Little Diamond 第8.5話 ⑥
前回までのあらすじ
首都内西部にある、魔法科学研究所が襲撃された。
目的は、未解明の強い力を秘めた魔法石「ミデアストーン」だった。
敵は幻術魔法を得意とする「マムシのジーネ」率いる盗賊団・幽幻会。
北門での応戦のあと騎士団長サチは研究所に急行したが、到着した時にはすでに、彼の最愛の妻・カーラが人質に取られてしまっていた。
騎士団医療課長であり研究チームリーダーである彼女は、万が一のため研究データを保護するべく所内に残っていたのだ。
怒りの感情に飲まれ暴走しそうになるサチを制した諜報工作部隊長・正影は、みずから敵を撃破して彼女を救出することを決意する。
各人の見事な連携により、被害を出すことなく人質を奪還し、敵リーダー・ジーネの確保に成功した。
しかし、残った子分たちの確保にあたっていた騎士団員たちの中に、突如ざわめきが起こった。
盗賊の一人が、何やら頑丈な金属の箱を開けようとしていた。
「オレだってこれさえあれば……!!」
すると隣にいるカーラが突然、大音声で叫んだ。
「それはダメ――!!」
8.5 騎士団長の宝物 ⑥
8.5‐25
なんだッ!?
男は箱を開け、中から何か小さな……手のひらに収まるサイズの何かを取り出した……?
「触っちゃだめよ!すぐにそれを捨てて!!!」
さらに叫ぶカーラ。必死の形相だ。
「??」
俺にはまだ、その意味が分からなかった。
男は制止を聞き入れる様子もない。
右手にのせた「何か」はぼんやりと光を放ち始め、怪しい笑みを浮かべる男の顔が薄暗い中に照らし出された。
「これさえあれば……オレだって魔法を……」
男は恍惚とした表情でつぶやき、ぎゅっと右手を握りこむ。
拳の隙間から漏れ出る光はみるみるうちに輝きを増し、オレンジ色の鋭い閃光となって周囲に拡散した。
かと思うと、男は今度は急に目を見開き、苦しみ始めた。
「うぅ……ぐぅゥゥォォォォオオオ………!!!」
首や顔には血管が赤黒く浮き出て、表情は苦痛に歪む。皮膚は徐々に変色し、身体は膨張していく。
これは……なんかヤバい。
「カーラ!」
直感した俺はとっさに彼女をかばうように地面に伏せる。
次の瞬間、強い光と共に衝撃波が襲った。
それから地面を伝わる振動と、立ち上る砂煙。
低く唸るような獣の咆哮、生暖かく濁った魔物の臭気。
「……何が、起こった……?」
砂煙が収まり少しずつ視界が晴れてくる。
その時、トスッという音と共に誰かが空に放った照明弾が、現場のすべてを照らし出した。
そこにあったのは、20メートルはあろうかという巨大な魔物。
「オ……オーガ……?」
……オーガだ。
異常な大きさのオーガが立っていた。
「ウゥゥゥ……んガァァァァ……」
頭の上から降ってくる、不気味な唸り声。
「え……え?」
受け入れたくない、何かの冗談であって欲しいという心理なのか。
おかしくもないのに笑いが込み上げる。
一瞬遅れて、我に返った。
恐怖に血の気が引いた。
「ちょ……待てよ……ここは都市外(そと)じゃない。街中だぞ……!!」
このサイズで暴れられたら、首都は壊滅する……!!!
見れば、その場にいる全員が口を開けて固まっている。
「みんな!!何やってる!早く逃げろ!!!」
俺は声の限りに叫んで、ひとまずカーラを抱えて距離を取る。
踏みつぶされてはたまらん。
走りながらホットラインで、正影とグレッグとレイに同時に連絡。
「首都内部に超大型のオーガが出現!みんな大丈夫か?各自現状を報告!」
「目標を確認済みだ。すでに対応を始めている」
正影が言った。
さすが行動が速い。
照明弾もおそらく彼らが打ち上げたものだろう。
どこから現れたのか分からないが諜報工作部隊の数人が飛び回り、敵の動きを止めるためワイヤーでの拘束を試みているようだ。
これは街中での被害を最小限にとどめる常とう手段だ。
「討伐隊と一緒にそっちに向かってます。目標は遠目に確認済み。到着までもう少し」
これはグレッグだ。北門からこちらに向かっているようだ。
レイは砦から連れてきたメンバーと一緒のはずだ。
「レイです。まずは首都警備部隊に一般市民の避難誘導の指示を出しました。これからこの強い魔力と臭気に誘われて、外から魔物が集まってくることが予想されます。小型・中型モンスターの襲来に備え、砦の人員を中心に編成し対応にあたります」
「わかった。レイ、そっちは頼んだ。大型オーガは正影に任せる。進捗はこまめに報告してくれ。グレッグたちの討伐隊は到着しだいレイに合流、外からのモンスターの侵入を防いでくれ」
ザックリと全体の指示を出し、細かな采配は任せる。
奴らも指揮官、各自に自分のやり方がある。
「さてと……」
200~300メートルほど走ったところでカーラをそっと下ろす。
振り返るとすでに、首都警備隊の投光器によって目標はライトアップされていた。
巨大なオーガは緑色の肌に鋭い牙、時折、あり余る魔力がスパークをほとばしらせている。
咆哮は夜の街に響き渡り、今にも本能のままに暴れ出しそうな勢いである。
……あんな巨大なものが、どうやって現れたのか。
「事情を話してくれ。どういうことだあれは?」
必死で叫んでいたカーラなら、何か事情を知っているに違いない。
しかし……カーラは青い顔をして、震えていた。
どうしたんだ? 何があった……?
確かに巨大なモンスターは恐ろしかっただろうが……そんなことで怖がるような彼女ではないはずだ。
案外肝は据わっているタイプなのだが。
俺はヒザをつき、目線を合わせた。
「カーラ?」
「私のせいだわ……私が、守れなかったせいで……」
守れなかった……とはどういう意味だ?
