見出し画像

Little Diamond 第8.5話 ⑤

前回までのあらすじ

騎士団幹部が出払っている隙を狙って、首都が襲撃された。

敵は幻術を得意とする魔法使い「マムシのジーネ」率いる盗賊団「幽幻会」である。

首都西門を襲撃させた大型を含むモンスターの群れは、騎士団長・サチと諜報工作部隊長・正影らによって無事殲滅。

北門では2小隊が原因不明の全滅に追いやられ、急ぎ到着したサチはおとりとして奮闘するが、正影による狙撃もなぜか失敗に終わる。

その後現れた敵数人を相手に、サチはひとりで応戦することに。

敵の術中にハマり気力も体力も奪われ絶体絶命に陥ったが、回復して舞い戻った副団長グレッグに救われた。

要請していた医療班も到着。
倒れていた者たちは回復し次々に戦闘に加わり、形勢は逆転した。

サチはその場をグレッグたちに任せ、敵リーダー・ジーネが向かったであろう研究所へと向かった。

敵の目的はおそらく、魔法科学研究所にある魔法石「ミデアストーン」。

研究所には愛する妻、カーラがいる。
急がなくては。

8.5 騎士団長の宝物 ⑤

8.5‐21


ここはもう大丈夫だろう。
一刻も早く研究所へ向かわねばならない。

北門の屋上に再び上ると、高速ビークルは乗ってきたままそこにあった。

もう日が暮れている。
きっと正影は暗闇に溶けることができる闇疾風を呼んだのだろう。

俺はビークルに乗り込み西門へ向かう。首都内に敵が潜んでいる以上、狙われる危険があるため前照灯はあえてつけない。
自動操縦であるため、それでもまったく問題ない。

ビークルは暗闇の中を滑るように風を切って進む。

すぐに、レイに連絡を入れた。
「俺だ。ジーネが首都内に入った」

「団長!あぁ、良かった。無事だったんですね!……首都内に入ったってことは研究所に向かったんでしょうか」

「その可能性が高いな。正影が先に向かっているはずだ」

「分かりました。砦は全く変化なしです。日が落ちたので油断はできませんが、通常の配置に戻して研究所の応援に向かった方が良さそうですね」

「そうしてくれ。あ、それと、敵はこちらの通信を感知する。内容まで傍受されるかどうかは分からないが、現場に入ったら通信機は使わない方がいいかもな」

ここであった一連の出来事を報告し、研究所に先に向かうように言った。


◆◆◆

来た時と同じように西門屋上の車庫に係留し、階段を下りた。
ここからは一般のフローティングビークル(タクシー)に乗り換えて研究所へ向かう。

西門から南下する大通りは、何やらこの時間にしては不自然に人が多かった。ビークルは徐々に速度を緩める。

夜の街とざわつく市民達

「なんかこの先で、あったみたいです…渋滞してますね」
ビークルのオペレーター(運転手)が言った。

なんだ……?
目を凝らしてみるが、人が多くて何も見えない。

「ここからは徒歩で行く。ありがとう」
ビークルを飛び降り、駆け出した。胸騒ぎがする。

一段と人垣が厚くなってきて、首都警備の者たちが立ち入りを規制している様子が見えた。俺はすかさずそこへ向かった。

「どうした、何があった?」
「あッ、騎士団長殿!」

すぐに俺に気付いた彼は何故か気まずそうな、不安そうな表情を浮かべ、黙ってスッと道を開けた。

……事態はすでに、最悪の展開を迎えていた。

8.5-22

「!!……カーラ!」

後ろ手に縛られ、うつむき歩くカーラ。
そのロープをまるで犬を散歩させるかのように引きながら歩く、男。
その手には小ぶりなナイフが握られていた。

やせ細った猫背、それにあの顔は……北門で会ったあの男。
幽幻会リーダー「マムシのジーネ」だ……!!

