タピオカ横

わたしね、タピオカからうまれたの

“歌舞伎町のホストクラブで借金を作りまくった樹里は、借金のかたにタピオカにされてしまう。”

新宿アルタ前

「助けてくれるわけ?」
 そう聞くと、虎之助は「いや、ありえないっしょ」と笑った。
 そっかあ、そうだよね。私って考えが甘いんだよなと、苦笑してうつむくと、虎之助のシュプリームの赤く巨大なスニーカーが、雨粒をはじくのが見えた。
「私今から、東京湾に沈められるの?」
「バカかよ。ウシジマくんの世界じゃねえんだからさ」
「じゃあどうするの? 殺される?」
「殺さねえよ。お前ごときで犯罪とか、無駄にリスク背負ったりしねえから」
「嘘、そんなの信用できないんですけど。だいたいあんた、掲示板で『虎はうそつきだ』ってめちゃくちゃ叩かれてるじゃん。知ってる?」
「そうなん? まあ俺、掲示板なんて見る暇ねえし」
 ビニール傘の隙間から見えるアルタの電光掲示板が、灰色の空にぽかんと浮かんでいる。
 信号待ちで立ち止まった人たちは一斉に、神様からのお告げのように、その安っぽい映像を見入っている。
 サラリーマンも外国人も、ホストも、私みたいなクズ女も、一人残らずみんな。
 突然空から、ぱあんと大量の紙ふぶきが降ってくればいいのに。
 ふいに、そんな想像をしてみる。結婚式のライスシャワーみたいに、二十四時間テレビのエンディングみたいに。
 そうしたら、めちゃくちゃ気分あがって、笑えるのにね。
 隣にいる派手なTシャツを着た外国人の手を取り合って、紙ふぶきにまみれて、イエーイとか言って飛び跳ねながら、騒ぎたい。

 そんなことを考えながらじっとしていると、足先が痛いほど冷たくて、それだけの理由で私は死にたくなる。
 あーあ、さっさと死んで、クリーンになりたい。だってどうせこの先、私の人生悪いことしか起こらないわけだし。
「死にたい」は私の口癖だけどまあ、本当に死んじゃっても、それはそれで仕方がないかな。
「私なんて、死んだほうがいいよね」
 自虐的に言うと、
「うるせえうるせえ。どうでもいい。お前にはもう発言権ねーから。黙ってついて来いよ」
 と、虎之助にウザがられた。 

ペペ

 私が連れられたのは、西武新宿の駅ビルペペで、いやペペってダサすぎだろ。何の用だよと思いながら、だらだらとエスカレーターに乗り二階に着くと、タピオカ屋の列に虎之助が並ぶ。
「は? あんたタピオカ飲むん?」
 そう言ったが、無視された。順番が来ると虎之助は、
「俺は、このピンクのやつね」
 と、メニューを指さした。
 それは、男のくせにイチゴと生クリームがたっぷりの、注文するだけで声がデブになりそうで、私なら絶対に頼まないやつだった。
「お前は?」
「え、私も頼んでいいの?」
「早くしろや」
 じゃあ私はジャスミンティで、砂糖と氷なしの。
「ありがとうございます。オプションはいかがなさいますか?」
 店員が、せっせとオプションを勧めながら、私たちの顔を一瞥する。きっと彼女は、私たちがホストとキャバ嬢だということをその目で確認したのだろう。
 銀髪で、年齢に見合っていないブランド物で固めている男と、不自然なバランスで生み出された、派手な顔の女。
 別にあんたなんかに、どう思われたってかまわない。
 だって悪いけど私、顔も服もあんたの何倍も金かけてるんで。
 だけどええと、すみません、店員さん。ちょっと聞きたいんですが、私、悪いこといっぱいして、全部ばれちゃったんですけど、この先どうなっちゃうか、わかります? 私は全然わかんないです。

