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Little Diamond 第8.5話 ③

前回までのあらすじ

首都からほど近いククルの町、武術大会予選の会場。

医療スタッフとして従事する妻カーラの元へ、会場視察の名目で弁当を届けに来た騎士団長サチ。

すれ違いやハプニングもあったが、やっとのことで彼女との甘く幸せなひと時を過ごすことができた。

しかし、その小さな平和は緊急事態の一報によって破られた。
大型モンスターの群れを率いて、盗賊団が首都に接近中だという。

武術大会の警備に人員を割いているため、首都警備が手薄となっているところを突いてきた。すぐに作戦を計画し、実行する必要がある。

騎士団長がククルにいることで計画変更を余儀なくされた敵の動きは、非常に複雑で予測が難しい。

しかしサチは1つの結論を導き出した。
あくまで暫定的ではあるが。

8.5 騎士団長の宝物 ③

8.5‐11

西門でも砦でもないとするなら。
……答えは1つしかない。

西門から一番遠い、ノーマークの北門から侵入する可能性が高いのでは?

いや……まだ確信が持てない。
ひとまず西門のモンスターを迎撃しつつ、砦を警戒するほかないだろう。

そこへちょうど、カーラがテントに戻ってきた。
視線を交わす。

「医療課長も聞いていてくれ」

とっさに引き留めた。
またどこかへ行ってしまわないうちに。

彼女も騎士団医療課を束ねるトップだ。
全体の動きは把握しておいた方が良いだろう。

「どうぞ」
レイがすかさず、彼女に椅子を勧める。

「ありがとう」
彼女は静かに腰掛ける。

さて、結論だ。
やはり砦の人員は動かさず、俺と正影の2人で西門の対応に向かうのが得策だろうと判断した。

正影は西門警備隊10人分くらいの戦力には値するはずだ。
俺はせいぜい3人分がいいところだけどな……。

全体に作戦を伝える。

「作戦目標は西門へ接近中のモンスター群の殲滅と、先導する盗賊団員の確保。敵が西門へ攻撃を加える前に片づける」

首都周辺地形図

地形図を示しながら話す。
「敵の真の目的はまだ不明だが、西門をモンスターに襲撃させ、我々の目を引き付けている隙に砦に攻撃を仕掛ける可能性が高い。そこで次の動きに備えて、砦の配置はそのまま維持する」

レイもカーラも、臨時編成の隊員たちも、うなづきながら熱心に聞いていた。

「ここにいる10名は西門警備部隊と合流。諜報工作部隊と連携し、モンスターを迎え撃つ」

一瞬うろたえるように隊員たちは顔を見合わせた。
おびえている。

無理もない。
ここにいるのは普段は首都周辺の警備を担当している者たちで、実動部隊とはいえ戦闘経験は少ない。

対モンスター戦など、せいぜい迷い出てきた小型モンスターを退治する程度だろうから、大型との交戦はおそらく誰も未経験だ。

それに何より、諜報工作部隊やその長である正影の実力を知らない。
いま見えている戦力では確かに、勝てる目算がないのは当然かもしれない。

集まっている10名のひとりひとりを名前で呼び、目を合わせる。
それから諭すようにゆっくりと語った。

「諸君らはモンスターとの交戦経験は浅いだろうが、問題ない。私が指揮を執る。それに諜報工作部隊は戦闘のプロだ。戦場にあって安心ということはないが、こんな恵まれた条件はめったにないぞ」

意識して、微笑んで見せる。
「むしろ経験を積んでレベルアップできる、千載一遇のチャンスととらえるんだ。もちろん私も共に戦う。日ごろの訓練の成果を存分に見せて欲しい」

