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Little Diamond 第8.5話 ④

前回までのあらすじ

人手不足の中、盗賊団の率いたモンスターの群れが来襲。
首都を守るため、騎士団長サチはみずから出撃することとなった。

救護支援として医療課長である妻カーラと、親友である諜報工作部隊長・正影と共に、彼の愛鳥「闇疾風」の背に乗りモンスターの群れの目の前へ降り立った。

正影の人間離れした戦闘能力のおかげで大型モンスター4体を撃破。
その後到着した臨時編成の小隊と実戦経験が少ない西門警備隊も、サチの指揮と思いがけない魔法での援護により、無数の中~小型モンスターの殲滅に成功した。

だがサチは、この敵の動きは陽動に間違いないとみている。
では真の目的は一体何なのか……。

モンスターの群れを率いていた盗賊2人を問い詰めるため、拘束して西門の詰所へと連行した。

8.5 騎士団長の宝物 ④

8.5‐16

首都をぐるりと囲む高い壁。
その西門は現在、一時的に封鎖し警戒体制にある。

門につながる壁の裏側には、警備の者が打ち合わせや申し送り等をする部屋や民間人を一時的に保護した際の休憩所、いざという時のための武器庫などのスペースが設けられている。

詰所もそのひとつだ。
小窓は街の外に面していて、怪しい人物が首都に入り込まないよう、人間観察に長けた人員が常に通行人をチェックしている。
大きなものを持ち込む際にも、念のため荷物検査等が行われることもある。

武骨な石造りで薄暗く殺風景。
書き物机と椅子、たたまれたパイプ椅子が数脚。ミーティング用の大きめの机は端に寄せられていた。

西門詰所

手錠をかけられた盗賊が2人、ふてくされた様子でパイプ椅子に座らされている。

モンスターを誘導して西門を襲撃した盗賊どもだ。

事態を最小限の被害で終息させるのに一番早くて確実な方法は、敵の作戦を明らかにし、先回りして動くこと。

つまりコイツらの口を割らせ、情報を引き出す必要がある。

捕らえてきたのは正影だから、すでに実力の差は思い知らされているはずなのに。素直に喋ろうとしない彼らには、憐みの念と共に苛立ちが沸き起こる。

余計な手間をかけさせないで欲しいというこちらの都合もなくはないが………ここまで来て口を閉ざす意味などあるのか……?

おもむろに腕を組み、威圧感を演出する。
「さて、話を聞かせてもらおうか」

俺はこう見えてナイーブなので、グロいのは苦手だ。
だからこういう仕事は向いていない。
あくまで立ち合いと進行役に徹する。

見下ろしながら言う。
「お前らのんびり座ってて余裕だな。この国の軍隊は騎士道を重んずる『紳士』だからって安心しているのかも知れんが……残念ながら、そうでない部署も実は存在する」

一歩下がって正影を前に出す。

「紹介しておく。冷酷無比で残虐非道、容赦などコンマ1ミリもない拷問のスペシャリスト。それが彼だ」

こういうのは大げさに言っておいた方が良い。

「お前らも首都を襲撃したからには、当然それなりの覚悟があるのだろうが……拘束される前に自害しなかったことを、きっと後悔することになるだろう」

正影はこれだけケチョンケチョンに言われても全くの無表情を貫く。
元より身バレを防ぐためマスクで口元を覆ってはいるが。

……ここからはヤツの仕事だ。
俺は黙って見守ることにする。

正影は盗賊たちを冷ややかに見下ろしながら、けだるそうなトーンで重々しく口を開いた。

「正直いって俺は……貴様らのような不細工な野郎どもをいじめて楽しむ趣味はない。面倒だから定番の手法でサクサク行かせてもらう。まずは……指をひと関節ごとに輪切りにしていくことにする」