 虎之助は店員に言われた通り、生クリームを豆乳に変え、サイズもでかいやつに変え、期間限定のブラックタピオカに変えた。
「あんた、オプションつけすぎじゃん?」
 そう言ってからかったのに、やっぱりまた無視された。
 カウンターに寄りかかり、今度は私が店員を観察する。
 店員は、私の思考回路よりも百倍は速い動きで、あっという間に二人分のタピオカドリンクを作った。
 カップに飲み物を注ぎ、数十種類もあるタッパーの中からそれぞれのタピオカをお玉ですくい、クリームを絞り、特殊な機械でふたをする。そこまで、まじで十秒以内だった。
 カップを差し出しにっこり笑う店員の笑顔を、尊敬のまなざしで受け止める。
「ジャスミンティのほうは、氷抜きでしたよね」
「たぶんね」
 そう言いながら受け取ると、ふいに肩を撫でられる感触がして、ぎょっとして振り返った。
 濡れてるよ、と虎之助が私のコートについた雨粒を手で払っていた。

「女ってさ、なんでこんなものが好きなの?」
 エスカレーターに乗り、虎之助が太いストローの先を噛んで言った。
「だっておいしいじゃん」
「これがうまいか? 意味わかんねー」
「うぜー。じゃあ飲まなきゃよくない? あんたが自分から店に並んだんでしょ」
 若干苛立ちながら答えたが、虎之助は、構わず喋り続ける。
「だってさあ、こんなの飲み物なんだかデザートなんだか、わけわかんねえよ。これで七百円とかするんだろ。だったらラーメン食ったほうがよくね?」
「いや、ラーメンとタピオカを比べる意味が、ちょっとわかんないですね」
 私は、血管から沸き立つような苛立ちを鎮めようと、深呼吸しながら空調のダクトがむき出しの天井を見上げる。

よいしょ

 ペペの五階は、小さな楽器店だった。
 虎之助は、何も言わずに店の奥に進む。
 濁ったビルの空気が、みるみる活力を奪っていくのを感じて、飛行機が不時着する時のように、酸素マスクが天井から降りて来るのを想像する。

 あー、またセブ島に行きたい。最後に飛行機に乗った時のことを思い出す。あれっていつ誰と行ったんだっけ。全然思い出せないけど、遠い昔の記憶なのは確かで、とにかく毎日が最高に最高すぎた。
 青い海、ため息が出るくらいきれいだったよね。一日中ずっとビールを飲んでいた。マンゴー入りのチャーハンおいしかったし、野良犬がうろうろしてるのもかわいかった。多分もう二度と行けない天国を、こんなしょぼい駅ビルで思い出すなんて、意味不明。