「……はい!」
みんなが揃って大きな声で返事をした。
少し表情が和らいだようだ。

未知に対する恐怖は誰にでもあるものだ。

まぁ、やってみれば手ごたえを感じるだろう。
彼らだって毎日ダラダラ過ごしてるわけではない。真面目に業務をこなしつつ、訓練も決して怠ってはいないはずだから。

実際には正影と俺とで先制攻撃を仕掛け、厄介そうな大型のやつをあらかた倒して、中〜小型のものを彼らに任せるつもりだ。

この戦場は彼らに適した場所とは言い難い。
身体を張って敵に立ち向かうだけが騎士団の業務ではない。彼らにはもっと他に適した役目がある。

無理をさせて才能の芽を摘んでしまっては元も子もない。

「レイはこちらとの連携のため、砦のサポートに。盗賊団の襲撃に備えてくれ」
「はい」

「念の為、首都内警備の夜番を少し早いが招集して、西門に回せ。私は諜報工作部隊員と共に、先に西門の指揮に入る」

「了解しました。首都内警備の第3小隊の8名を西門へ配置します」
「うむ」

北門の守備も固めなければ。

グレッグと同行するモンスター討伐隊は、帰還するまでにはかなり時間がかかる。

とにかく人員が足りない。
全て完璧にというのはさすがに無理だ。

「北門も警戒態勢に。グレッグたちは帰ってきたら北門で待機するように言ってくれ」
「え、北門、ですか?……なるほど、北門の警備の者に伝えます」

レイは一瞬意外そうな顔をしたが、意図を理解してくれたようだ。

盗賊と言えど大勢でわざわざ山を越えて回り込んでくるとは考えにくいが、北門が本命である可能性も捨てきれない。

しかし――。
敵の狙いは何だ?
首都に忍び込んで一体何をしようというのか。

首都または王都にあって、盗賊が狙いそうなものと言えば……?
……やはり前時代の魔法科学のテクノロジーに関するアイテムだろうか。

未発見の技術を、研究者たちは喉から手が出るほど欲しがる。

というのも、表に出回っている技術はすでに研究が終わっているわけで。
裏市場のそれにこそ価値があり、価格が高騰しているのだ。

特に組織に属さないフリーの研究者たちは、裏ルートで流れてくる盗品を買い取り、研究して製品に応用し、表の市場で高値をつけて売りさばくという。

それ自体は合法であるし、実際にテクノロジーの発展をリードしているのは、そういった野望を抱いた研究者や発明家たちだったりする。

盗品が大金に化けるのだから、盗賊にとってはたとえ用途不明のアイテムでも間違いなくお宝なのだ。

今回の敵の狙いもその関係かもしれない……。

しかし俺はそういったテクノロジーに関する情報は、残念ながらあまり詳しくはない。

「……!」
そこでふと思い出した。

そういえばカーラの管理する研究チームは、このところ研究所でずっと交代制で根を詰めて実験をしていたとレイに聞いた。

何か新しい発見があったのだろうか。

「医療課長、今朝は何をしていた?」

一瞬、彼女の視線は左下にすい、と流れた。
……なんだ?

「今朝は……実験の引継ぎに、立ち会っていました」
「それは知っている」

カーラは微笑んではいるが、俺にはわかる。
わざとらしくポーカーフェイスを装った笑顔。

俺に見破られることを分かってやっている……?

わざとはぐらかしたのか?
まるで「これ以上訊くな」と言っているかのようだ。

だがこれは仕事だ。
悪いが深掘りする必要がある。

「一応訊くが……何の実験だ?」
「ふふ……まるで尋問みたい。でもその質問には、ここでは答えられません」

「む……そうか」
なるほど、機密事項ということか。

ならば確かに、こんな誰が聞いているかわからないところでは話せないか。

……察するべきところだったな。

「戦場に出るなら私も一緒に行きます。話ならその道中にでも」
カーラが言った。

……言い出すんじゃないかと思っていた。
危険な現場に乗り込みたがるのはいつものことだ。

今回は特に予測の難しい敵の行動と人員不足のため、おそらく苦戦を強いられる。有能な彼女こそを、現場での救護にあたらせるのが妥当だろう。

もちろん、大切な人を危険にさらしたくないのが本音ではあるが……。

彼女も素人ではない。
訓練も受けているし、騎士団医療課に所属してもう長い。戦場での救護支援も何度も経験している。問題はないはずだ。

分かっていながらも揺れてしまう感情を、理屈をつけて押し込めた。

「分かった。では会場の医療スタッフへ申し送りをして、さっきの丘の上に集合」
「了解」

「……さっきの、とは?」
曖昧な言い方をしてしまったせいで、他の団員がツッコんできた。

「きみが知る必要はない」
ぴしゃりと黙らせる。

レイが口元を抑えて笑いをこらえている。

そんなことより、もう時間がない。
とにかく動かなければ。

「私と医療課長は諜報工作部隊の者を連れて、別ルートで先に西門に向かう。ここにいる10名は準備ができ次第、フローティングビークルで首都西門へ向かってくれ。レイ、会場の警備も手薄にならないように頼む」

