊自体も、騎士団所属とは名ばかりの集団行動をしない特殊な部署だ。
任務を遂行することに対しては非常にストイックだが、手段は自由。
連携はもちろんとるが、上から指示するようなトップダウンの組織ではない。
互いを尊重、信頼、補完し合い各自で行動するのが唯一のルールらしい。
そんな正影とは、訓練所時代は寮でルームメイトだった。
妻と国王以外に俺の名前を呼び捨てにする、ただ一人の「親友」でもある。
引き込もりがちで不愛想で、常識はないし無茶もするヤツだが、気心は知れている。
今もきっと、その辺で気配を消して潜んでいるのだろう。
各席に飲み物が配られ、全員が着席した。
見知った者同士なので挨拶などは省かれ、いきなり本題に入る。
レイが立ち上がり、今回の会議でのタスクを確認する。
要約するとこうだ。
—————————————————
◆ この会議の目的は、予選会の警備・サポート体制の見直し。
◆ 現地スタッフ、出張した団員、医療課、諜報工作部隊の各部署からの報告まとめを確認する。
◆ 報告から分析した、今回のククルでの予選大会で注意すべき点の列挙。強力な魔法を使う者。魔法耐性異常の特徴がみられる者など。
◆ 一般客への被害防止、出場者自身の命を守るため、警備やサポートを万全にする必要がある理由をもう一度全体で共有。
◆ 各部署リーダーの知見から、予測される危険と対策を検討する。
◆ 最終的には警備・サポートの配備を再決定し、すぐに各所に要請し指示を出す。
—————————————————
手短にまとめられた説明を聞きながら、俺は資料に目を通した。
この大会は一般の観客も多いため、安全確保は絶対だ。
イベントの主管である騎士団は、そのために全力を注ぐ責務がある。
けれど制約が多すぎてしまっても本末転倒。
出場者がその能力をのびのびと充分に発揮できる環境でなければ、才能の開花と人材発掘という趣旨を達成できない。
だからこそ自由度は確保しつつ、出場者たちの能力を早めに見極め、問題を予測して対策を打っておかなければならない。
戦闘経験のない者に対しては、医療サポートを強化する必要がある。試合では、本人が思った以上に消耗したり怪我もするからだ。
魔法耐性異常、つまり魔法が効かない体質の者がいる場合は、特に注意が必要となる。
危険行為の抑止は魔法によるところも大きい。
そこでもし魔法が効かないとなれば、止めることができず大惨事ともなり得る。
さらに言えば医療も魔法が主体なので、効かないのならば一般医療を行える医師を入れる必要がある。
へぇ……今回の出場者はなかなかバラエティーに富んでいて面白そうだ。
ざっくりと見た感じ、例年より魔法使いが多めだ。
武術大会は広く門戸を開くために、エントリーシートの内容は自己申告制となっている。記入されたデータに信頼性はあまりない。
そのため初日の会場サポートは仮配備とし、そこで実際に観察した報告をもとにサポートを再編しなければならない。
そのための、今回の会議というわけだ。
議論は活発に交わされている。
主体的で有能な人員が揃っているので、わざわざ口をはさむ必要がない。
「団長、何かお気づきの点はありますか?」
レイが急に話を振ってきた。
さては、俺が資料を読み終わるのを待っていたな……。
「いや……特にない」
もう意見はほぼ出つくしている。自然と結論は出るだろう。
司会進行役のレイはいつも、みんなから上手に話を引き出し、納得するようにうまくまとめてくれる。
丁寧な口調だが、内容は無駄がなく簡潔で分かりやすい。
実際、俺がしゃべるよりもずっと早く会議がまとまるから助かっている。
レイは決定事項を再度読み上げた後、担当者を1人づつ起立させ、個々に向けて端的にタスクを言い渡す。
だが業務においての単なる指令や連絡であっても、やわらかな笑顔を絶やさない。
相手に与える印象の大切さを知っているからだ。
おかげで彼はみんなから可愛がられている。
最後に彼は、ペコリとお辞儀をした。
「では以上で会議を終わります。念のため、この場で得た情報は機密ですので口外しないようお願いします。みなさんお疲れさまでした」
ほら。一言しかしゃべらなくても綺麗に終わった。
レイとグレッグ以外のみんなが帰ったのを見計らって、お茶の片づけなどを手伝いながら、何気ない様子を装ってレイに告げる。
「あ、俺も今日は予選会場の視察に行ってくるわ」
「いいえ団長、今日はモンスター討伐隊に同行しての視察です」
間髪入れずに返ってきた。
読まれていたようだ……。
ガッカリだ。
というのも、実はさっきの会議の中で思いがけない情報を得たのだ。
最近多忙ですれ違いの日々を送っている「妻」が、予選会場に来ると。
だからさりげなくサボって会いにいこうと思ったのに……!