まずはテーブルに固定具を設置する。
準備は手際よく淡々と進められた。

どこから持ってきたのか、錆びて刃こぼれしたノコギリを取り出した。見るからに切れ味が悪そうだ。

「どっちからやろうか……うむ、お前が先だ」

正影は迷わず、気丈に睨みつけている方を選んだ。

なぜかというと、すでにビビっている奴は想像力があるから。
つまり見ているだけで自分ごとのように震え上がってくれるので、手を下す必要がない場合が多い。

俺だって、できればこんな拷問なんてしたくはない。さっさと吐いてくれ、と切に願っているが……表情にはもちろん出さない。

手錠を片方外し、その手首を固定具にしっかりと固定する。その上から腕をガンッ……と靴で踏みつけ、正影はのこぎりを構えた。

「クッ……そんなもんで……」
男は言いながらも額には汗を浮かべ、目を泳がせている。

正影は低く抑揚のない声で、呟くように言う。
「ちょっと痛いかもしれないが……これも仕事なんでな。悪く思うな」

正影はスゥ……と目を細め眼球だけを動かして、横目で男と視線を合わせる。

「もし……喋りたくなったら、ストップと言え」
光のない、無表情の眼差し。

盗賊は何かを感じたのか、ブルブルッと震えた。
「ぁ、わ!!! 待て! す……ストップ!!」

すでに刃は肉に食い込んでいる。

「あぁ……最近耳の調子が……悪くてな」
正影はわざとらしく耳をほじりながら、ゆっくりとのこぎりを引く。

青ざめた表情で必死に叫ぶ盗賊。
「ぎゃぁー!!!やめ———!!!」
小指から血が滴った。

「喋る!しゃべるから!!うううぅッ……イデェぇ……」
男はすでに泣き出していた。

隣に座るもう一人の方も、のどの奥から掠れた声を出してブルブルと震えている。

僅かに眉を動かし、正影はノコギリを収めた。
「なんだ、まだひと関節も落としてないというのに」

声にはあえて、少し残念そうな響きを持たせている。抵抗すればまたいつでも再開するぞ、という暗黙の脅しだ。

それにしても、急いでいたから早めに折れてくれて助かった。

正影のあの無表情は、きっと知らない者からすれば相当恐ろしいのだろう。よく理解してその特殊スキル(?)を使いこなしているようだ。

8.5-17

この後は言うまでもなく、2人の盗賊は洗いざらい喋ることとなった。
俺が話を聞き出しているあいだ、後ろで正影が無言の圧力をかけ続けていたのも大いに効果的だった。

盗賊どもはちょっとしたかすり傷程度だが、一応手当てをしてから収監するよう指示し、その場を後にした。

目的は予想した通り、魔石ミデアストーンとその研究データのようだ。

組織名は「幽幻会」
立ち上げはごく最近、メンバーは10~15人ほど。
リーダーは通称「マムシのジーネ」と呼ばれていて、幻術を得意とする魔法使いだという。

モンスターと一緒くたに見通しの良い西門にぶつけてくるくらいだ。この2人はきっと下っ端の構成員なのだろう。組織の目的などの詳細は知らされていなかった。

だが我々の欲しかった情報、今回の進入路について「北門からリーダーが侵入する計画である」ことは喋ってくれた。

これはかなりの収穫だ。
ただでさえ足りないリソースを、これ以上無駄に分散させずに済む。

すぐに北門に連絡を入れようとした時、ちょうど報告が入った。
下山しこちらへ帰還してくるグレッグたちを、北門の見張り塔から目視で確認できた、と。

すぐに指示を出す。
「直ちに北門を封鎖しろ。厳戒態勢だ。敵はもちろん味方も誰ひとり中に入れるな。それからグレッグに伝えてくれ。直接通信可能なエリアに入り次第、誰にも気づかれないように私に連絡を入れるように、と」

グレッグ本人と直接連絡を取りたかった。
なぜなら。

さっきの盗賊どもから聞き出したからだ。

『リーダーはモンスター討伐隊の隊員にまぎれ込んでくる』……と。

作戦に関する詳細だから、さすがに機密事項として口止めされていたのだろう。言葉を濁して遠回しにアレコレ言っていたが、全体の話を総合的に判断するととそういうことだと判断できた。

仲間は連れているのか単独なのかはハッキリしないが。
討伐隊は11名、変装してこの隊にまぎれ込むということを考えるならば、せいぜい3〜4人程度だろう。

敵に感づかれる前にさりげなく点呼を行い、敵をあぶりだして一気に叩くことができれば事は片付く。

リーダーが魔法使いであるという不確定要素を除けば、数においても戦闘力においても、今度はこちらが上だ。

しかし、首都に侵入されてしまったら。

街の中に入りこまれてしまっては捜索は困難となり、市街地で交戦となれば市民を巻き込む危険もある。
相手の顔も分からないことには、いかに諜報工作部隊と言えども見つけようがない。