ジーネとその部下たちは目当てのものを手に入れたのか、カーラを人質に取り、群衆の見守る中を堂々と西門へ向けて移動を始めていたようだった。

人質を取られては誰も手が出せないのだろう。

レイと共に砦から応援に来た者たちも距離を保ったまま、せめてもの抵抗と主張するかのように奴らを取り囲み、固唾を飲んで見守っている。

だが俺には、いても立ってもいられなかった。

「彼女を離せ!人質を取るとは騎士道に反する。この場で切り捨てられても文句は言えんぞ!」
とにかく叫んだ。

「お、なんかまた空気読めねぇヤツが来やがったな」
「お高くとまりやがってよう。この状況わかんねえのかタコ!」
「偉そうに叫んでんじゃねぇーよ!」

無駄に吼えている雑魚に用はない。
俺はカーラを拘束している本人、ジーネを全力で睨みつけた。

「おー騎士団長さんか、さっきは北門で遊んでくれてどーも。なんだァ?やけに熱いじゃねぇか……この可愛い子ちゃんは知り合いか?」

グイ、と乱暴に引っ張られて、カーラがこちらに押し出される。

目が合うと、彼女は申し訳なさそうにうつむいた。
「ごめんなさい……」

ジーネはいやらしい笑みを浮かべながら、カーラの頬をナイフの横腹でなでる。

胸が締め付けられる。

クソッ……!
こんなことなら無理にでもククルに置いてくればよかった……!

いや、違う……。
俺が離れずにそばについていれば良かったのか?

今となっては分からない。
どちらにせよ、全ては俺の……判断ミスだ。


「団長さんよォ。ものは相談だが、このまま俺たちが森に入るまで静かに見届けてくんねぇか? そうしたら、この子を返してやるか考えてやってもいいんだぜぇ?」

ジーネが急に落ち着いた口調で言った。

「……!!」

甘っちょろい俺はもちろんこの時、カーラを返してくれるならコイツらは一時的に見逃してやってもいいのかも知れないと、一瞬考えてしまった。

だが……。

「ぶッ……あッはは! おカシラはいつも考えるだけな!」
「そうそう、返す気なんてないない!」

子分どもはおどけた風で次々に言った。

「またアジトに持って帰ってオモチャにすんだよな? 小さくて可愛い子、ホント好きだよな~ったくよ」

ジーネはへの字口で部下たちをたしなめる。
「おいおい、せっかくあっさり釣れそうだったのにバラすんじゃねーよ」

一気に全身の毛が逆立ち、頭に血が上る。
鼓動が跳ね、呼吸が浅く速くなる。

みぞおちのあたりに渦巻いた黒い塊のようなものが、抑えきれずに言葉になって吐き出された。

「クソ外道が……!!骨も残らぬほど切り刻んでミンチにしてくれる……ッ!」

「バァーカ!!こんな可愛い子をあんな危険なことろに置いといたお前が悪いんだァ。可愛いなぁぁ~ぺろぺろしちゃおっかなぁ~ぺろぺろ~ァぺろぺろ~!!」

「か……カーラに、触んじゃねぇ……!!」
血が沸騰するような……ハラワタが煮えくりかえるような感覚。
視界が急に狭くなり、頭がぼんやりしてきた。

あぁ、ヤバい、もう……俺は。

スッ……と不自然に空気が揺らいだ。
「カーラが大事なら冷静になれ。感情は捨てろ」
「!?」
突然、背後から囁く正影の低い声。

「落ち着いてよく見ろ。彼女は馬鹿ではない」
そんなん当たり前だッ……。

彼女は儚げに見えるが、賢いし度胸もある。
そんなこと知っている。

しかし痛ましすぎて。
俺のせいで、申し訳なさ過ぎて。

とても直視できる状況では……。

いや……正影の言うことが正しい。

俺は……感情に飲まれそうになっている。
いま、一瞬でも理性を手放そうとしたな……?