あの巨大なオーガが出現したことに、彼女は何か関与しているのだろうか。
なんにせよ、ここで責めて問い詰めても意味はない。原因は分からないが、ともかく彼女はおびえ切っている。
「何言ってるんだ、カーラのせいじゃない。首都を守るのは俺たち騎士団の仕事だ」
まずはいつもの彼女に戻ってもらう必要がある。
この事態を収拾するには彼女の知識と頭脳が必要だ。
「首都を守れなかったというのなら、つまり騎士団の責任者である俺の責任だ。責めるなら俺を責めろ」
「違う!私が……」
「カーラがやらかしたと思うなら、それはみんながやらかしたことであり、結局は俺がやらかしたってことなんだ。そりゃ団長はツラい……総責任者だからな。だけどな、俺たちはチームだ。チームの良いところは、一体何だと思う?」
「……へ??」
カーラが顔を上げた。
いきなり何を言い出すんだとばかりに面食らっている。
俺は立ち上がり、いつも部下たちの前でやるように、仁王立ちで腕を組み、険しい表情をして見せる。
「いいかよく聞けぃ!チームであることの最大の利点はッ」
カーラはポカンと口を開けて見上げている。
「やらかした後始末を1人でしなくて良い、というところだ!」
「……ぷッ……なにそれ」
「合ってるだろ?」
カーラが思わず噴き出した。よし。
得意の三段論法の変化形を、久々に繰り出してやった。失敗に落ち込んでいたら本来の力が発揮できないからな。
「大丈夫。みんなでやればまだ取り返せる。だから知恵を貸してくれ」
カーラは笑顔でうなずいた。
「……うん、わかった」
よかった。もう大丈夫そうだな。
さっそく本題を切り出す。
「あの怪物はなんなんだ?なぜあそこに突然現れた?教えてくれ」
「あれはおそらく……盗賊の男が変化したものだと思う。幻像ではなく実体。……順を追って話すね」
カーラはすっかり普段の様子に戻っていた。
一度落ち着いて深呼吸し、話し始める。
「あれは魔法石『ミデアストーン』の力。西門で別れたあと研究所に行った私は、奴らに狙われている石を保護しようと実験機材から取り出していたの。そしてちょうど保管箱に収めたタイミングで、奴らに襲撃された」
「なるほど、あの箱に入っていたのは奴らが盗み出したお宝、ミデアストーンだったってことか」
それは分かった。
しかしそれとオーガはどう繋がるんだ……?
そもそも……。
「ミデアストーンっていったい何なんだ」
「そうそれね。適性のない人も魔法が使えるようになる魔法石……なんて噂されているけど、そういうものじゃないの。あの石は魔法の増幅媒体……触れた人間のMPを吸い上げて、内部でループし加速して還元する。MPの供給さえあればほぼ無限に魔法力を増幅する危険な石なのよ」
「そんなものがあるのか」
「自然に存在するものじゃないわ。大戦の時に汚染された土壌の影響か、異常なほど強い魔力によって構造が変化してできた魔法石だと思う。とにかく制御装置なしで素手で触るなんて……」
「触ったら、魔物になるのか?」
「ううん、そういうんじゃなくて……イメージが暴走する感じかな。きっとあの盗賊が元々持っていた潜在願望のイメージが、オーガだったのかも。
魔法っていうのはイメージで回路を創って、MPを流して発動するものよ。今回のことであの石には、使用者のイメージ構築をサポートする働きもある可能性が出てきたわね………」
カーラは考え込むような険しい表情を浮かべた。
「俺にはいまいちよく分からないが、あいつの持っていたイメージが魔法石によって暴走、実体化した結果があの巨大オーガ……てことで合ってるか?」
「そうね、ザックリとだけどそんな感じ」
「元に戻すことは?できる?」
「分からない……前例がないから。ただ……このままだとおそらく強制的に MPを限界以上に絞り取られて、精神崩壊を起こして廃人になるか……もしかしたら」
「死ぬかもしれない、か」
「……うん」
その時、正影から通信が入った。
「攻撃が効いていない。いや……というより、ダメージを与えても治癒回復が早すぎて、致命傷を与えることができない。体力も減っている感じがないな。ヤツの体力は、無限か?」
無限の体力って……。
「つまり、弱らせて拘束することは」
「不可能、ということだ。……何か策はないのか?」
聞いていたカーラは眉根を寄せてうつむき、唇をかんだ。
「そうか、ミデアストーンはMPの供給がある限りほぼ無限に魔法を増幅し続ける。つまり本人のMPが尽きるまでは、修復も自動で行われるというわけね」
おいおい、MPが枯渇して死ぬまで待つしかないってことか……!?
なんか暴走を止める手は……。
「石を手放せば、もしかしたら……。きっとまだ手の中に握っているはずだわ」
「了解、やってみよう」
正影が短く応えた。
この場所からは、ライトアップされた巨大なオーガの全体が視界に入る。
確かに、握り締めた右の拳の隙間からはミデアストーンのものと思われるオレンジ色の光が漏れ出ている。
周囲を飛び回っている、あの常人離れした動きは諜報工作部隊の連中だろう。
ワイヤーでの固定は断念したものの、蜂のように周りを飛び回り続け、気をそらすことでヤツの動きを抑止することに成功していた。
すると突然。
オーガが振りあげた右の拳が、手首からあっけなく切り離されて落下した。
「グォォォォォォオオ!!!!」
街中に響くオーガの咆哮。
流れ出る紫色の体液。
正影の仕業だな……!