 楽器屋には電子ピアノが並んでいて、私は楽器が弾けないので、鍵盤を適当に鳴らしながら歩いた。
「うちの親って、一応公務員なんだよね」
 さりげなく虎之助に話しかける。
 へー、と興味がなさそうな相槌が返ってくる。
「二人とも真面目ちゃんだから、私が消息不明になったら、警察に行って騒ぐかもよ」
「あっそ。お前、ちゃんと親と連絡とってんの?」
「五年くらい取ってないかなあ」
「だったらすでに消息不明じゃん」
 私たちは、あははと乾いた声で笑い合う。
「私も悪いと思ってるよ。掛け飛びして迷惑かけて、本当にごめんなさい」
「ごめんで済んだら?」
「警察はいらない」
「その通り、よいしょー」
 虎之助は、私の懺悔をあっさり聞き流し、白いピアノの前の椅子に座った。
 椅子の端をぽんぽんとたたき、意味ありげな笑みで私を見上げる。
「樹里、ここに座って」
「は? あんたの隣に? 無理無理、絶対やだ」
「いいから」
「何するの? やだよ。恥ずかしすぎるし」
「大丈夫だって。誰も見てないしさ」
 平日の昼間の楽器屋に、客はほとんどおらず、じじいが一人、楽譜コーナーの前に立っているだけだ。
「あんたまさかこの白いピアノで、何か弾くつもり? ないわぁ」
 やだやだと拒んでいると、店員がこっちを見た。
 私は声を落とし「ねえ、もういいから、帰ろうよ」と腕を引っ張るが、虎之助はかたくなに椅子から動かない。
 根負けした私は、しぶしぶ椅子の隅に腰掛ける。
「虎之助ってピアノ弾けるの?」
「知らなかった?」
「知るわけないよね。あんたのことなんて、私、ほとんど知らない。シュプリーム大好き人間ってことくらいしか」
 もう一度、店の中を見渡した。店員もじじいの姿も見えない。自動演奏機能付きのピアノが、かすかな音で勝手に演奏している。
 誰も聴いてないのにあのピアノ、超むなしくない? 
 そう思っていると、虎之助が、鍵盤の端から端まで指をくるくる動かしてピアノを鳴らした。
「何それ。なんていう曲なの?」
「は? これは指の練習運動だって。お前センスねえな」
 呆れたような返事が返ってくる。
「ここにそれ置いて」
 タピオカのカップを指さして、虎之助が言う。
「なんで? 私はピアノ弾けないよ?」
「いいから言われた通りにしろ」
 私はおとなしく、ピアノの上にカップを置いた。

「田島樹里さん、二十歳、板橋区在住ね。あなたは、三か月前に店の売掛七十万を支払わず、逃げたよね」
「はい、あの本当にすみませんでした」
「ツイッターでお前のことを拡散したら、他店でも同じようなことをやってたのが、速攻でバレたよね」
 私は膝の裾を引っ張りながら、説教を聞いているふりをする。
 このワンピース、どこで買ったんだっけ。ここの黒のメッシュが、かわいいよね。やばーい。ディーゼルだったかな? 三万くらいしたような気がする。
「はい、ごめんなさい。ちゃんと返します」
 聞いてんのかよ、と言われ、私は即答する。
「どうやって?」
 いや本当にね。樹里さん、あんたどうやって返すつもりなの? すでに借金だらけだし、絶賛失業中だしさ。
 隠しているつもりでもネットのやつらがしつこくて、都内のどこのキャバクラで働いていても、過去の悪事はいつまでもついて回った。
 噂はすぐに立って、それで店に居づらくなって、辞めてしまう。その繰り返しで今まで生きてきた。

早くタピオカになりたい

「悪いことすると、絶対にばれるのよ。わかる?」
「はい」
「土下座しますか?」
 顔を上げて虎之助の顔色を窺う。
「そんなので許すかよ」
「ですよねえ」
 惨めな気持ちになる。どうすればこの場を切り抜けられるのだろう。だってお金、どう考えたって本当に持ってないんだから。
「じゃあ、今から俺が、ここでピアノを弾くんで」
 鍵盤から指を離し、私の方に向き直った虎之助が笑った。腹の底では何を考えているのかわからない、ホストたちがみんなやる、あの笑顔だった。
「え、いきなりどうしたの? 金の話はどうなったわけ」
「ガタガタうるせえ。最後まで話聞けよ」
「はいすみません」
「俺のピアノを聴いているうちに、樹里はいつの間にか、タピオカになります」
「え?」
「だから、お前はタピオカになるんだよ」
「ほお・・・」
 そう言ってから、じわじわと笑いが押し寄せてくる。うつむいて、にやにやと笑ってしまう。
「私、タピオカになっちゃうの?」
 もうだめ。そう思った瞬間に吹き出してしまう。
 ぎゃはは。あんた何言ってんの。
 爆笑する私のことを、虎之助はつまらなそうに見ている。
「なんで?」
「売掛飛んだ女は、捕まえて、全員タピオカにするの。それもホストの仕事」
 虎之助は真面目に答える。
「知らなかったわ。てっきり私、殺されるんだと思ったけど」
「お前みたいな女、殺すだけ無駄だわ」
「殺さずタピオカ・・・」
 また笑ってしまう。ヒィ。
 笑いすぎて呼吸困難になりそうで、落ち着こうと深呼吸しながら私は虎之助を見る。だけど、彼が冗談を言っているようには見えなかった。
「タピオカってさ、全部、私みたいな女の生まれ変わりなの?」
「そうだよ、最近バカ女が多いから、街にタピオカ屋が溢れてんの」
「あんた、本当に嘘つきだね。タピオカは何かのイモからできてるんだよ。私一回ウィキペディアで調べたことがあるもん。中卒でもウィキペディアくらいは読めるんで」
「そういうことにしておかないと、今の時代、色々コンプラとかがやばいからでしょ」
 はあ? しつけーな、いい加減にしろよと思ったが、この話を信じれば七十万の借金がチャラになる、そう思うとそれは悪い話じゃなく、むしろラッキーじゃん、と考え直した。
「わかりました。それで許してもらえるのなら、ちゃちゃっとお願いします」
 私はふざけて言う。
 COCO都可かな、それともゴンチャかな。
 私、どの店のタピオカになるんだろう。
 自分がタピオカになる姿を想像すると、また笑いそうになったが、虎之助にうんざりした顔で睨まれるのがいやで、無理やり真面目な顔を作る。