つまり、なんとしてでも外で処理する必要がある。

とにかく急いで北門に向かわなければならない。

一方、ほぼ確定した敵の目標である魔法科学研究所は、西門から少し南に行ったところにある。なるほど、当初の予定通り西門から侵入すれば効率的であっただろう。

しかし今回予想された進入路である北門からは、首都の中心を通った対角となっている。決して安心できるわけではないが、襲撃されるリスクは幾分低くなった。

西門へ配置したばかりの首都警備第3小隊は、研究所の施設警備へと配置変更した。カーラは万一に備えて研究データを保護するため、小隊と共に研究所へ向かった。

そして西門は、いったん開放せざるを得ない。

というのもそろそろ夕刻、ククルの町での予選大会も終わる。

予選大会の観客は地元の人々以外にも、首都に宿をとっている遠方からの客も多い。後日首都で行われる本戦まで、当然観戦する予定で滞在している。

それが帰って来られなくなるのは、イベント主管と警備を担っている騎士団としてはマズい。

さしあたっての危険がない今は、見張りを強化して街道の往来を再開させるべきだ。

念のため会場警備についていた者たちを、イベント終了後はそのまま街道警備の強化として配置する。彼らも長丁場でしんどいだろうが、門限である21時に西門を閉じるまでは頑張ってもらうしかない。

レイには経緯と詳細を話し、引き続き砦を警戒するように連絡した。
組織の人数からみて、まだ残りがいるからだ。ここで手を抜いて出し抜かれたくはない。

8.5‐18


各所に連絡や指示は出し終わった。
正影と一緒に西門の屋上へ向かう。

北門への移動はフローティングビークルを使うことにした。
さすがに首都の上空を闇疾風で飛ぶのは目立ちすぎるからだ。

首都内部では歩行者や一般のフローティングビークルも多く、スピードが出せない。渋滞に捕まってしまえば、それこそ動きが取れなくなる。

だから緊急時には、この騎士団上層部や官僚専用のビークルを使う。
このビークルの高度は首都の外壁よりさらに高い、約30メートルほどに設定されているため、渋滞は関係ない。

オペレータを必要としない自動操縦なのは便利だが、その代わり、行き先はすでに登録されている首都内の各見張り台や門などしか選択できない。

選択した場所に向けて直線的に最短距離で、一定の速度で進む。
衝突回避の安全装置はついているが、操作できるのは行き先を選択するレバーと緊急用の一時停止・発進ボタンのみ。

どんなに魔法オンチでも使える親切な作りだ。

さっそく車庫から引っ張り出して乗り込む。
目的地を「北門」に設定し発進ボタンを押す。

けたたましい音と共に警告表示が出た。
「シートベルトを着用してください」

俺はすかさずもう一度、発進ボタンを押す。
これで警告は解除される。

正影が頑固にシートベルトをしないのはいつものことだ。
どんなに風が強くても車体が揺れても、立ち乗りのスタイルを崩さない。

始めはゆっくりと、徐々にスピードを上げ始めた。
これを使えば約15分ほどで北門へ到着できるはずだ。

視界確保のため雨天時以外ルーフは開けっ放しが原則だが、この時期はちょっと寒い。
見張りは正影に任せて、俺は風を避けるように座席に丸まっていた。

「!」
連絡が入った。
身内専用のホットライン。

「グレッグです。北部の森の見張り塔まで来ました。今最後の休憩をとっているところです。行軍再開は5分後の予定」
囁くような小声だった。
指示通りに、どこかに隠れて話しているのだろう。

このホットラインだけは生体波動認証機能がついていて、登録された本人にしか使用できない。
つまりこのグレッグが偽物という可能性はまずない。

「うむ、そうか。西門のモンスターは片付けた。俺と正影も今そっちに向かっている。だがこれからが本番だ。いいか、落ち着いて聞け」
そう言いながら俺は一息置いて、自分自身を落ち着かせる。