レイはこちらに向き直り、真顔で言う。
「医療課の課長代理が言っていましたね。『課長(カーラさん)自ら予選会場に出張する予定』と。興味ないフリをしていたようですが、聞き耳を立てていたのは知ってます」
バレていた。やっぱりバレていた。
ポーカーフェイスで名高いこの俺でも、彼の観察眼にはかなわなかった。
「お気持ちは分からなくもないです。今日はカーラさん、未明から研究所へ出勤していたようですからね。徹夜組の実験の引継ぎに立ち会うとかで」
「何ッ、そんな情報一体どこから? 俺も知らなかった!」
俺が本気で悔しがると、レイはドヤ顔で返す。
マウントだったのか。
……気付かなかった。
「団長の考えてることは察しがついてます。要するに、お弁当を届けたいんですよね?」
「……妻に弁当を届けて何が悪い」
「開きなおってどうするんですか」
すると後ろで聞いていたグレッグがこらえきれず吹き出した。
「ッははは!! 構いませんよ、討伐部隊の視察は私が代わって行きますから。たまには郊外でゆっくりと、ご一緒にランチでもしてきてください」
グレッグが笑顔でレイに目配せすると、レイは仕方ないという風にため息をついた。
「分かりました……でもしょっちゅうは勘弁してくださいよ」
あぁ……なんて良い奴らだ。胸が熱くなる。
「ありがとう。この埋め合わせは近いうち必ずする」
「あ、自宅バーベキューですか?」
「それもいいな」
我が家では中庭でよくバーベキューパーティーをやる。
ちなみに焼くのは俺だ。
「じゃあ私はうまい酒を探しておきます!」
酒豪のグレッグはもちろん酒担当。
「僕はまた肉を調達しますので、日程決まったら教えてください」
狩りが趣味のレイは、いつも珍味の謎肉を提供してくれる。
「魔獣の肉はやめてくれよ」
「分かってますって」
俺は人目のある街の酒場では、くつろぐことができない。
なぜなら。
こんな俺の「素の姿」を知っているのはこの2人と、親友である正影、それと妻と……国王だけだから。
彼らは馴れ合ったとしても、仕事と遊びをきっちりと切り替えることができる。
少なくとも俺はその信頼を置いている。
部下の命を預かったり、自分自身も危険にさらされることのある仕事。
だからこそ、やる時は緊張感をもって臨まなければいけない。
友達感覚で部下と付き合っていては、その緊張感が薄れる。
寡黙で威厳ある騎士団長を演じることにしているのは、元々があまりに親しみやすいタイプだから。
本当は人と話すのが大好きだし、ワイワイ騒いだり悪ふざけも大好きだ。
でも……。
大切な仲間を危険にさらすくらいなら、馴れ合うよりも恐れられていた方が良い。
8.5‐3
騎士団本部を出たところにタクシー(フローティングビークル)を手配し、ククルの町へ向かった。今朝は養成所に寄ってきたから鎧装だし、名目は視察であるが、実際はオフなので公用車を使うのは気が引けた。
執政官や騎士団の幹部などもよく利用するこのタクシーは、よくあるフローティングビークルよりも中が見えにくい仕様になっている。
安全性は特に変わらないが、目立たずに行動したいときには便利なのだ。
フローティングビークルは反重力魔法「フロート」を利用した移動手段だ。
地表から40~60センチほどの高さに浮かせることで抵抗をなくし、オペレータが魔法力(MP)を消費して念動力で動かしている。
完全にオープンなものから屋根付きのものまで様々な形があるが、簡易的なものほどもちろん運賃は安い。
乗り込んでオペレータに行き先を告げる。
「ククルの町へ頼む。なるべく早く」
「かしこまりました」
と彼は答え、タクシーは音もなくふわ、と滑り出した。
早くしないと武術大会がまもなく始まる時間だ。
忙しくなってしまったらカーラと会えない可能性も出てくるからな……。
ここ最近は帰宅すると彼女はすでに寝ていて、俺が朝起きた時にはすでにいない、というすれ違いの生活になっていた。
もともとお互い仕事が忙しい身での結婚だった。
それでも彼女を誰にもとられたくなくて。
何も束縛するわけではないが、自分だけの彼女でいて欲しかった。
こんな風に言うとただの私欲に聞こえるが。
ただただ心から彼女を愛していただけだ。