相変わらず簡単にやってくれる。
ひと安心したものの、次の瞬間。
なんと信じられないことに、オーガは落ちた拳を拾い、元の手首に戻したのだ。
そして何事もなかったかのように、また暴れ始めた……。
再び通信機から正影の声。
「サチ、今の見ていたか? 切断しても一瞬で復元できるほどに、ヤツの回復力は強い」
「ああ、とんでもないな。一体どうすれば……」
黙って考え込んでいたカーラがつぶやく。
「少しくらいは物理的に距離があっても、一度石とリンクしたMPや生体波動はしばらくは慣性でループし続けるようね。だから石の効力は続いてしまう……ってことかも」
「……3秒ルールみたいだな」
すぐに拾えばセーフ、ということで。
俺の冗談を完全スルーして正影は言う。
「その、MPや波動とのリンクを切断することはできないのか」
「うぅん、そうね……回路を、書き換える?……どうかなぁ……。あ!」
何かに気づいたようにカーラが顔を上げた。
「あの石が入っていた保管箱は?!」
「箱??……あぁ、ヤツの足元に転がっているな。拾ってこよう」
正影が答えた。
「その箱はただの重たい箱じゃないわ。ミデアストーンの効力や外からの魔法波動を遮断する構造になっているの。つまり、その箱に入れればMPの供給も、石の効力も断ち切ることができる!」
「うむ。箱は今、回収完了した。だが拳を開かせないことには石が取り出せないな……」
正影が言う。
だったら……。
「指を切断するのは?」
俺は一番シンプルな方法を提案してみた。
手首が落とせるなら指もいけるはず……!
だが渋い様子で正影は唸る。
「石は人間の手に握りこめるようなサイズだ、指を落としたくらいでは解放できないだろうな」
「手のひらも全部こま切れにしないとダメってことか?」
とにかく思いつくアイデアを次々と言うしかない。
「あぁ……、それなら確かに握っていられないな。だがそれをするには、ひと太刀では無理だ。手数が必要だから実行するには難易度が高い。知っての通り、対大型戦ではヒット&アウェイが原則だからな。あまり長く周りをウロウロして、一撃でも食らったら致命傷だ。……それ以前に、時間をかけていたら初めの傷が治ってしまうだろう」
あまりに超人的な正影を見ていると何でもできそうな気がしてしまうが、考えてみれば確かに、あんなデカい怪物に近寄るなんて危険極まりない。
正影はさらに補足する。
「………しかも一度切り落とされて警戒しているのか、石を握る右手をかばっているようにも見える。簡単にはアタックできないだろうな」
……オーガのわりには知能があるようだ。
正影の言葉に、俺とカーラも黙って考え込んだ。
なんとか手の中から石を取り出し、箱の中に収める方法はないか……?
「あの……レイですが、ちょっと……思い出したことがあります」
この通信は今、レイとグレッグにも開放されているため、会話を聞いていたのだろう。
「何でも言ってくれ。今はとにかく考える糸口が欲しい」
「私が最近狩りに出かけるときに使っている弾丸があります。風属性の魔法弾で、獲物を切断する効果を付与しています。仕組みは違いますがイメージ的には、『かまいたち』のような感じです」
「何だって……?」
「クマのように大きな獲物は持ち帰りづらく、現地でバラすのも大変なので街の職人に頼んで作ってもらったんです。
金属の刃物などをばら撒くわけではないので回収の手間もなく、遠くから狙えるので安全。あまり堅いものは切れませんが、動物の骨くらいなら大丈夫です」
「お、いけるんじゃないか、それ。なぁ正影?」
「うむ。条件とスペックを教えてくれ」
正影の声にわずかに熱がこもる。
「一般的に出回っているライフルで使用可能です。消費MPは10~15と魔法弾にしては若干高めですね。効果半径は着弾ポイントから3m程度。魔法の発動は着弾から約1秒後です。外から中心へ向けて切断するので、爆弾のように飛び散ることはありません。
こないだ使用したばかりですが、弾数はまだ10発以上はありますね。自宅に取りに戻るので、往復……10分くらいかかりますが」
「良いな。問題ない……距離400なら十分狙えるな?」
「え? あ……はい」
不意を突かれたような、レイの声。
「すぐに準備して、狙える位置に配置したら連絡をくれ。サチ、レイを借りるぞ」
正影が自分のとこ以外の人員を使うとは珍しい。
「おう、預けた」
普段から俺が信頼を置いているレイが評価されたのだ。俺も嬉しい。
「え……わ、私がやるんですか?」
正影が答える。
「当然だ。今のところ、お前以外にに魔法弾を撃ち出せるスナイパーがいない。特注の魔法弾だ、扱いに慣れている者が間違いなく適任だろう」
魔法適性があり、狩りをするため平常時からライフルを扱っていて。さらに冷静な判断力も持ち合わせている……そんな人材は今この現場にレイ以外にはない。
「レイ、見せ場だぞ、仕留めてこい!」
珍しく怯んでいるレイに、せめてもの激を飛ばした。
「は……はい!分かりました!急いで準備します!」
彼はまだ歳若く繊細な性格だが、いつまでもビビッているような小心者ではない。覚悟をきめればあとは確実に仕事をこなしてくれるはずだ。
あいつのスナイパーとしての初仕事。
俺もサポートにつきたいところだが、無駄に目立ってしまうので向いていない。
分かっているのでそこは自粛した。うん。
8.5-26 レイ side
西門近くの自宅に急ぎ戻り、支度を整える。
正影さんって。
やっぱ変わってるよなぁ……とつくづく思った。
僕、作戦指示とか連絡係はしてるけど、まだ戦闘経験は全くないのに。こんな緊急時に大役をいきなり振るなんて、度胸あるなぁぁ……。
厳重にロックした地下の保管庫から愛用のライフルと、魔法弾を取り出す。
普段からこまめに手入れはしてあるので、簡単なチェックを済ませてすぐに出発した。現場から近くて良かった。
配置ポイントは移動中にいくつか候補を考えていたが、照明の位置や風向きなどをみて最適な位置を割り出し、いい位置に陣取った。
通信機で連絡を入れる。
「正影さんお待たせしました、レイです。配置につきました。えっと、場所は……」
「大丈夫だ、見えている」
「え……えぇ??」
周りを見まわしてみたが、人影は見当たらない。
「こちらのことは気にするな、すでに準備はできている。念のため護衛に1人つけたから、安心して狙撃に集中していい」
正影さんがそういったとたん「トン」と小さな足音がして後ろを振り向くと、闇の中にいつの間にか小柄な影が立っていた。
「あ……もしかして護衛の方ですか?」
「そうだ。話しかけるな」
マスクをしているので、顔は見えない。
諜報工作部隊の人ってみんなこんな感じなのかな。
ていうか正影さん以外のメンバーと初めて話した……。
「あ、すみません。ではよろしくお願いします」
「……話しかけるな」
そんなに話したくないのか……人見知り?