「敵はお前たち討伐隊にまぎれて首都に侵入しようと考えている。つまり仲間の中に、敵が化けて入り込んでいる可能性がある。あるいはこの先でまぎれるかもしれない」

「なんと!……なるほど、それで秘密に……」

「うむ。敵の狙いはおそらく魔法科学研究所。数は不明だが、リーダー自ら出て来るようだ。さらにそいつは幻術系の魔法使いだという」

グレッグは少しだけ、思案しているかのように沈黙した。
「先ほど点呼したが数もメンバーも異常はなかった。もしかしたら……中身が変わっているのかもしれませんね」

「見つけ出して先手を打てれば、戦力では決して負けないはずだ。北門の人員も使っていい、捕獲してくれ」

「ずいぶんざっくりした指示ですね」
グレッグが口調を緩めて言った。

こちらで正確な状況を把握できない以上は、細かい指示は出せない。
「戦場での立ち回りはお前の方が上手いだろ」

「まぁ確かに。お褒めいただき光栄です」
ドヤ顔が目に浮かんで苦笑した。
こいつはこんな時、決して謙遜しない。
そこがいいところだ。

「とにかく絶対に中に入れるな。あとはお前に任せる」
「了解」

通信を終えて、しばらく無言でビークルに揺られる。

「どう思う?」
漠然と、正影に聞いてみる。

「幻術使い、というのが気になるな」
「だな。俺もそこが気になる。何なんだ一体、幻術って………」

「ハッキリ言って俺たちは……魔法に関して知識が無さすぎる」
正影の言葉には苦い響きがあった。

騎士団では装備やアイテム、医療に関しては魔法に頼っているが、戦闘補助や攻撃魔法を使う者は少なく、模擬戦すらほとんどできていない。

それに適性がない者にとっては魔法力そのものを「感じる」ことができないため、感覚的に魔法の仕組みを理解することが難しい。


そういえば正影の能力について、正確に把握しきれていなかったことに気づいたので聞いてみる。
「……お前は魔法使いとの交戦経験はあるのか?」

「うむ。留学中に訓練は受けたし、実戦でも何度かやったが……魔法で対抗することができない俺たちには、結局魔法の発動を封じる以外に手段はない」

魔法に対抗できるものと言えばアイテムや装備だが、騎士団で標準で携帯しているものの中に「封魔錠」がある。

封魔錠

見た目は普通の手錠のようだが、施錠すると思考に干渉するノイズを発生させ、イメージを結ぶのを阻害する。
さらに体内の魔法力の循環を抑える効果もあるというもの。

実際の効果は、長年使われてきて実証されている。

だが残念なことに、これは制圧後に拘束するために使うものであって、武器にはなりえない。

「だよなぁ……やられる前にやるしかないってことか……チカラワザな感じがどうにも気に入らないけどな」

「うむ。今回のケースであれば気付かれる前にターゲットを特定し、狙撃で仕留めるのがベストだろう。……今後、有効な魔法装備の開発に期待するしか……」

正影が急に言葉を切り、スッと立ち上がった。
真っ直ぐに北門の方をにらんでいる。

「どうした?」
「北門の方から強い魔法力を感じる」

「え、お前、魔法適性あったのか……?」
「そういう装備だ」

そんな装備があったとは。
……俺にはまだ、色々と知らないことが多すぎる……。諜報工作部隊の装備のラインナップがすごく気になるが、ここは仕事に集中する。

北門まではおそらくあと数分で到着する。
ここからはまだ、遠くにうっすらと見張り塔の影が見える程度。

「……何が起こっている?」

「まだ見えないが、もう始まっているのは確かだ。北門の向こうが揺らいで見えるほど、なにやら魔法力が充満している」

8.5‐19

北門へ到着する直前。
もう一度装備の確認を終えた正影は、突然ビークルの車体に足をかけた。

「俺は狙撃に回る。お前はおとりだ」
「……なッ? ちょ、待て!正影!」

一方的に言い放ち、あいつはビークルからひらりと飛び降りていった。

いつも通り、勝手な奴だ……!
……だが仕方ない。

ビークルは北門見張り塔の裏、首都を取り囲む壁に寄せるように、自動で停止した。壁は約2メートルほどの幅があり、上を歩いて渡れるようになっている。

陽はすでに遠い西の山稜へと吸い込まれるように堕ち始めていた。
ビークルを降り、車庫に係留する。

ずいぶん静かだった。
交戦中のはずなのに、何の音もしない。
「……なんだ……?」

嫌な予感がする。
見張り塔の陰からそっと北門の外の戦況を窺う。

「——!」

……戦慄した。

なんと驚くことに、グレッグを含むモンスター討伐隊と北門警備隊はすでに壊滅状態であった。北門外側のそれほど広くない平地に、数人を残してバタバタと散らばるように倒れている。