念のためレイを近くに呼んで、こっそり耳打ちした。
「北門から本命がくる可能性もあり得る。敵の狙いがいまいち見えない。詳細が分かり次第、また連絡する。混乱するだろうから、いちおう皆にはまだ内緒な」

「了解です」

ミーティングを解散した。
それぞれが準備に走り、テントの内外は慌ただしさを増す。

しかし予選大会は、今のところ滞りなく進んでいるようだった。

8.5-12

装備を整えテントを出て、足早に人混みの中を進む。
朝よりも若干、人は減っているようだ。

カーラとの待ち合わせ場所を、先ほどランチをした丘の上に指定したのには理由がある。

歩きながら正影に通信をつなぐ。
「正影、ミーティングは聞いてたか?」
「……聞いていた。またアイツを使うということだな」

さすが、話しが早い。
言わなくても伝わっている。

「いいだろ、ここから首都までタクシーでチンタラ向かってる暇ないんだよ。結局アレが一番速い」
「構わんが……昼間だから目立つぞ」
「この際仕方ない。敵が西門にたどり着く前にサクッと数を減らしておきたい」

正影独自の移動手段はタクシーよりもおそらく速い。
それにもう一つ利点がある。

「んじゃ、さっきカーラと俺が飯食ってたとこに集合な。どうせ見てたんだろ」
「うむ。了解した」

先ほどの小高い丘の上のベンチに着くと、正影はもうすでにそこにいた。
傍らの木の陰に、ひっそりと。

「呼んでおいてなんだが、会場警備の方は大丈夫か?」
「代わりの者を要請した」
「さすが、抜かりないな」

「お前が出ることはなんとなくわかったからな」
……読まれっぱなしだ。悔しい。

「あ、そうだ。さっき探してもらった少女は間違いなく王女だった。だが見なかったことにする。つまり……」
「泳がせるってことか」
「うぅ……ん、その言い方はあまりガラが良くないな」

親友の名誉のために言っておこう。
騎士団所属でありながら王女に対して「泳がせる」とか平然と言ってしまう正影だが、決して品がないとか常識がないというわけでない。

世間体を気にしない、という表現が適切なのかもしれない。

あいつは肩書や身分、年齢や見た目にこれっぽっちも偏見を持たない。
だから相手に合わせて振る舞いを変えることは苦手だが、その分、惑わされずに人の中身を見ることができる。

そういうヤツなのだ。

「彼女は干渉せずに、見守りたい。協力してくれないか?できる範囲で」
「あぁ……まぁそうなるだろうな。……できる範囲でなら、構わない」

正影は人をマークしてこっそり観察や護衛をすることに関してはプロ中のプロだ。彼の協力があればこんなに心強いことはない。

「よかった。現状で特に危険が迫ってるわけでもないから、無理はしなくていい。情報が入り次第教えて欲しい」
「わかった。覚えておく」

正影はおもむろに、首から紐で繋いだ小さな笛を懐から取り出し「ピュイーーッ」と鳴らした。
人間には聞き取りにくい、非常に高音で超音波にも似たような音。

それとほぼ同時に、小さなリュックを背負ったカーラが息を切らしながら走ってきた。
「おまたせ」
「うん、大丈夫だよ」

突然、強い風が吹いた。
急に陽が陰ったかと思うと、バサバサッっという鳥の羽音。

「きゃ……っ!」
吹き飛ばされそうになるカーラを抱き止め、突風からかばうようにしゃがみ込む。

静まってから顔を上げる。
そこにいたのは、真っ黒い巨大な鷲のようなモンスターだった。

これが正影の「闇疾風(ヤミハヤテ)」。
ヒナの頃から毎日森へ会いに行っては甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

いまでこそ体長も10メートル近くなり立派な強面だが、最初に会わせてもらった数年前は俺の背丈と同じくらいの大きさだった。正影のあとをチョコチョコとくっついて離れなかったのを思い出す。