楽な道を選択しそうになっていた。
弱い自分に妥協しようとした。

冷静さを失っては何もうまくいかないことは、さんざん身に染みて分かっているはずだ。

拳を握り締め、荒れ狂う感情を押し込める。
強制的になんとか一度だけ深呼吸をし、余計な感情も一緒に吐き出す。

それから、言われた通りにカーラを見る。

恐怖と屈辱に耐えながら、しかしその瞳は屈服してはいなかった。
反抗の意志を湛えている。

俺なんかよりも彼女の方がきっと、ずっと強いのだろう。

正影がつぶやく。
「彼女はきっと何かやるつもりだ。俺はその気配を見逃さない。お前は邪魔をせず、おとりに徹していろ」

「俺には……おとりしかできないってのか」

……クソッ。
悔しいが間違ってはいない。
この状況、こんな精神状態では俺ができることなどないのかも知れない。

「逆だ。おとりはお前にしかできないことだ。とにかく大人しくヤツの言うことを聞いて、そのまま注意をひいておけ」
言い捨てて、正影は闇に消えた。

震える拳を開き、呼吸を整え、鼓動を鎮める。

そうだった。
矢面に立つこと、責任を取ること。
それらを最も効果的にできるのがリーダーというものだ。

「ああ……そうだ」
小さく、声にして出してみる。

カーラが絡んだからなのか、俺ひとりで何とかしなくてはと焦っていたみたいだ。

俺にとってカーラは宝物のような存在だが、彼女もまぎれもなくチームの一員であり、頼るべき仲間だ。
だが、信じて託すことができなければ仲間とは呼べない。

これは単なる個人的なケンカではない。
冷静に全体を見て進めていくべき、チーム戦なのだ。

俺には仲間がいる。

俺自身がいくら泥臭くても無様でもみっともなくても恥じることはない。
目的は、チームでひとつの勝利を収めることなのだから。

俺は武器を捨てて両手を上げた。

「分かった。何でも言うことを聞こう。だからその人を離してくれ。頼む」

周りを取り囲む騎士団の者たちがざわつく。

こんな事態になってしまったことを詫びる声。
サチの身を心配する声。
敵に対して憤る声。

ありがとう。みんなよくやっている。
大丈夫、これは俺の仕事だ。

警備の者たちはせめて市民に危害が及ぶことのないように、周辺の野次馬たちの人払いに徹している。

正しい判断だ。
皆それぞれに、自分の仕事をこなしている。

俺も負けてはいられない。

「へッ。案外ちょろいなァ!だったらそのゴテゴテしい鎧も脱げよ」

言われた通り、鎧も脱ぎ捨てる。仕方ない。
アンダーアーマーのみで完全に丸腰、これで防御力もほぼゼロだ。

そこへ突然、鉄パイプが振り下ろされた。
「う……グッ」

とっさに受け流したが……無理だ。
まともに食らったわけではないのに、素手ではさすがにめちゃめちゃ痛い。
改めて鎧のありがたみを思い知った。

「おいおい、避けてんじゃねーよ!」
「あの可愛コちゃんがどーなってもいいのかヨォォ!!」

カーラの方が気になって一瞬よそ見をした隙に、今度は相手の蹴りが不覚にも脇腹にまともに入る。思わず身体を丸めた瞬間、ヒザで蹴り上げられる。

反射的に手のひらで受け、顔面への直撃は避けたものの視界がチカチカするくらいの衝撃はくらった。

倒れ込むと複数人で殴る蹴る。
もう……もはや何がどうなってるのか分からないが……とにかく今は、防御に徹するしかない。


8.5-23 正影 side

サチがおとりを引き受けてくれている間に、俺はジーネの斜め後ろ30メートルほど、死角となる位置に身をひそめた。

もうすでに夜。
街灯がともってはいるが、辺りは暗い。
だが夜目がきくので、暗視ゴーグルなしでも視界は良好だ。

ヤツは魔法感知能力が異常に高いようだから、むやみに魔法力を使えば感知されてしまうだろう。

通信機も切った。
魔法動力のある武器は使わない方が良い。

なぜなら魔法装備は起動から実際に効果が発動するまで若干タイムラグがある。その間に感知されて対策される可能性が高い。

実際にさっきうちの隊員がフライングして、ヤツが研究所から出てきた瞬間を狙って奇襲攻撃を仕掛けたが、見事に感知されてカウンターを食らっていた。

あの時は正直肝が冷えた。
本人以外に被害がなかったから良かったものの、人質がいるというのに軽率すぎる。あとでみっちりと説教しなければ。

一方、北門でのあの時、狙撃に失敗した原因は感知されたからではない。

俺が撃ったのは、おそらく投影された幻像。

声の響きが不自然で、音源の位置が若干ズレている感じがしたからだ。
どこか別の場所に本体がいて、幻像を投影した場所に音源を設定し、遠隔で操作していたのだろう。

巧妙に作られていたが、やはり生の声と魔法力の混じった声ではほんの少し違う。魔法感度はそれほど持ち合わせてはいないが、耳は良いほうだ。

狙撃には失敗したが、本体がそこにいないことを確認できたのは収穫だった。
おかげで俺はすぐに、別の場所にいる本体へとターゲットを切り替えることができた。……サチには悪いことをしたが。