そこから少し離れたところに、悠然と腕を組み、状況を楽しむかのように眺めている敵の姿があった。

焦りと恐れ、怒りが混ざり合い、鼓動が跳ねる。

「……クソッ。一体何があった……!」

よく見ると、交戦により付近が荒れた様子がない。
派手な流血の跡もない。

敵はたった1人——?
周囲にはヤツの仲間らしき影もない。

立っていた味方の最後の1人が、フラ……と力が抜けたように傾く。
手をつき膝をついてなんとか持ちこたえるも虚しく、一瞬ののちに地面に倒れ込んだ。

たった一人の敵に17人が無抵抗でやられた、ということか?
現状見た限りではそういうことになる……。

敵が直接手を下した様子はなかった。
むしろ身じろぎもせず遠くから眺めているようにしか見えない。

これは物理攻撃ではない。
間違いなく、魔法攻撃によるものだ。

いったん見張り塔の陰に身を隠し、すぐにレイへ連絡する。

「救護班をよこしてくれ。北門が全滅だ。魔法による攻撃の可能性がある」

物理的な外傷がない場合も安心はできない。魔法による精神攻撃には時間経過とともに進行するものがあり、手当てが遅れれば深刻な後遺症を残すことがあるからだ。

「了解、救護を要請します。戦力の増員はどうしますか?」

増員は欲しいが現状の配置ですでにギリギリだ。人手が足りない。
しかも得体のしれない敵。戦略もなくむやみに頭数を増やしたところで、被害が拡大するリスクを増やすことになる。