甘えてすり寄せてくるくちばしを、正影は優しくなでている。
「よーし、いい子だ闇疾風(ヤミハヤテ)。今日は俺の友も一緒に乗せてくれ、頼むぞ」

正影は普段は極度の無口だが、この鳥に話しかける時は何故かとても自然だ。

「わぁ、大きな鳥!このコ、正影と仲良しなのね。可愛い…」
いつの間にかカーラも同じように、正影の隣で怪鳥を愛でている。
かじられやしないか心配だ。

「フフ……そうだろう? 実はこいつは狩りも得意なんだ」
「へぇ、賢い。見てみたい!」

動物好きの集いになりつつあるので現実に引き戻そう。
「ゴホンゴホン!さ、乗り込むぞ!時間がない」

カーラと一緒に尻尾の付け根から鳥の背中によじ登る。
乗り心地は、ふわふわしていて不安定。

以前運んでもらった時は近距離だったため、脚につかまっていたのだった。
背中に乗るのはこれが初めてだ。

正影が言う。
「風が強いからサチが先頭、カーラは真ん中。俺はお前らが落ちたときに拾えるように、後ろに乗る」

「おい……落とすなよ」
「落ちるなよ」

……改めてよく考えたら、落ちたら終わりじゃないか。
そういう装備も用意してなかった。

「や……闇疾風? 頼むぞ……?」
俺の命はもはや、鳥の手腕にかかっている。

カーラは鳥に乗れることが楽しいみたいで、怖がるどころか興奮気味だ。

「行くぞ、つかまれ」
正影が短く笛で合図をすると、一瞬下へ沈み込んでから、ジャンプするかのように一気に飛び上がった。

闇疾風は午後のやわらかな光の中を、風に乗って高く高く上昇する。
真昼間にこの黒い怪鳥は目立つため、できるだけ目につかないように高く飛ぶのだろう。

眼下には広大な砂漠が広がり、地図と同じような配置で町と街道、首都を囲む高い壁や要塞が見て取れた。右手には水平線、左手には山の向こうの地平線が、緩やかなカーブを描いている。
地球が球体であることを証明していた。

地形図は頭に入っていても、実際に上から見る機会なんてそうそうない。
首都周辺の正確な地形を、この機会にしっかりと目に焼き付けておく。

これが、タクシーでの移動ではありえない、速度以外の利点であった。


8.5-13

鳥に乗って空を飛ぶという興奮もひと段落した頃。

「じゃあ、さっき言ってた機密情報を話すわね」
しっかり者のカーラが初めに話を切り出した。

彼女は腕を回してピッタリと俺の背中にしがみついている。
風の音があってもこの距離なら何とか声は聞こえる。

カーラは口を開く。
「昔から魔法の石とされてきた『アビサライト』って知ってるでしょ?」

「え、聞いたことない……」
「俺も知らん」

しょっぱなから専門用語が出てきて、俺と正影はポカンとなった。

「え……なんで? 常識でしょ?」
残念ながら、俺たち肉体派とは別の世界での常識なようだ。

「まいいわ。とにかく、そのアビサライトよりも強力な魔法力を秘めた鉱石……ミデアストーンが最近発見されて、うちの研究所がそれを手に入れたのが1か月ほど前」

あぁ、そういえば1か月前に、中規模の盗賊団の摘発をした。
その時の戦利品に入っていたのかもしれない。

「なかなか扱いが難しくて、実は苦労してたの。でも別で発見された資料を参考にいまちょうど、実験を始めたところだった」

前時代から残る魔法理論と、数少ない最新の研究レポートを照らし合わせると、魔石ミデアストーンの力は科学的に制御が可能だという。

専用の実験機材をイチから製作して、ついこないだ完成したので急ピッチで基本的な実験を進めているらしい。

「計測や記録は自動でできるけれど、何があるかわからないから。交代しながら24時間体制で見張っている必要があるのよ」

早朝に研究所に立ち寄ったのは、人員交代の引継ぎがあるためで、そこでの進捗報告を聞きたかったからだという。

「……タイミングからいって、おそらく盗賊の狙いはそれだな」
「私も、そう思った」

特に魔法石を専門的に狙う盗賊団といえば……。

「砂塵の狼、か?」
正影も同じことを連想したようだ。

盗賊団「砂塵の狼」とは、過去に接触したことがある。

とても統制のとれた組織で、周到かつ整然とした手際、引き際も見事なものだった。敵ながら感心した覚えがある。

「いや、ヤツらの手口にしては今回のはずさんすぎるだろう」
「……確かに」

そもそも盗賊は犯罪者集団、荒くれ物の集まりであるため志による結束力がない。分化したり融合したり、組織としても不安定なのが常だ。

しかし「砂塵の狼」はこの国最大の規模を誇る組織に成長している。

そこから派生した小さな盗賊団は存在するが、元々のこの組織自体はそれほど悪質な犯行の履歴がないのが特徴。
他の盗賊団との交戦や運輸の積み荷はたまに襲ったりはするものの、村を焼いたり殺人を犯すなどの悪質な行為はいまだない。