なんかある意味、面白い人種かもしれない。
ちょっぴり好感度が上がった。
再び通信機から、正影さんの声。
「作戦を伝える。お前の役目は、ヤツの右手をバラして石を取り出すことだ。石が落下したら俺が確実に箱に収める」
正影さんが石を拾う係かぁ……素早いし目も良いから間違いないな。
「こちらのメンバーで気を引き、狙撃しやすい向きに誘導する。あとはお前のタイミングでいい。それは連射式だな?ならば数発撃ち込め。モタモタしてるとあっという間に修復するからな」
傷が治る様子は僕も見ていた。
あっという間と言っても、バラバラにすれば数秒はかかるだろう。その間に肉片が落下することを考えれば、そこまで焦る必要はなさそうかな。
でもまぁ、1発より2発、2発より3発の方が確実なのは確かだ。
持って帰るわけじゃないから、何ならミンチにしても問題ないよね。
正影さんはさらに言う。
「見つかることを恐れず、確実に仕留めることを優先しろ。護衛とサポートの戦力に問題はない。何か質問はあるか?」
僕は気になってたことを聞いておこうと思った。
「肉質はどんな感じでしたか?」
さっき正影さんは怪物の手首を切断しているから、きっとわかるはずだ。
この風属性の魔法弾で、確実に切断できるのだろうか。
「いい質問だ。人間とそう変わらないが、若干堅めといったところだろうな。骨はそれなりに堅い」
「人間は……切ったことがないので分からないんですが」
「……クマよりは柔らかいな」
うん、問題なさそうだ。
「なるほど、了解です」
「……これは難しい任務ではない。気楽にやれ」
「あ、はい」
通信を終えて、とりあえず深呼吸する。
銃を台座に安定させ、スコープ越しにターゲットの動きを観察。
確かに難しくはない。
的は大きいし距離も十分近い。
気配を消さないと逃げられてしまうようなこともない。
見つかって反撃される心配もない。護衛がいるし。
野生の獣を相手にする狩りよりずっと簡単だ。
ただ外さずに、数発を確実にヒットさせればいいだけだ。
なのになぜか緊張する。
何でだろう……。
趣味じゃなくて、仕事だから?
失敗したらみんなに迷惑がかかるから?
それとも、自分の評価が下がるから?
できて当然、だからかな……?
正影さんは、
お前以外にいない。適任だ……って言っていた。
期待されているから、緊張するのかな?
期待を裏切りたくない、裏切ってはならない、と。
ていうかそもそも。
僕にしかできないからって、僕がやらなきゃいけないもんなの?
もしも。
もし僕が、できませんって断ったら……?
他の人を探すか、他の作戦を考えなきゃいけない。
うん。
確かに、手近にいる人材を使わないのは非効率だ。
だけど……失敗したらどうなるんだろう。
「……!!」
ふいに、我に返る。
……手がわずかに震えているのに気がついた。
呼吸をするのを忘れていた。
意識して、脳に酸素を供給するかのように、呼吸を再開する。
「ハァ……ふぅ……」
暑くもないのに吹き出る額の汗を、袖でぬぐってもう一度深呼吸した。
すると背後から、空気に溶け込むような静かな声が聞こえた。
「……どうした? 何か問題か?」
護衛の人だ。
考え込むあまり、存在を忘れていた。
空気のような透明感でありながら、この状況においては唯一の心の支えともいえる存在かも知れない。
僕は……。
「ちょっと……怖くなってしまって」
見ず知らずの人につい本音を漏らしてしまった。
というか、知らないからこそ、話せるのかも知れなかった。
「怖い?あの怪物がか?」
「いや、あの……失敗したらどうしよう……って」
意外にも護衛の人は、クスクスと声を殺して笑った。
「失敗したってどうもならない……。正影さんを分かってないようだから教えてやる。あの人は無愛想で強面だが、驚くほど面倒見が良いんだ」
面倒見が良い……?
あの突き放した喋り方と無表情で?
面倒見が良いっていうのは、いつも目を配って足りないところを手伝ったり、気にかけて育てていくってことだよね? あれ?
「あの人は当然、失敗した時のフォローも想定済みだ。なんなら試しに一度、失敗してみればいい」
「え……そ、そんなぁ……」
僕の思う、正影さんのイメージは……。
他人に全く興味がない人。
関わることを避け、決して積極的に干渉しない。
いつも勝手気まま、団長の扱いもぞんざいで命令なんて一切聞かない。
できない部下は容赦なく切って捨てそうな感じだけどなぁ……。
(イメージ)
「この程度のこともできないのか。フン……使えないやつは要らん!」
……とか言いそう……。
面倒見が良いなんて、僕の認識とは全くの真逆だ。
でもこの人は直属の部下だし……。
僕よりずっと長く正影さんの近くにいるんだ……。
「まぁ安心しろ。うちの隊長は……」
と護衛の彼は初めて僕と目を合わせた。
「間違っても、自分の部下を捨て駒として戦場に送ることなどない」
◆◆◆
我ながら、狙いは確実だった。
続けて2発。
撃ち出した魔法弾は、いつもやっているように魔法による弾道補正を伴って、正確に手のひらの中心にヒットした。
一瞬ののち。
ターゲットの手首から先はきれいにバラバラに切断され、紫色の体液をほとばしらせながら落下する。
スコープを通してハッキリ見えた。
余裕をもって飛翔する黒い影。
降り注ぐ体液や肉片を全く気にする様子もなく正確に、オレンジ色の光を放つミデアストーンを包み込んだ。
通信機から雑音に交じった正影さんの声。
「石の回収に成功。レイ、よくやったな」
ねぎらいの言葉。
まだ彼は着地もしていないのに。
嬉しさと安堵がこみ上げる。
「はぁぁ……うまくいった」
スコープから顔を上げ、ため息をついた。
護衛の彼は、少しだけ微笑んだ。
……気がした。
「当然だ。実力があるから任されたわけだからな。オレの任務もこれで終わりだ。んじゃな」
「待って!あなたの名前は……」
……いない。
消えた?……という感じでいなくなった。
もっと落ち着いて話がしたかったけど、名前さえも教えてもらえなかった。
そういえば顔も……。
一瞬だけ合わせた目の光の、優し気な印象だけが心に残っていた。