案の定、研究所へ来てみれば施設警備の部隊は全員眠らされていた。

つまり北門で交戦中のまさにその時間、ヤツはすでに首都内へ入り、睡眠魔法を仕込んでいたということだ。

襲撃を受けた建物内の研究員は、戦闘訓練を受けているわけではないではないから無抵抗で投降しているが、これは緊急時マニュアルの通りだ。
正しい対処といえる。

彼女がすでに奴らの手に落ちている以上、俺達も強行突入はできない。

なので、乱暴者どもではあるが無差別に殺戮をする様子もないので、監視しながら外に出てくるのを待つことにした、というわけだ。

「目標の確保より人質の保護を優先」という原則はあるが、しかし実際は人質の安全を最優先していたらいつまで経っても目標は確保できず、結果、人質も失うことになりかねない。

この辺りでどうにかしなければ。

今回の攻撃の絶対条件を、頭の中でもう一度おさらいしておく。

① 敵が人質と武器を手放し、彼女に危害が及ばない状態になった時がゴーサインとなる。完全に油断し、索敵能力が下がる瞬間を狙わなければならない。

② 銃のように飛び道具でなく直接攻撃で、手ごたえをその場で確認する必要がある。これは先ほどのように、巧妙な幻像を掴まされる危険を回避するためだ。

③ 一撃で行動不能にすること。敵の魔法能力の全貌が予測できないことから、やられる前にやる必要がある。

これらを満たす攻撃ができる状況を作らねばならないのはなかなか厄介だが……カーラがやる気になっているならば、不可能ではない。

①がクリアできれば、後は力ずくでねじ伏せることはできると思っている。

――しばらく様子を見ていたが、状況は先ほどとほぼ変わっていない。

日頃のストレス解消なのか、地位に対するやっかみなのか、盗賊どもはサチを容赦なくいたぶる。

防具がないのはツラいだろうが、相手も殺すつもりはないらしい。

鉄パイプやら棍棒やらで死なない程度に痛めつけるのが目的のようだ。
打ちどころが悪くなければ、致命傷になることはないだろう。

このくらいでサチのやつは音を上げたりしない。頑丈だからな。まだまだいける。

しかしそれを見ているカーラは先ほどより余裕をなくしているようだ。目には涙を浮かべている。

「やめて!お願いだから!もういいでしょ!!」
突然、彼女が叫んだ。

その声に、ジーネは子分たちを止める。
「おう、おめぇら!ちょっと待て」

子分たちはまだまだ暴れ足りないといった風で、舌打ちしながらもサチから離れた。
それなりに統率はとれているようである。

サチは……うむ、大丈夫そうだ。
倒れて丸まったまま動かないが、呼吸の乱れは少ない。「得意の」死んだふりをしているな。

アイツが衝動に任せて何かしでかさなければ、勝算はある。

カーラは賢い女だ。
サチのそばでは安心しきっているせいか、ポヤンとしていることが多いが、普段は周囲の人や物を細かく観察し、思慮深く行動する。

見た目のフォルムは幼くても年齢相応に様々な経験をし、無駄にすることなく最大限に活かすことができている。

今も感情に揺らぎはあるが、コントロールから外れてはいない。
この場を任せて問題ないだろう。
彼女は、やる時はやる女だ。

ジーネはカーラに向き直る。
「……あぁん、泣かないで。ほら、キミのお願いは聞いてあげたろ。だからその代わりに、俺のお願いも聞いてくれる?」

なんだ……? 急に口調が変わったな……?
カーラも気づいたのか、一瞬息を止めて思案した様子だ。

「……いいわ、聞いてあげる」

その言葉にジーネはパァっと笑顔になり、モジモジと身をよじりながら言う。
「じゃぁ、おれ、ぼ、僕の、およめさんに……なって、くれる?」

途端に子分たちがざわつく。
「まーた始まった!おカシラのプロポーズ。懲りねぇよなぁ」
「あのガキ、おカシラ好みのどストライクだからな……オレにはぜんっぜん理解できねぇけども」

……なるほどな。狙いはそこか。
ならばひとまず、カーラに危害を加える可能性は低いだろう。

「え? そ……それは……」
彼女が顔を引きつらせながら、小さく苦笑する。

ん……? どうした?
既婚者であるから受けることはできない、ということか?