プロポーズは本当に、誰にも言えないくらい無様だった。
というのも。
彼女は、後天性の「ミュータント」なのだ。
先の世界大戦終結の折、全世界に蔓延した「呪い」と言われる最悪の大魔法は、遺伝子に異常を引き起こした。
その影響で世界各地で発生したのが「ミュータント(突然変異種)」。
生まれつきの場合がほとんどだが、後天性の場合、髪や目の色が徐々に不自然に変化していき、魔法適性が突如発現する。
身体は7,8歳で成長を止めるか、成長していた場合も徐々に縮む。
逆に脳は、通常の場合11歳ほどで発達を終えるといわれているが、ミュータントは発達を続けるという。
そして。
研究は進められているものの、未だミュータントの生殖機能の有無は確認されていないのだ。
今は戦後の復興と再発展を目指す時期。
子供は宝とされ、人口を増やすことを国策として進めている背景がある。
それゆえ、子を成すことのできないミュータントとの結婚は生産性がない、ということ。
……周りは反対する者ばかりだった。
両親は小さい頃に亡くなってしまったが、俺の家柄は無駄に良かったらしく。
頼むから子孫を残してほしいと親戚たちが懇願したが、俺にとってそんなことはどうでも良い。ひたすら無視し続けた。
彼女もきっと、そのことで嫌な思いを少なからずしたはずだ。
だがそれでも俺のことを決して責めたりしなかった。
騎士団長に就任した時は、俺の将来を想って身を引こうとまでした。
だが俺はしつこく4年間に渡りプロポーズを繰り返し、説得した。
やっと承諾してもらえた時は嬉しすぎて、思わずその場で証書を書かせてしまったくらいだ。
騎士団長なんて大した肩書をぶら下げてはいても結局、愛する女性の前ではただのちっぽけな一人の男にすぎないのだ。
……しかし本当に、意識して時間を取らないと会えない日が続いてしまう。
毎朝弁当を作っては、届けに行けるチャンスを狙っているのだ。
彼女に寂しい想いをさせたくない。
だからこうしてコッソリ会いに行く。
なんていいつつ、単に自分が寂しいだけだったりする。
自分勝手な男だ。
そんなことを考えながら30分ほど移動したのち、ククルの町が見えてきた。
8.5‐4
予選会場は大勢の人でにぎわい、熱気に包まれていた。
本部テントの場所は分かっている。
例年、各闘技場の中心に設置される手筈になっているからだ。
タクシーを降り、町の入り口から中央広場まで歩いてきたが……後ろにはもうすでに女性を中心とした野次馬の人だかりができていた。
だいたいいつもこうなる。
できるだけ目立たないよう真っ直ぐに速足で歩いてきたにもかかわらず、だ。
モテるのは嬉しいが、そっとしておいて欲しい時もある。
この鎧がまず派手だからな……やっぱ制服に着替えてくればよかったか……。
仕方ない。早いとこテントに入ろう。
本部テントに飛び込むと、数人の医療担当と警備担当の騎士団員たちがくつろいでいた。
彼らは飛び上がるような勢いでガタッ!と立ち上がり敬礼する。
「騎士団長様!!」
いや、目立つから静かにしてくれ、と内心思う。
「皆しっかりやっているようだな。ご苦労」
「ハッ!今日は視察でございますか」
「うむ」
そんなことよりカーラの姿が見当たらない。
一体どこへ……。
その時、背後から聞きなれた声が。
「医療課長は来ていますか?」
ひょこっと首だけテントの中を覗いているのはレイだ。
なぜここに……。
団員のひとりが答える。
「あ、補佐官どの。博士は今、第3闘技場の方へ出ています」
「そうですか。直接伝えたい連絡があるので、終わったらここへ来てもらえるよう伝えてください」
「了解です!」
相変わらず彼女は忙しそうだ。
カーラは昔から、現場が好きだった。
黙々と没頭できる研究も好きだが、人と触れ合うのがやはり好きなのだ。
2年間首都で開業医をやっていた彼女は困っている人を見過ごせないし、頑張る人を応援したい気持ちも強い。
教育や医療の現場で、実務をしたがるのだ。
だからこうして医者が必要な現場があれば率先して出張る。
数年前……課長に任命した時、彼女は一度辞退した。
現場に出られなくなるから嫌だ、と。
だが彼女の実力は群を抜いていたうえ、カリスマ性があった。
医療課の皆が1つにまとまるためには、彼女の号令が必要だったのだ。