いつかまた会えた時は、彼だと分かるだろうか。
8.5-27 サチ side
カーラと共に、現場付近の視界が確保できる場所に再び移動し、作戦の遂行を見守っていた。
諜報工作部隊の波状攻撃は見事なもので、オーガをほとんど移動させることなくその場に過不足なく足止めしている。
「そろそろか……」
正影とレイの最後の通信からしばらく経つ。
レイはタイミングを計っているのだろう。
盗賊が異形となり果ててから、すでに30分は経過している。
「アイツのMP、想像以上に長持ちしているわね。もっと早く限界が来ると思ってたけど……」
緊張した表情で現場から目を離さず、カーラは言った。
その時だった。
「グォォァァアァ……!!」
とオーガが雄叫びを上げた。
右の手首から先は失われ、体液が流れ出ている。
「!!……やったのか!?」
思わず叫んだ。
「石の回収に成功。レイ、よくやったな」
通信機から正影の声。
どうやら成功したようだ。
レイがいてくれて助かった。
その直後、オーガの姿は一気に縮み始め、みるみるうちに建物の陰に隠れて見えなくなっていく。
「……行きましょ!!」
カーラが先に駆け出した。俺もあとをついていく。
現場に到着すると、周辺はひどい有様だった。
ほとんど移動させずに留めたといっても、建物などの被害は半径100メートル近くに及んでいた。住人の避難は問題なく完了しているとはいえ、さすがに胸が痛む。
オーガの肉片や体液はすべて、魔法石の機能停止と共に蒸発したようで、すでに見当たらなかった。
現場の中心には、ただひとり、ボロボロになった盗賊の男がピクリともせずに倒れていた。
カーラは真っ直ぐにそちらに向かい、傍らにしゃがみ込む。
彼女も自分の仕事にとりかかったようだ。
レイも駆けつけてきた。
「うまくいったみたいですね……!」
「レイ、お前のおかげだ。やるじゃないか、大手柄だな」
「私一人ではできませんでした。……仲間の、おかげです」
レイは穏やかに笑ったが、若干くすぐったそうな嬉しそうな、いつもより自然な表情に見えた。
何かいいことがあったのか……?
正影に褒められたのが嬉しかったのか?
「サチ!ちょっといい?」
呼びつけたのは、カーラだ。
みんながいるところで名前で呼ぶとは、彼女にしては珍しい。
倒れている盗賊の男のもとには、医療課のメンバーによって担架が運ばれてきた。
「なんとか一命は取り留めたわ。応急処置が間に合ってよかった」
仕事モードの硬い口調で、彼女は報告した。
「バラバラになった右手は石の魔法力が消えるまでの数秒でだいぶ治癒したみたいで、傷が浅く残っているだけの状態だった」
見れば彼の右手には、まだ生々しく出血したまま塞がりきっていない切り傷が何本も見て取れる。
ということはカーラが応急処置をしたのはそこじゃない、ということか。
「一番ひどかったのはMPの過剰放出による精神的なダメージと、暴走した魔法波動が体内を高速で駆け巡ったことによる脳の損傷」
意識が戻るかどうかは、分からない……と言って彼女はうつむいた。
「やれるだけのことはやった。カーラが気に病むことじゃない」
「私は……彼を救えなかった」
「カーラ。いいか、悪事を働く輩というのは相応の覚悟があってやってるんだ。こうなって当然、とまでは言わないが、決して文句を言える筋合いじゃないんだよ」
男を乗せた担架は、スタッフによって現場から運ばれていった。
「カーラのおかげで命を救うことができた。それだけでも十分だ」
目を潤ませながら見上げる彼女の頭に、ポンポンと触れた。
「団長、団長」
少し離れたところでレイが手招きしている。
歩いていくと「耳を貸せ」というジェスチャー。
「ん、なんだ?」
少しかがんでやる。内緒話か?
レイは耳元で小声でつぶやく。
「カーラさん、今のでかなりの量のMPを消費したはずなので休ませてください、との医療課長代理の伝言です」
カーラは人を助けたい一心で、よくオーバーワークに陥ることがある。
知識や技術は確かだし、冷静で周りの状況もよく観察している。
でも身体はやはり7歳児の身体であるわけで。
体力が持たないことは熟知していても本人的には認めたくないから、悔しさや憤りの勢いでつい無茶をしてしまう。
「あぁ~。……うん、じゃちょっと抜けるわ、あと頼む」
「はい、了解です」
こういう時はできれば回収するのが安全だ。
急に倒れたり、変なところで寝てしまったら困る。
「さ、カーラ。一件落着、あとはみんなに任せて帰ろう。今日も頑張ったな」
「……わ、私はまだ……」
眠気をごまかすようにゴシゴシ目をこすっている。
よく見ればやはり、疲れているようだ。
その辺、医療課のメンバーはちゃんと見ててくれて助かる。
MP残量なんか俺には全く分からないからな……。
「いいからいいから」
そう言って抱き上げた。
みんな事後処理に走り回っているから、それほど目立つこともないだろう。
そのまま自宅に連れ帰ることにする。
MPは寝ないと回復しない。
使い過ぎるとひどい睡眠不足に似た状態になる、と前に聞いたことがある。
メンタルにも影響を及ぼすらしい。
悲観的になってしまうのもきっとそのせいだろう。
愚痴や弱音を聞いてやるのは全然かまわないが、こういうときはまず問答無用で寝かせた方が良い。
手近なタクシーを拾って乗り込むとカーラはすぐに、俺にもたれかかって小さな寝息を立て始めた。
軽いけれど確かに腕にかかる重量感とぬくもりに、彼女の存在を感じて安心する。
今日は色々あった……。
ともかく、無事でよかった……本当に。
8.5-28
現場から少し北東、砦から王都の方へ続く大通りから少し奥に入ったところに自宅がある。
団長に就任した時に国王から祝いにいただいたものだが、無駄に広い敷地は留守がちな夫婦二人暮らしにはもったいないと常々思っている。
来客といえばお馴染みのメンバーくらいだし。
近くに騎士団の研修施設もあるので、仕事で自宅を使うようなこともない。
玄関前までつけてもらったタクシーを降りる時、抱き上げようとするとカーラは一度目を覚ました。
「あれ……私、寝ちゃってた?」