だがヤツはその事実を知らないはずだ。
全く気にすることはない。

「ぼくのゆうこと聞いてくれないのか!」
「……大丈夫、聞くわ。でもその前にひとつだけ」

カーラは、泣きそうな顔をして必死に訴えかける男に優しげに笑いかけ、そして不意に視線を外し眉根を寄せてうつむく。

「なんだ?」
身をかがめて顔を覗き込むジーネ。

「あのね、さっき走った時ね、足を挫いちゃたの……痛いの痛いの飛んでけーって、してほしいの」
彼女は急に幼さを強調した発声、子供のような言葉遣いにシフトした。

上目遣いで可愛らしく首をかしげる。
普段の彼女の行動からは考えられないが、女というのはしばしば意図的にこのような動作をすることがある。

しかし……これは非常に丁寧で分かりやすい。

彼女が騎士団医療課長であり、魔法医療を得意とする医師であることを知っている者なら一瞬で気づくだろう。

あからさまに、合図を出したのだ。

自分で傷を直せる彼女がこんなことを絶対に言うはずがないからだ。

この機を逃すわけにはいかない。
間違いなく仕留める。

俺は周囲を確認し、この状況を同じように見守る諜報工作部隊のメンバーとアイコンタクトをとった。

このような少人数での交渉や戦闘の場合、自主的に現場周辺の見張りや保安をサポートするのはうちの部隊では暗黙の了解となっている。

……周辺状況はクリアだ。
外からの邪魔が入る心配はない。

ヤツの子分どもは4人。それぞれの視線と表情を確認。

現場の方を見てはいるが、注意深く観察している者はいない。カーラの出した合図に気づいている者もいなさそうだ。

位置的にも、サチの周りに固まっているため少し距離がある。
こちらの行動の障害にはならないだろう。

ジーネは興奮気味に息を荒らして、嬉しそうな様子で言う。
「なーんだ、そうだったのか! 可哀想だね~、さ、足を見せてごらん。靴と靴下、脱いでみて?」

「無理だわ……両手が縛られているもの」
「そっかそっか! じゃあぼくが脱がせてあげる! 痛いとこぺろぺろしてあげるからね~」

そう言って男は、彼女から一旦手を離した。
持っていたナイフを地面に置いて、カーラの足元に膝をついてかがみこんだ。

――完璧だ。

大きく跳躍。
反重力装置の補助で、30mの距離を一気に縮める。

完全に油断しているこの状況ならば、魔法波動は感知されないとみた。
……これは賭けだが。

無防備な背中、正確に右わき腹にひざ蹴りを入れ、倒れ込むヤツの両手首を後ろにひねり上げて地面へ抑え込んだ。
もちろん、魔法を使われては困るのですぐに封魔錠をかける。