そこで、ある提案をした。
課長代理を立てよう、と。
カーラには現場主体で自由に動くことを認め、組織の運営や管理に関することは代理に任せれば良い、と。
……で。
「……なんでおまえがここに?」
小声でレイに尋ねた。
「あなたお1人では後々面倒なことになると判断したので、サポートに来ました。そんな派手な格好でウロウロされては人目を集めすぎますからね。はいこれ、着替えです」
手渡された袋には、観客にまぎれるようなラフな私服が入っていた。
コイツは本当に気が利く。
「おぉ……ありがとう。いつも悪いな」
「いいえ、団長を補佐するのが仕事ですから」
クールだなぁ……。
さっそく着替えるためテント奥のスペースに入ろうとした時。
「おおぉ!やはり騎士団長様でしたか!!」
スタッフジャンパーを着た男性が、息を切らし気味にテントを覗いていた。
「いや~、団長様が来ているとの噂を聞きつけ、飛んできました!予選会のお手伝いの実行委員長をやっている者です!突然で申し訳ないんですが、皆に向けてひとつ、スピーチをお願いできませんでしょうか?」
興奮気味にまくしたてる。
現地スタッフの長か。
武術大会は一般市民の協力なくしては成り立たない。
正直このタイミングでスピーチなど全く気が乗らないが、無下にはできない。
「私でお役に立てるのでしたら、喜んで。いつも騎士団にご協力いただいていますからね」
「あぁ!ありがとうございます!!やはりお噂どおりの立派なお人ですな。準備ができ次第お呼びいたしますので、今しばらくお待ちください!」
実行委員長がそそくさとテントを後にすると、すぐに会場中にスピーチをする旨のアナウンスが流れる。見た目以上に手際がいいようだ。
仕方ないのでひと仕事してから、カーラに会いに行くことにしよう。
8.5‐5
促されるままに壇上に登ると、闘技場の周りにはギッシリと人が押し寄せていた。おそらくこの広い会場のほとんどの人々がここに集まっているのだろう。
ひとりひとりと目を合わせるような感覚で、一度全体をゆっくりと見渡す。そうすることで場が静まり、より注目を集めることができる。
スピーチはもう慣れたものだ。
同じような内容をあっちこっちで週1くらいで喋っているから、おそらく寝ていても喋れるんじゃないかというくらいのレベルで勝手に口から言葉が出る。
それに若い頃には一時期、スピーチ攻略にハマって、研究しまくったことがある。
コツは、相手に想像させることと、感情に起伏を与えること。
共感させ自分ごととして捉えてもらい、イメージと感情を想起させる。
その上で感情を声に乗せて熱く語ることで、観衆の心はつられて熱くなる。
感情の起伏をあえて大きく演じ、シンクロして体感させることで感動を与え、終わった後に強烈な印象と一体感を残す。
――ふいに、壇上から見下ろした視界の端に違和感を感じた。
……ん? 何か今、観衆の中に……?
……あれだ。
オレンジ色の髪の少女。
距離的にかなり遠いが視力には自信がある。
取り巻く無数の観衆たちの一番外側のあたりで背伸びをしながら時々顔をのぞかせている少女。
なんか引っかかるが……何だろう。
そんなことを考えながらそろそろスピーチを締めにかかる。
しかし彼女がコロコロと表情を変えるのを見ていたら、王宮での出来事がフラッシュバックした。
何年か前。
国王の私室でプライベートな話をしている時、偶然部屋を訪れた王女と出くわしたのだ。
まだ幼く無邪気な様子が可愛らしかったので素直に褒めたところ、なぜか機嫌を損ねられてしまった、というワンシーン。
ん……? 王女!?
まさかこんなところに?
いや、似ているだけかもしれない。
――しかし直感は、本人そのものに間違いないと告げている。
急に心臓の鼓動が速くなる。
変な汗が出る。
何でこんなところにいるんだ!?
思い出せ……!
警護担当は誰だったか。
いや、確か……王女は今、王都内の孤児養護施設にて研修中だった。身辺警護はなく建物周辺の警備にとどめていたはずだ。
なんにせよ、ここに彼女がいるのはあってはならないことだ。
もし本当に王女であるとするならば、どうやって警備中の建物を、王都を、それに首都までも抜け出した?