アビサライトをはじめとする魔法石や前時代の遺物などを狙っているようで、報告によると凄腕の魔法使いが幹部にいるようだ。
用心深く計画も緻密で、尻尾すらつかめていない現状。

だが悪質ではないために騎士団としてもあえて討伐に出るほどではなく、観察対象として位置づけていた。

今回の一味がそいつらかどうかは、まだ分からないが。

正影が声を上げた。
「見えた。あれだな左前方」

……どこだ。
かなりの高度まで来てしまっているようで、地上まではだいぶ遠く、目を凝らしても見えない。

わずかな砂煙。
……あれか?

「大型モンスターが、4体。その他の有象無象が……15から20匹ほど」
正影が言った。

「あんな遠くてよく見えるな」
「そういう装備だからな」
「え、そうなのか……?」

苦笑するしかない。

諜報工作部隊は何もかも自由過ぎる。
もはや騎士団から手が離れて独立した組織になりつつあるのではないか。

しかし制約をかけないからこその利点、装備も独自の進化を遂げているようだ。

今度詳しく聞いてみよう。
俺たち騎士団が使える装備もあるかもしれない。

それにしても、モンスターは大型4匹。それ以外が20匹……。
正直「なんだそんなもんか」という感想だ。

群れというからにはもっといるのかと思ったが。
これなら何とかなりそうだ。

「さぁ、そろそろ着陸態勢にはいるぞ。落ちるなよ」
「カーラ、つかまれ!」

正影が短く笛を吹くと、怪鳥「闇疾風」は急降下を始めた。
上昇した時の比ではない、突風。

翼は鋭く風を切り、鳥の身体は小刻みに左右に揺れる。

背中にはしっかりとカーラが掴まっている感触。
俺自身がが振り落とされないようにしなければ。

頭を低くし、太い羽根毛をしっかりとつかんだ。

高度はぐんぐん落ちていき、首都を囲む壁がハッキリと見えてきた。

地表近くまで降りてから少しだけスゥゥ……と低空飛行したのち、バサバサッと羽ばたいてブレーキをかけた。
今度は前につんのめりそうになったが何とかこらえ、顔を上げた。

着地したのは西門から500メートルというところか。
盗賊の率いるモンスターの群れはもうすぐそこまで来ていた。

「カーラ、降りれるか?」
「大丈夫」
カーラは登ったときと逆の手順で尻尾の方へ、鳥の背中をツルツルっと滑り降りる。着地でこけそうになったものの、先に降りていた正影が受け止める。

正影と闇疾風

「ありがと、闇疾風。またね」
カーラが言うと、彼はクィィィ……と甘えた声を出し、正影の笛の合図で再び飛び立っていった。


「カーラは西門まで走れ。もう距離がない。ひとまずここで俺たちが食い止める。西門のやつらには合図するまでまだ出るなと言っといてくれ」

「分かった。気をつけてね」
カーラは言われた通りに西門の方へと走っていった。

率いている盗賊は2人。低速のフローティングビークルですでに街道をを通りすぎ、南へと遠ざかっていく。

あのスピードなら見張り台からも視認できているはずだ。とりあえずあいつらは置いておこう。
まずはモンスターが先だ。首都外壁まで到達させるわけにはいかない。

正影はすでに走り出していた。

彼は大きく跳躍し、5~6メートルはあろうかというモンスターの首元に背後からとびかかり、大ぶりなナイフで首をかき切った。
同時にその肩を蹴って離脱。

紫色の血しぶきを派手に吹き散らしながら、角の生えた巨人はゆっくりと傾いていく。

地響きと共に倒れるのを見守りもせず、正影は次の獲物に取り掛かる。

さすがに速い。手慣れたものだ。

負けてはいられない。
たまには皆にカッコいい所を見せなければ。

大型モンスターは大きいだけにそれなりに動きが遅い。だからこそスピード勝負で負けなければ勝機はある。

俺の相手は……うあぁ、なんか気持ち悪い虫みたいなやつだ。

これもかなりデカい。
這いつくばった人間のような上半身が、山のようにこんもりした背中の前方からから飛び出している。その背中の横からは同じく人間のような脚が虫のようにたくさん生えた……クモのような姿?のキメラ系モンスターだ。