「うぅ……うがァ……いでぇぇぇぇ!!」

数秒遅れてやっと悲鳴を絞り出したようだ。

片付いたら長居は無用。
他の者たちが集まる前に、俺はすぐにその場を離脱した。

あとのことは、サチに任せる。


8.5-24 サチside

正影は音もなく背後から確実に仕留めた。

俺は気絶したフリをして、現場を注視していた。
カーラの合図から、機を逃すまいと。

何をしたのかまでは、暗くてあまりよくは見えなかったが……。
黒い影がふわりと飛来したかと思うと一瞬のうちに敵をねじ伏せていた。

敵のうめき声、地面に倒れる音。
封魔錠をかける音。

離脱まで5秒くらいだっただろうか。

あまりの手際に圧倒され一瞬出遅れたが、俺は跳ねるように立ち上がり駆け出した。

「カーラ!」
フラ……と力が抜けて崩れる彼女を抱きとめた。

極度の緊張状態が続いたのだろう。
身体を預け、放心した表情で彼女は大きくため息をついた。

安心させたくてぎゅっと抱きしめた。

……だが実は、手元に彼女が戻ってきて安心したのは、俺の方だった。

すぐにカーラの手首を縛っていた縄をほどく。
やわらかな肌には擦り傷と、赤く跡が残っていた。
きっと痛かったろう……。

「怖い目に合わせたな……ごめん」
「ううん、大丈夫。何とかしてくれるって信じてたから。あなたの身体の方が心配だった」

「なんだ、そんなの全然、慣れてるさ」
腕をぐるぐる回して、元気な様子を見せた。ちょっと痛いけど。
体が頑丈でよかった。

「腕の骨にヒビと……なにこれ、銃創じゃない!無茶しすぎよ、もう!」
いつもこうやって勝手にスキャンしてくれて、文句言いながらもいつの間にか治してくれる彼女が愛おしい。

周りで取り囲んでいた騎士団員たちが慌てて駆け寄ってきた。

そして封魔錠で後ろ手に拘束されたまま、倒れて悶えているジーネを立たせ、連行していく。

「クソッ。あの変態野郎、絶対あとでボコボコにしてやる!」
俺はジーネの背中をにらみつけ、小声で毒を吐いた。

他の団員たちも、やっと仕事ができるとばかりに忙しく動き始めていた。まるで止まっていた時が動き出したかのように。

俺もいつまでもカーラとハグしているわけにはいかない。
「ありがとう、もう大丈夫だ」

彼女をそっと降ろし、さっき脱ぎ捨てた鎧を素早く装備した。
身体はすっかり治癒してくれたようだった。

残党の確認やら現場の後片付けやらの監督をしなければ。
もうすっかり夜になってしまった。早く帰りたい。

リーダーのジーネがやられたことで、子分の盗賊どもは慌てて逃げようとしたが、もう遅い。事態を見守りながらも二重三重に包囲していたため、すで逃げ場はないはずだ。

多少の抵抗はあるだろうが、すぐに確保できるだろう。

……と思っていた。しかし。

「クッソぉ……!オレだって!これさえあればッ……」
うしろで何やら叫ぶ声が聞こえた。

振り返ると少し離れたところで盗賊の一人が最後まで抵抗していたのだが、彼は手に取ったのだ。
小脇に抱えられるほどの大きさの頑丈そうな箱を。

取り囲む騎士団員たちは一瞬ひるんだ。

なんだ……? もしかして爆発物……か?!

「!! それはダメ――ッ!!」
突然、となりにいたカーラが大音量で叫んだ。


◆◆第8.5話 「騎士団長の宝物」⑤  終わり


あとがき


今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
もし面白いなっと思ったら、スキ、フォローをお願いします!

ご意見やご感想は本当に励みになります。
面白かった点、気になった点があればコメント、又はX(Twitter)にてポストしていただけたら嬉しいです。

X(Twitter)のDMでもOKです。
今後の創作の参考にさせていただきます!

—————————————————

前話から今話までだいぶ間が開いてしまって申し訳ないです。
ここしばらくイラストなどのサブコンテンツ作りに力を入れておりました。

X(Twitter)の方でジワジワと公開していきますので、チェックしていただけると嬉しいです。てへ。


さて、今回は……。

カーラちゃんの勇ましい姿を見ていただけたでしょうか。
ナイト(笑)がどんなに甘やかそうと、守られるだけのお姫様ではないんです。

諦めず自ら活路を開いていく姿勢。
仲間を信じてパスを回す。

それをしっかり受け取って、チャンスを逃さずゴールを決めた仲間たち。
足りないところは補い合う。
チームであるからこそ、成せることがあります。

【次回のみどころ】
・みんなでワチャワチャ言いながらの作戦会議。
・謎に包まれた諜報工作部隊のメンバーがチラ見え。
・正影の知られざる一面が明らかに……?
・レイの活躍もお見逃しなく。

もういい加減、終わる終わる詐欺のようになっていますが、今度こそ最終回を目指しますww
—————————————————

▶X(Twitter)では
創作活動の進捗や、過程での気づき、作品公開の情報などを発信しています。イラストやキャラ紹介、裏エピソードなども。
続きが気になる方は、ぜひこちらもフォローお願いします。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?