それにあの隣にいる金髪の若い男。
彼女の視線の様子からはどうやら連れのようだが、警護の者ではなさそうだ。
もしかして、ヤツが手引きしたのだろうか?
一体誰だ……?見覚えがないな。
くッ。気が焦るばかりで考えがまとまらない。
とりあえずこのスピーチを終わらせて確認しに行かなければ。
8.5‐6
スピーチを終えてテントに戻ると、カーラがいた。
「聞いてたよ、お疲れさま」
我が妻ながら、やはり可愛い。
「カーラもお疲れさま」
ハグしたかったが人目があるのでガマンした。
近くに人がいないのを確認して、小声で話す。
「実はちょっと、緊急の用事ができちゃって。呼んでおいて悪いんだけど、すぐに出ないといけない」
さっきのが本物の王女だとすれば、のんびりおしゃべりしている場合ではない。すぐにカーテンで仕切られた奥の休憩スペースに入り、私服に着替える。
「なにかあったの……?」
カーテン越しに彼女が話しかけた。
「うん、ちょっとね。面倒なことになる前に片づけてくる。レイはどこ行った?」
「呼ばれてさっき出ていったけど……場所は知らないわ」
「そうか。ま、いいや。応援が必要なら呼ぶから、レイには遊びに行ったって言っといて。あいつ心配性だからな。あぁ、ここに荷物とか置いとくから、それだけ伝えといてくれるかな」
「うん分かった。行ってらっしゃい」
「行ってきます。ランチは一緒に食べよう。連絡する」
「了解」
ほとんど会話もできなかったが、ランチの約束は何とか取り付けた。
テントの後ろの隙間からこっそりと抜け出ると、先ほどの目立つオレンジ色の髪を探す。王女は焦げ茶色のロングヘアだったが、髪色や髪型は簡単に変えられる。その程度でごまかされることはない。
やはりこの人混みではなかなか見つけられないか……。
手当たり次第にキョロキョロしていると、通信が入った。
騎士団上層部では連絡を取り合うために、テレパシーの魔法を利用した通信機を常に装備している。
今入ったのは身内のみで通信できるホットラインだ。
暗号化が幾分複雑になっていて、盗聴されにくい仕様になっているらしい。
通信をつなぐ。
押し殺したようなハスキーな低い声が聞こえる。
「なにを……探してるんだ」
◆◆第8.5話 「騎士団長の宝物」① 終わり
あとがき
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今後の創作の参考にさせていただきます!
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騎士団長サチの視点で書きました。
今回登場する彼自身も、彼を取り巻く人々もメインストーリーではチラッと出てくる程度であまり詳しく描かれていません。
つまり新キャラ続々です。
なので少し紹介します。
サチとその仲間たち。
------------
騎士団長 サチ(32歳)
騎士の家に生まれ、8歳から養成所へ入所。外向的で明るくイタズラ好きな性格だったが、トラウマになる程のミスをしでかした過去を持つ。
医療課長 カーラ(24)
ミュータント。3歳時に変異が発現。同時期に両親を亡くし魔法学校へ入学。医療科研究課程を主席で卒業後、首都で開業医となった。その後切望されて騎士団へ。
諜報工作部隊長 正影(32)
両親を「呪い」で失い、11歳で騎士養成所へ引き取られた。サチとは寮のルームメイトだった。内向的でマイペース、無口。それでもお構いなしに絡んでくるサチとは親友に。
団長秘書兼補佐 レイ(18)
16歳でサチの片腕として養成所から引き抜かれた。無邪気で物おじしない性格。訓練生時代、団長が来るたび絡みにいくのは彼だけだったという。
副団長 グレッグ(30)
武勇に秀でた将という印象。豪快で実直、「個」を認めて内包する大きな包容力がある。関わる人の魅力を見出し伸ばすのが得意。
国王 ロイ(45)
部下を大切にする謙虚な人物。溺愛する娘に対して少々過保護。サチと正影は良き相談相手。
------------
そんなわけで、ひたすら長く長くなりがちなので前後編に分けました。
まだまだ続きます。
Little Diamondの本編を書き始めた当初は、過去話の外伝にちょい役で出演予定だったサチ団長。
意外と面白くて暴走気味ですw
続く次回は、カーラとのロマンス、将としての仕事。
正影や国王も出てくるのではないかと思います!
お楽しみに!
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