ただし盛り上がった背中は生々しくヌルヌルしてそうな粘液に覆われていて、しかも巨大な目がギョロギョロとたくさんうごめいている。

……気持ち悪い。
幽霊などは怖くはないがこういうのはハッキリ言って好みではない。
さっさと終わらせよう。

狙うべきは常に急所。
つまりこの場合、おそらく顔だ。

背中の目も、急所としてはアリがちだが数が多すぎる。

顔は当然正面だが、真っ直ぐ突っ込むのは危険だ。
相手のリーチが長すぎる。
機動力を活かして死角をとり、こちらの射程距離まで近づきたい。

無数の足に踏みつぶされないよう、注意して回り込む。
ギョロリ、ギョロリ、と俺を追うように背中の目玉が動く。

クソ……隙が無い。
仕方ない。

「……ハァァ!!」
使い慣れたロングソードを一閃し、柱のように乱立する脚の1本をたたき切る。

ギャアァァァァ!!
と派手な叫び声をあげるモンスター。

ダメージは入った。この隙に。

狂ったように暴れる巨大な脚たちをかわしながら、ヤツの正面を捉えた。

血走って飛び出た目玉。
耳まで裂けた口にはギザギザの歯。
頭には鬼のような2本のツノ。

モンスターといえど見るに堪えない相貌だ。

そのままの勢いで走り込み、跳躍。
剣にスピードと体重を乗せて、眉間に深々と突き立てた。

確かな手ごたえ。

一瞬の沈黙。
顔を足で抑えて、深々と刺さった剣を引き抜く。

そして素早く離脱した。

「グギャァア!!ァァオオオオォォォォォ!!!!」

断末魔の叫び声を上げたあと、無数の脚は脱力。
ズゥゥ……ン、と音を立てて砂煙の中に沈んだ。

「ふう。さてと……」

見ると、すでに残りの2体のモンスターは正影によって処理されていた。
速すぎる。俺の見せ場がないじゃないか。

「この程度では朝飯前の運動にもならんな」
「……!」

気がつくと背後に正影がいた。
「急に来んなよ!びっくりするだろッ」
「ん、さっきからいたが………?」

一体いつからいたんだ、まったく。

大型モンスターが一瞬のうちにやられてしまったのを見て、率いていた盗賊2人は、慌てて逃げだした。

だがよっぽど慌てているのか、彼らの乗るフローティングビークルはうまく走ることができず、モタモタしている。

ちょうどその時。
ククルの町で編成した10人の姿が見えた。

「あとはアイツらにやらせよう。俺は指揮に入る。盗賊たちの捕獲を頼む」
「うむ」

盗賊たちは、数百メートル先で何やら内輪揉めを始めた。
あまり賢くなさそうな連中だ。

「色々喋ってもらわないといけないから、できれば無傷でな?」
「……努力はする」

8.5-14

中~小型モンスターの駆除は、想定したより苦戦することとなった。

というのも。
最初に倒した大型のクモ型モンスターの死骸から、なんと気持ち悪いことにスイカほどの大きさのクモがワラワラと無数に這い出てきたのだ。

あまりの不気味さに全員が一度ドン引きしたが、パニックにならなかったのは大したものだといえる。
これこそ日頃の訓練のおかげだろう。

西門警備の小隊を戦闘員とサポートに分け、臨時編成の10人小隊と協力して囲い込み、うまいこと一匹も逃さず倒すことができた。

サポート班の中に、魔法が使える者がいたのが幸いした。

首都を守る城壁にクモが登っていくのを必死で食い止めていたが、数が多く素早いため駆除が追い付かない。

その時。

「みんな!壁から離れろッ!」
という声が聞こえたかと思ったら、壁の根元に沿うように出現した数本の大きな火柱。炎は驚くほどクモに効果的だったのだ。

危うくやけどしそうになったが、それが功を奏し、細かいクモたちを壁から遠ざけることに成功したのだった。

そもそも我々騎士団員の構成は、医療課以外は魔法適性がないか、または僅かな者たちばかりだ。俺自身も日常的な簡単な魔法程度しか使えない。

なぜかというと。
騎士団には養成所があり、孤児でも寮に入り騎士に必要な技術や知識、メンタルを鍛えることができるが、幼いころから魔法適性のある者に関しては魔法学校に引き取られてしまうのだ。