こういう無防備な瞬間が、たまらなく可愛いと思う。
彼女は寝る前にシャワーを浴びたいというので、俺はその間に皆に連絡を取った。
「みんなお疲れ様。現状報告を頼む」
「諜報工作部隊はすでに撤収完了して、通常業務に戻っている」
「了解。今日は大仕事だったな。お疲れ」
やつらは平常時には姿も見せず、見張り以外は何をしているのか全く不明だ。
しかし今日みたいに有事の際はどこからともなく集まってきて、無駄なく任務をこなしてくれる。本当に頼もしい。
「グレッグです。首都内の小~中型モンスターの駆除は完了。街のパトロールに出た者も間もなく戻るころです。西門もちょうど門限だし、街道に人がいなくなれば、外に残ってる魔物もおとなしくお家へ帰るんじゃないですかね」
街の外の小さなモンスターは特に怪しい動きがなければ、通常は気にする必要はない。
それにグレッグとモンスター討伐部隊は朝からずっと働きづめだ。
「うむ。お前も今日は家に帰ってゆっくり休んでくれ」
「はは!たっぷり昼寝したんで眠れませんよ。一杯やってから寝まーす」
そうだった、そういえば彼らはジーネに眠らされていたのだった。
なるほど、だからそんなに元気なのか……。
「レイです。各部隊は通常業務への調整を完了。街の清掃や建物の修復などは業者へ依頼済み、実際の作業は明日の朝からの予定です。回収したミデアストーンも問題なく研究所に戻ったようです。負傷者は数名出ましたが、全員が治癒回復の処置を受けて帰路につきました」
レイは俺の苦手なこまごまとした仕事を、指示しなくてもしっかりやってくれる。本当に助かる。
「ありがとう。レイも今日はホントに大活躍だったな。しばらくしたら俺もそっちに戻るから、そうしたら交代して休んでくれ。すまないがもうちょっとだけ頼む」
せめてカーラが眠るまで、そばについていてあげたい。
「いえいえ、もう十分ですよ。団長が来ても何にもやることはないです。今日はもう上がってください。私も各部署への確認や連絡を終えたら撤収しますから」
「え、あ、そうなのか……」
ハッキリ言うなぁぁ……。
来ても何もやることないとか、ちょっとだけ寂しい……。
グレッグの、笑いをこらえる声が聞こえた。
レイがさらに追い打ちをかける。
「自分が思っている以上に、団長だって働きづめですよ。それより、明日は寝坊しないでくださいね。学会から講師をお招きしての魔法関連のセミナーを開催予定ですから」
そうだった……忘れてた。
ヤバい、予習してない。
「分かった……おとなしくレイの言うことを聞くことにしよう。すまないが先に上がらせてもらうな。今日はみんなお疲れ様。じゃあ、また明日」
通信を切り、大きくため息をついた。
「俺も着替えてくるー」とバスルームのドア越しにカーラに声をかける。
「あれ? お仕事はー?」
「ん、もう終わったー。お風呂ゆっくり入ってていいからなー」
カーラは休日には長風呂することが多い。
普段は忙しくてゆっくり入ってもいられないのかも知れない。
今日は頑張ったんだし、風呂ぐらいゆっくり入って欲しい。
「サチも一緒に入るー?」
「へ? いや、ややや……! いいよいいよ! 下でシャワー浴びてくるから!」
ふぅぅ……びっくりした。
いつも急に来るからな……。
誘ってくれるのは嬉しいけど心の準備が必要なわけなので、ちょっと今は無理だ。彼女はこうやっていつも俺のピュアな男心をもてあそぶ。
我が家には地下のトレーニングルームの更衣室に、もうひとつ小さなシャワールームがある。
今日みたいに汚れのひどいときは、できるだけこっちを使いたい。
鎧や装備品などの保管庫もここにある。
戦いや訓練から帰ってきたとき、ここで装備を外して片づけ、そのままシャワーを浴びてサッパリすることができる。
余談だが、正影もたまに勝手に侵入してここを使う。というのも、あいつの住むワンルームには風呂場がない。
基本は諜報工作部隊の基地の浴場を使っているが、共用なので混みあうときにはこちらに来るようだ。
あいつのための着替えも、いつの間にか更衣室にストックされているという現状である。
その代わり、礼のつもりなのか毎度シャワールームをめちゃくちゃキレイに掃除していってくれるので、こっちもまぁ、助かっているというわけだが。
やっと仕事が終わったと思ったら、急にドッと疲れが押し寄せてきた。
シャワーを浴びたらさらに眠気が強くなったので、そのまま寝室に向かう。
明日のセミナーの予習は……明日やろう。
カーラはすでにベッドで本を読んでいたが、俺の姿を確認するとそっと閉じてサイドテーブルに置いた。
どうやら俺が来るのを待っていてくれたみたいだ。
「お疲れ様」
「ありがとう、カーラもお疲れ様」
カーラはすでにもう眠そうな様子で、肩までベッドにもぐりこむ。
俺も彼女の隣に体を滑りこませる。
風呂上がりで寝間着に着替えた彼女はホカホカしてて、ふんわりとシャンプーの匂いがする。
「俺はさ。こうしてカーラと一緒に何でもない時間を平和に過ごす、そのために全力で頑張ってるんだと思う」
「ふふ……どうしたの、いきなり?」
「敵の策にハマって絶体絶命の時も、無抵抗でボコられてる時も……カーラの元に絶対に帰る!って思ったから、何とか頑張れたんだなーって気がして」
ふいにカーラは、ぺったりと体を寄せるようにもたれかかってきた。
「でも……私は心配。ホントはどこにも行かせたくないよ……死にそうなケガして戻ってくるんだもん」
「う……ゴメン」
「……ううん、いいの。それがきっとサチなのよね。でも待ってるだけはツラいから、私もサポート系の魔法練習して一緒に戦いたいな」
「えぇ!?……そ、それは、ううん」
魔法のサポートがあるのは非常に助かるが、なんせカーラは身体の耐久力がない。一瞬でも守り損ねたら、と思うと恐ろしくて戦場になんか……。
「……な~んてね。あなたが自由に動けなくなっちゃうから、やめとく」
ふふふ、と彼女は可笑しそうに笑った。
これは俺を困らせることを言って楽しんでいるように見えるが、実は自虐ネタでもある。
ハッキリと言葉にはしないが、彼女は身体が弱いことにコンプレックスを感じている。メンタルがアグレッシブなだけに、身体が追いつかないのはさぞかし悔しいに違いない。