魔法に詳しい医療課の者に状況を見てもらえば、対抗する糸口となるかもしれない。

「……敵は一人だ。正影もいるから大丈夫だろう……いや、万が一ってこともあるな。1時間しても連絡がない場合は頼む」
「分かりました。待機してます」

通信を切り、再び様子をうかがうと。
敵は射るような視線を真っ直ぐにこちらに向けていた。

見つかった。
今の通信を感知されたようだ。

この通信機は魔法を活用しているため、わずかではあるが波動が発生する。魔法感応度の非常に高い者には、感知できる場合もあると聞いたことがある。

「おい!そこに隠れているのはバレてんぞ!今すぐ殺されたくなければ降りてこい!」
決して大声ではないのに、ハウリングするように頭に響く不快な声だった。

……素直に敵の指図に従うのは悔しい。

だがもうすでに北門は全滅した今、残っているのは……。
どこに潜んでいるかわからない正影と、おとりの俺だけだ。

意味もなく抵抗して怒りを買っても仕方ない。
そんなことよりまずは相手の情報を探るのが優先だ。

「わかった、今降りる」
両手を上げて抵抗の意思がないフリをする。

壁の上の裏口から見張り塔に入り、内部の螺旋階段を降りる。わざとゆっくりめに歩を進めながら、その隙に考える。

魔法に対して俺は何もできないのか。
グレッグたちはなぜやられてしまったのか。

正影が言っていた。
魔法を封じるか、先手を取るしか対抗手段はない、と。

先手を取る。つまり奇襲攻撃。
……今それができるのは、見つかっていない正影だけだ。

そして見つかったら奇襲は不可能だ。

だがさっきの通信を感知されたところから考えて、相手の索敵能力はかなり高いとみていい。

正影のステルス(隠密)能力との勝負。

だが気配を消すことに関して、あいつは素質も実力も間違いない。場数も相当に踏んでいる。
……そこは心配しなくていいだろう。

ならば俺のやるべきことは明確だ。
相手の集中を乱して索敵能力を下げ、油断させること。

結局、おとり……いや狙撃の援護に専念する以外にない。

見張り塔から出ていくと、ラフな格好の痩せた男がこちらをにらんで立っていた。

いきなり攻撃されてはたまらないので、まずは軽い調子で話しかける。

「あーあ。派手にやってくれたな。お前が幽玄会のリーダー、マムシのジーネか?」

「何だお前は。なんで俺のこと知ってるんだ?馴れ馴れしい奴だな」

当たりか。この男がリーダーらしい。
ひとまず顔は覚えた。
何としてもここで仕留めたい。

男は眉を顰めつつも、ほんの少し警戒が緩んだ。
すぐに攻撃してくる気配はない。

観察し、少しずつ相手の性格を探っていく。
口調を相手に寄せながら、さらに会話を続ける。

「俺はまぁ……たまたま近くを通りがかったから、ちょっと様子を見に来ただけだ。しかしこれだけの人数を1人でやるなんてスゲーな。たいしたもんだ」

すっとぼけた会話をしつつ、相手の動きを音で感じながらあえて背を向け相手の警戒を解く。
同時に後ろで倒れている味方の様子をコッソリと観察した。

やはり外傷はほぼ見られない。
一体どんな魔法攻撃を受けたのだろうか。

「たまたま通りがかったぁ? んなワケねーだろ、ナメてんのかァ? つーかお前……どっかで見たような……。ん、もしかして!」

もう気付かれたか。仕方ない。
仕掛けるか……。

目標までは20メートルほど。
残念ながらちょっと遠い。

しかしあくまで「おとり」だ。
俺が仕留める必要はない。
十分に注意が引ければそれでいい。

「ハァッ!!」
振り返りざまに剣を抜き、走り込む。

「な……!やっぱお前、騎士団長か!?」

男が叫ぶと同時。

ピシュンッ!!
わずかな風切り音と共に、敵の足元に小さな土埃が舞い上がった。

俺はとっさに足を止めた。
今の音はおそらく、正影による銃撃だ。しかし――。

弾丸が、ヤツの身体をすり抜けた……?

地面に突き刺さるように、少し離れた足元へ着弾している。

男は一歩も動いていないし、意識は完全に俺の方に向いていたはず。それなのに……この状況で正影が外すわけがない。

「狙撃しやがったな?ハッ、だがそんなもんは俺には当たらねぇぜ」
ダメージが入った様子は微塵もなく、余裕で笑っている。

何だ――?
目を凝らしてみたが、何がどうなっているのか全く分からない。

得体の知れないモノと対峙する気色の悪さ。
相手の出方が読めない。どこを攻めたらいいのか。注意すべき点は……?

クソッ……完全に情報不足だ。
幻術使い? そもそも幻術とは一体何なのか――。

ともかく、狙撃は失敗した。
おそらく正影も今ので居場所がバレただろう。

男は弾丸の飛んできた方を鬼気迫る勢いで睨みつけている。
しばらくの沈黙。
「チッ……」

舌打ちして、あきらめた様子でこちらに向き直った。

正影はうまく姿をくらましたのかもしれない。
少しホッとした。
あいつがフリーならまだ希望はある。

「なるほど……部下を助けるために騎士団長自ら『おとり』になるとは、なかなかやるじゃねぇか」

自らなったんじゃなくて、一方的におとりにされただけだ。
俺としては思いっきり不本意だ。

男はさらに続けた。
「だが……こんなところで騎士団長様のお遊びにいつまでも付き合っているほど、俺ぁ暇じゃねぇーんだよ」

そしてパチンと指を鳴らした。

ガサッ。ザッ……。
「ァ~ア。よく寝た~」
「イテテ……でもこんな地べたじゃぁ、ちょっと身体痛ぇわ」

背後から聞こえるその声に振り返ると。

先ほどまで地面に倒れていた騎士団のメンバーのうち数人が、むくっと起き上がってきた――?

が、よく見れば顔も服装もまるで違っている。
品のない、盗賊……つまり敵だった。

「ハハハ! ゾンビみたいでウケるだろ? お前らの仲間にカモフラージュして、一緒に眠らせといたのだァー! 」
敵のリーダー、マムシのジーネはむかつく顔で笑った。

8.5-20

宵の北門

すでに陽が落ちて、周囲は薄暗くなり始めていた。

森と山と高い塀に囲まれたこの場所は一段と闇が深く、ふらりふらりと起き上がってくる敵の影は……ヤツのいう通り確かに、土の中から這い出てくる不気味なアンデッドのようにも見えた。

クソッ。
西門で捕らえた盗賊どもが「化けて」と言っていたのはこういうことか。
変装ではなく、偽装……?

幻影魔法の一種なのだろうか。
術者本人でなくても姿を変えることができるとは……。

起き上がって動き出したのは、5人。
いずれも様々な武器を持っていて統一性はない。

「5対1なら何とかなるだろ。オメーら、あとは任せたぜ」
とジーネが仲間に声をかけると、やつらは口々にダルそうな返事を返した。

「ほいじゃな、騎士団長さんよ。俺は別の用事があるんだわ」
言うが早いか、ジーネは宵の空気に溶け込むように、あっけなく掻き消えた。

「ま、待てッ。戦う前に逃げるのか!」
ヤバい。首都に入られてはどうしようもなくなる……!