専門施設での教育の方が当然、才能は伸びるから。

それに魔法を本格的に習得した者は、運輸の護衛や医療など別の働き口も豊富だ。もちろん給料も騎士団よりも良い。

だから必然、魔法が使える者が騎士団には少なくなってしまう。

グレッグなんて魔法適性ほぼゼロだし。
レイは少しだけ使えるみたいだが、もっぱら趣味の狩りでライフルの照準精度を上げるために使っているようで、仕事で使っているのを見たことはない。

正影はどうだろう。
聞いたことはないが、あいつは見た目より意外と器用だからな……。

魔法は残量が見えず、パフォーマンスが安定したものではないのでリソースとして戦略に組み込みにくい。
そのため今まで、使ってこなかった。

だがやはりいざという時はやはり便利だ……。

戦況に柔軟に対応できるというのは、同じ魔法といえどもあらかじめプログラムされた魔法アイテムにはできない芸当だ。

わが騎士団もそろそろ、魔法使いを育成して編成すべきタイミングなのかもしれない。

8.5-15

戦場の事後処理を小隊の者たちに任せて、西門の詰所へ戻る。
正影のつかまえてきた盗賊どもから話を聞きださなければならない。

ここは普段は西門警備隊の休憩所を兼ねた詰所となっている狭い部屋。6~7人も入れば窮屈さを感じる。

西門詰所(イメージ)

敵の目的が未だ不明なため、急いで口を割らせて次の作戦を検討する必要がある。わざわざ場所を移している暇はないので、この場所を借りることにしたのだ。

部屋に入ると、手錠をかけられた二人の武骨な男が椅子に座っていた。
そして彼らを正面から見下ろすように、無言で腕を組んだ長身の正影が仁王立ちしている。

この状況でもなお、盗賊たちはにらみつけるような反抗的な表情。
鈍感なのか肝が据わっているのか。

報告によると「リーダーが助けに来てくれる」と言っていたらしい。
つまり今回の作戦で組織のリーダーが出撃してくる可能性が高い。

そんな重要な情報と気付かずに口を滑らせてしまうような雑魚をよこすとは。敵のリーダーは完全に人選を間違ったといえる。

「さて。始めようか……」
と言ったはいいが、ふと感じる背後からの視線。

振り向くと、入り口から興味深げに部屋を覗く団員達。その中にカーラもいることに気づいた。

いかん、締め出さなければ。

「諸君らは戦場の事後処理が終わったら、西門の外で警戒態勢を維持しながら待機だ。この部屋はしばらく立ち入り禁止とする」

カーラにも出ていくよう促す。
彼女には特に、見せたくない仕事だからだ。

ドアを閉めた。
俺と正影と、盗賊2人は対峙する。


◆◆第8.5話 「騎士団長の宝物」③  終わり


あとがき


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また次に続いてしまいます。
サイドストーリーなのにw

今回はサチ団長、真面目に仕事をしてますね。
正影に見せ場を奪われっぱなしですが。

彼の率いる諜報工作部隊は、単体の戦闘力で言うなら騎士団の中でずば抜けています。
相手が少数ならモンスターでも人でも、静かに行って無駄なく素早く確実に仕留めます。

ただし協調性は期待できません。
いうこと聞かない奴らの集まりでもあるので。

編成に組み込もうとしようものなら、通信を切って姿をくらましますw

奴らがまとまっているのは、長である正影がメンバーに認められ、尊敬されているから。忍者の頭領みたいなイメージです。

でもそのうち「あんたを倒してオレがトップになる」みたいなヤツも出てきそうでワクワクです(妄想ですが)!

そんなわけで、たぶん次回は完結します。
たぶんです(汗)。

次回は……
拷問から始まりますw
そして変態野郎とカーラさんの頭脳戦(?)、国王も友情出演の予定。

次回もお楽しみに!

—————————————————

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