きっと足手まといになってしまう自分が悲しくて。
そんなことない、と慰めて欲しいのだろう。
滅多にないことだが、こうして甘えてくれるのは俺としては嬉しい。
優しく髪をなでる。
「……カーラは……存在自体が俺の力になってる。それに帰ってきたらちゃんとこうして癒してくれるだろ」
腕を回して、彼女を包み込むように抱きしめる。
柔らかくて、腕の中にすっぽりと納まるフィット感が落ち着く。
包み込んでいるのに、逆に包み込まれているような不思議な感覚。
あったかい……。
今日一日の、疲れも痛みもつらかったことも、渦巻いた黒い感情も。
全てが溶けてなくなっていくような。
「サチ……一緒にいてくれて、ありがと」
「それはこっちのセリフだ……愛してる」
可愛らしい寝息を立て始めた妻のやわらかなおでこに、こっそりとキスをして。
俺はそのまま、幸せな眠りに落ちた……。
8.5-29
やはり思っていた以上に疲れていたようだ。
案の定、寝坊して朝からバタバタだった。
もちろん予習する暇もなくセミナーに出席、主催者の挨拶とか無茶振りを食らったものの、なんとかアドリブで切り抜けた。
昨日の事後処理やなんやかんやの事務仕事に追われ、やっと解放されたのはすっかり陽が落ちたあとだった。
夜。
俺は国王に会いに行った。
国王の私室は普段使いの寝室とは別に、仮眠用のベッドがある。
書き物机、本棚や飾り棚、カフェテーブルとソファ、トレーニング用のマシンやシャワーやトイレ、簡易的なキッチンまでも。
しばらく引きこもっても生活ができるような空間なのは、非常時にはシェルターとなることを想定しているのかもしれない。
実際に数日引きこもって思案に暮れることも、たまにあるようだ。
「今日は珍しい酒を持ってきました。毒見はしておいたんで」
「つまり、飲みかけってことな……正影の土産か」
「あはは……バレてますね」
正影は意外と遠出をすることが多いらしく、ちょくちょく珍味やら酒やらを土産に持ってきてくれる。
そして毒見を口実に一杯やり、余ったのを国王に持ってくるというのがいつもの流れだ。
俺も国王も酒は好きだが、しょっちゅう飲むことはないし泥酔などはもちろんありえない。
俺たちの仕事は勤務形態でいえば一応 、8‐17時が定時。しかし実質は「24時間待機状態」という感じなので、いざという時に出られないと困るからだ。
緊急事態はいつやってくるか分からない。
が、腹を割って本音で話したい時は、俺は勤務時間外に酒を持って訪ねる。
それがプライベートであることの意思表明になっている感もある。
「正影は、今日は一緒じゃないんだな」
「あいつは昨日の一件の首謀者『マムシのジーネ』の尋問に立ち会いですね」
「ほろ酔いでか……?」
「いえ、飲んだのは俺だけです」
「そうか。んじゃまあ、飲みなおそう」
国王は自室に備え付けのミニキッチンに入り、グラスを二つ取り出す。
料理が好きな彼は、よく手料理を振る舞ってくれるのだが。
「今ちょうど材料を切らしててな。この時間だし……つまみは乾き物しかないが勘弁してくれ」
そういってナッツを小皿に盛りトレーにのせて、グラスと一緒にテーブルへ運んできた。
「いえいえ、充分ですよ。国王自ら、恐れ多い。むしろつまみも俺が持参すればよかった」
俺はふたつのグラスに酒をなみなみと注いだ。
「おいおい、国王とか言うなよ。今はオフだろ」
「でしたね。ロイ様」
グラスを掲げて乾杯し、控えめに飲む。
くれぐれも飲み過ぎてはいけない。
「昨日の事件のことですが……。
今ごろ正影が犯人をキツく絞り上げている頃でしょう。ですが、何やら近隣の村を襲っては幼女をさらっていた、危険極まりないド変態野郎という情報も入っています。なので余罪も含め容赦なく厳罰に処すよう、ロイ様からもお口添えをお願いします」
今日は特にそれを言いに来たのだ。
思い出すだけで煮えくり返る感情がこみ上げてくる……。
あの野郎……許せん……。
「……人類の敵だな。俺もそんな奴を許す気はない。まかしとけ。ところで、カーラが人質に取られたらしいな。……大丈夫なのか?」
「ええ。事後のダメージもなく、今日も通常通りに勤務してます」
「そうか、良かった。まるで宝物のように大切にしているもんな……」
「それはもう、その通りですね。ロイ様だって、結莉様のことは宝物なんじゃないですか~?」
からかうような調子で言った。
俺も妻には甘いほうかもしれないが、国王はさらに上を行く。
座布団のように尻に敷かれきっている夫という印象……俺の中のイメージでは。
「宝物? んん〜ちょっと違うなぁ……俺にとって結莉は……女神、かな」
国王は精悍な顔をだらしなく緩ませた。
「ぶッ。そんな表現よく恥ずかしげもなく」
「いやぁ~だって、そうとしか言えないから。ははは」
国王は照れくさそうに頭をかきながら、弁明する。
もうこうなっては王の威厳も何もない、ただのオッサンだ。
「表現は難しいんだが……彼女の手の中で転がされてる感が、心地よいというか……俺には到底敵わないような、そんなオーラが魅力的なんだよ」
「一体何を言い出すのかと思えば……それはかなり、変態の域だと思いますよ」
俺もよく変態って言われるから、こういう機会にここぞとばかりに言っておく。
「そうだな……むしろ宝物というのなら、娘のジュリアの方かな」
その名前を聞いて、俺は一気に酔いが覚めた。
彼女の家出について、報告しないという選択をしたことに後悔はない。
しかし隠し事をしているというだけで、意外と罪悪感があるものだ。
「我が子は……どんなに手間がかかろうと悩みの種となっても、決して手放そうとは思えない。そうして苦労することで愛着が深まっていくからな」
「そういうものですか……」
子離れをすることは手放すことにはならない、と思う。
「お前も子を持てばわかる」
「俺は今のところ……子を持つ予定はありません」
カーラに子ができないと分かっていても、他で作る気はさらさらないし。
そのためにカーラと別れるなんて論外中の論外だ。