辺りを見回したが、しかしもうすでに姿は見えない。
クソッ!どうすりゃいいんだ……!

「おい。どこ見てんだ? おめぇの相手はこっちだ……よ!」

その声に振り返ると、巨大なハンマーが横から頭をめがけて飛んできた——!

とっさに頭を守るように腕で受け止めながら、ハンマーの動きに合わせて飛び退き、あえて衝撃に逆らわず、そのまま十数メートル飛ばされる。

しかし着地に失敗し、無様に転がり倒れ込んだ。

目が回って視界が極端に狭くなる。気持ち悪い。
衝撃を逃しきれずに脳震盪を起こしているようだ。

こういう時は。
平衡感覚が戻るまで死んだフリをして、休憩することにする。

薄眼で周囲を警戒しながら、ひとまず状況を再確認する。
敵は5人、だったはず。

なんとか対応できない数ではない。

奴らがゾンビさながら起き上がってきたように、味方も復活してくることを期待したが、やはりピクリとも動く気配がない。

一緒に眠らせておいた……と奴は言ったが。
もしかして眠っているだけ、なのか?

睡眠誘導の魔法があることはどこかで聞いたことがあるが……。

さっき要請した救護班は、もう少しかかるだろうか。
こんなことならレイに応援頼んだらよかったな……。

……いかん。
何を弱気になっている……!

この状況は、俺が何とかする以外にない。

さっさと倒してジーネを追わなければ。

「!!」
ガギィン!ザクッ!

飛んできたナイフをとっさに左腕のガードで払い、追撃を転がって避ける。

意識があることがバレてしまったので仕方なく、顔を上げ上半身をゆっくりと起こす。

狭くなっていた視界はだいぶ戻ってきたが、やはりまだ焦点が合わない。

それになぜかとても……体がだるい。
呼吸も乱れ、クラクラする。

「コイツ、おカシラの魔法が利いてきたみたいだぜ」
敵のひとりがニヤニヤしながら言った。

「なに、魔法だと……!」
魔法をかけられた感じはしなかった。というか、かけられても気づけるほどの適性はたぶんない。

「安眠できるヤツな!」
「いいぜェ~、オレも睡眠不足バッチリ解消したからな!」
「明日の朝まで仲間と一緒にグッスリおねんねしてな」

やはり睡眠誘導の魔法だったか……。

後ろで倒れている仲間たちが死んでいるわけではない、というのは朗報ではある。ひとまず心の支えを失わずに済んだ。

大きく深呼吸して、背筋を伸ばして立ち上がった。
急速に失われていく気力を絞り出す。

「いや……俺は遠慮させてもらう。こんなところで寝るなどごめんだ」

寝ている暇はない。
さっさと終わらせてジーネを追わなければ。

それに寝るなら、ちゃんと家に帰って愛する妻の隣で寝たい……!
自分に強く言い聞かせ、なんとか意識を保つ。

眠気を吹き飛ばすように思い切り地面を蹴り、まずは動きの遅いハンマーのヤツから。剣を横に薙ぐ。相手がバランスをとるために出した足をすくい、倒れる無防備なこめかみを剣の柄で無造作に殴る。

今度は剣士か。
突き出してくる剣をよけながら、こちらも同じく剣で反撃。
相手が剣なら、そうそう負けることはない。

複数を相手にするのはもう慣れたものだが、合間合間に死角からの銃撃があるのがうっとおしい。鎧を着ているおかげで弾丸はそこまで脅威ではないが、防ぎきれずに数発はヒットしている。

しかし傷の痛みなどは、動いていればそれほど気にならない。

それよりもどうしようもないのが眠気だ。
集中力を維持するのに全力を注がなければならない。

攻撃の手が一時的に止んだ。
この隙に、乱れた呼吸を整える。

「ハァ、ハァ……ハァ……!」
目がかすむ。まぶたが重い。

これは思った以上に、しんどい……。

このまま地面に倒れ込んで寝てしまえたらどんなに幸せだろうか、と思うほどの眠気。地面が心地よいベッドに思えてくる。

ふいに、すぐ後ろに気配を感じた。
「……勝手に休憩してんじゃねェよ」

後頭部に突き付けられた、熱くなった銃口の感触。
しまった……!いつの間に!!