彼女との結婚を望んだ時、周りにしつこくしつこくそのことを言われ過ぎてメンタルを病みかけたことがある。
そのせいで今でもこの話題にはつい、過剰に反応してしまう。
「ああ……そうだった。すまない」
「……いえ。俺たちもまだ希望は捨ててません。カーラはまさにその分野の研究を進めているわけですから」
「そうだな、ミュータントの生殖機能について。国でもその件については今後も全力で支援すべきだと思っている」
「ありがとうございます」
団長に就任した当時、藁にも縋る思いでこの件を国王に直談判したのだ。
それ以来7年も、研究の支援を継続してもらっている。
国内で見ても、ミュータントの人口割合がそれほど多くないことを考えれば、かなり優遇されているのだと思う。本当にありがたい。
「サチ、聞いてくれ。これは完全に俺の妄想ではあるのだが」
一呼吸おいて、国王は真剣な表情で、改まって話し始めた。
「ミュータントは『呪い』に対抗するべく生まれたのではないかと思っている。呪いで死滅してしまう『大人』になることを遺伝子レベルで拒むゆえに、身体は子供のままで成長を止めた。さらに、その呪いに対抗しうるであろう『強力な魔法適性』を発現させたわけだ」
……「呪い」とは遺伝子に作用し、寿命を急激に縮める恐ろしい魔法だ。
世界大戦の最中、当時は地球全土に網羅されていた電波に乗って拡散され、ほぼすべての50歳以上の大人は即死。
しかも呪いは徐々に進行していく性質があり、1年後に呪いを解除することはできたが、20歳以上の若者も数年の間に亡くなることとなった。
こうして地球の人口は一気に1/3に激減し、子供ばかりが残された。
その頃からだった。
ミュータントが現れ始めたのは。
「脅威に対抗するべく進化した、ということですか」
「そうだ。つまりミュータントとは。『呪い』によって遺伝子が不正に書き換えられた結果の悪影響……ではなく、種(しゅ)を存続させるために自らを進化させた結果なのではないかと考える」
この人は、国王という地位にありながらこんな妄想をしているのか。
遺伝子……いや人類という種そのものに共通した「意思」があるかのように語る。
まるで子供のような妄想ではないか。
しかし……なぜか不思議と理にかなっている気がして納得がいく。
彼はさらに熱を込めて続ける。
「そのミュータントが。生き抜くために進化した種がだぞ? 命を繋いでいくことを拒むなんて矛盾していると思わないか?」
「確かに……生殖機能を捨ててしまっては、進化した意味がなくなる」
「そう。だからきっと見つけていないだけで、手立てはあるはずなんだ。ミュータントが種として生き残っていくための方法がな。諦めるな」
国王は力強く真っ直ぐな眼差しで語る。
「もしこの世界を外から観察している神のような存在があるならば。自分たちで未来を切り開いて見せろという試練を与えているのかも知れない」
酒の入ったグラスをグイっとあおり、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
「そして………神はきっと、我々の成長をワクワクしながら見守っているに違いない」
ああ……。
カーラと2人してこの問題と向き合って、活路が見えずに本当につらかった時、神とは残酷なものだと思ったが。
この人に相談して、本当に良かった。
突拍子もない妄想話だが、あきらめずに上を向いて進んでいく力強さに、勇気が湧いてくる。夢を現実として語ることは、案外無駄ではないのかもしれない。
「それなら、やってやるしかないですね。壁は乗り越えるためにある」
「その通りだ。我々は魔法学者や科学者ではないが、彼らが存分に働ける環境を作ることはできる。決して無力ではない」
そうだ。
自分だけではできないことも、仲間がいれば不可能ではない。
協力を仰ぐこと。
志を共にすること。
諦めないこと。
越えられない壁はない。
なぜなら壁は、乗り越えるためにあるのだから。
◆◆第8.5話 「騎士団長の宝物」⑥ 終わり (完結)
あとがき
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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今後の創作の参考にさせていただきます!
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まずはお礼を言わせてください。
皆様の応援のおかげで、この短編をついに完結することができました。
ありがとうございます!!
途中で他事に忙しくなり半年くらいブランクが開いてしまったので、最後まで完結できるんだろうか……と多少不安になっていました。
完結までのあらすじは考えていたし、ちゃんと書き切りたいという強い思いはもちろんありました。
ただ、なんせ飽きっぽいし、しばらく間が空いてそのまま自然消滅っていうパターンは、今まで他のことで何度かやらかしていたので。
我がことながら「大丈夫? え、またダメなパターンかなコレ?」と客観的に予想していたりしてました。
キャラ絵描いたりショートストーリー書いたり、情景をAIでイラスト生成したりして、気分を盛り上げ妄想を駆り立ててやってきました。
そうしたら案外、色々イメージ膨らむものですね。
予定よりだいぶ長くなってしまいましたww
でも満足いくものが書けたと思います。
世界設定に関する解説、本編とのリンク、伏線。
この短編でのテーマ「大人の葛藤と成長」「育むということ」「チームの力」「アクション」「ロマンス」などもひと通り。
これを自信にして本編も、さらにまた気まぐれに短編も書いていきたいと思います。
楽しみにしててください。
Little Diamondの世界は、まだまだ書きたいことが山のようにあります。
今後とも応援していただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします!
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