ぞわり、とした恐怖が全身を震わせた。

やられる――!

諦めかけたその瞬間、黒い大きな影が視界の端を横切った。

――ドガッ!!!
銃を突き付けていたガンナーは一瞬で吹っ飛んだ。
声を上げる間もなく、土煙を上げながら十数メートル先に転がる。

そして。
代わりにそこにいたのは、熊のような風貌のグレッグだった。
「スミマセン団長。うっかり冬眠してました」

副団長グレッグ

頼もしい部下の姿に思わず笑みがこぼれた。
思っていた以上に、ひとりで戦うことに孤独感を感じていたのかもしれない。

「はは、すいぶんよく寝たな……完全に遅刻だぞ」
ホッとしたらものすごい勢いで眠気が押し寄せる。
全身の倦怠感もハンパではない。

「ここは俺に任せてください。正影さんに死ぬほどマズい気付け薬を飲まされて、寝ざめは最悪ですがね」

なるほど……正影はそっちで動いてたのか。
近くにいながら全く気配を感じなかった……。

「討伐隊の中に魔法解除できる者がいるので、仲間の回復にあたらせてます。団長もひとまず回復してください」

見れば先ほど倒れていた者たちも、次々と起き上がってきている。

俺は本当に、頼れる部下と友に恵まれている……。
ひとりじゃないことのありがたさ、それに心強さを思い知った。

「うむ。スマンがここは頼んだ」
「もちろん。遅刻の埋め合わせはキッチリさせてもらいますよ!あ、正影さんは敵のリーダーを追ってすでに離脱しました」

そう言ってグレッグは、討伐部隊の仲間たちと共に敵に向かっていった。
すでにもう戦力はこちらが優勢だ。心配することはないだろう。

後ろで救護活動をしている団員のほうへ、ふらふらとした足取りで這うように歩いていくと、すぐに気付いて駆け寄ってきてくれた。

眠気というのは意志の力では抗いがたいものがある。
人間は寝ないと生きていけない。
ゆえに本能的に睡眠を求める。

本能を制御できる「理性」を持つことは、人間が人間である証ともいえる。
だからこそ逆に、それを開放することが快楽となる。

本能が求める快楽をエサに誘惑するとは。
悪魔のような魔法だ、と思う。

魔法解除の処置を受けているその間に、要請していた救護班が到着した。
この隊員1人で頑張っていた解除の処置も、交代できるだろう。

魔法を使える者がいて良かった。
「ありがとう、本当に助かった」

「お役に立てて、嬉しいです!」
彼はうれしそうに、生き生きとした顔で言った。

今後は騎士団でも、魔法の活用に力を入れなければな……。
身に染みる思いだ。

魔法を解除してもらうと、今までの眠気が噓のようにスッキリと目が覚めた。傷は回復しないけれど、体のダルさや筋肉痛まで治ったような気がする……!

続いて救護班に傷の手当てもしてもらうことができた。
気付かなったがかなり出血もしていたようだ。

俺も早く、後を追わなければ。
敵の目的は研究所。

正影も先に行ったし、警備は小隊をひとつ配置してある。
何事もないだろうが……しかしさっきから、ザワザワした胸騒ぎに気が焦っていた。

研究所には……カーラがいるからだ。
心配し過ぎなのだろうか……。


◆◆第8.5話 「騎士団長の宝物」④  終わり

あとがき


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今回はめちゃくちゃ真面目に仕事しているサチでした。

拷問に立ち会ったりおとりにされたり。
しまいには多数を相手にせざるを得ない状況に追い込まれてしまいました。

全滅ですからね。えらいこっちゃです。

魔法を使う相手に対抗するためには、やはり魔法使いの育成に着手しないといけませんね。これは必須。

それにしても諜報工作部隊の独自の秘密装備がめちゃめちゃ気になりますね。

色々考えてみようと思います!!

今のところ想定しているのは、
暗視・望遠ゴーグル(索敵補助)、半重力ユニット(機動力補助)。
あとは……スゴイ狙撃銃(←欲しい。)

なんかイイの思いついたらコッソリDMで教えてくださいww

次回はたぶん完結編です。たぶん。
お楽しみに!
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