「ねえ、見て。何あれ。ホストがピアノ弾いてる」
 楽器屋に入って来た客の笑い声が背後で聞こえた。
 だっさー。そう言ってクスクス笑う声が近づき、私が振り返り睨みつけようとすると、「ほっとけよ」と、虎之助が言った。
「お前はさ、本当にクズでどうしようもない人間なの。わかる?」
 私はうなずく。
「だから人生終わらせて、タピオカからやり直すの。いい? わかった?」
「はい、わかりました」
 彼の言うことが本当ならば、もうさっさとタピオカにでも何でもなりたかった。
 こんな人生、一ミリの悔いもない。
 欲しい物は何も手に入らなくて、今さら生活を立て直す気力もなくて、笑えないくらい借金背負って。
 この流れで言うけど、鼻の整形も失敗して、超後悔してる。
 このままの私で、あと五十年くらい生きなきゃいけないなんて、普通に無理じゃん。
 私は急にさっぱりした気分になり、決心した。
「私、早くタピオカになりたい」
 そう言うと、今度は虎之助がげらげら笑った。
「お前ってまじで頭弱いな」
 彼は気が済むまで笑った後、わかった、と言った。

さようなら

 それから、すう、と鼻で息を吸い込んで、ゆっくりとピアノを弾き始めた。
 初めて聴く曲だった。明るいような暗いような、少し不安げなメロディで、聴いていると居心地が悪かった。
 しばらくすると、身体が脱力していくのがわかった。溜まっていた疲労感が、どっと押し寄せてきた。私はずっと疲れていた。嘘をついて、自分を守ることに必死だった。
 膝から崩れ落ち、手をつき、首をうなだれ床に頭をつけ、ごろりと地面に倒れた。額で床の冷たさを感じた。
 あれ、なにこれ。
 驚いていると涙が溢れてきた。
 涙は、身体の底から絶え間なく湧いてきて、全く止まる気配がないので、少しの恐怖を感じた。
 ねえ虎之助、私って、いつから手遅れだったの? 私の考えていることって、社会的に、どこからがアウトで、どこまでならセーフだったの? 
 もう全然わかんないね。

 ピアノの音が、ビー玉のようにきらきら光りながら、弾んだり滑ったりして、辺りに散らばるのが見えた。
 私は地面に這いつくばったまま、美しさから目をそらせなかった。潤んだ目で、光の粒を見て、虎之助に感動していることを伝えたかった。
 その曲、なんていうの? きれいな曲。絶対に忘れない。
 そう言おうとしたけれど、声が出なかった。
 私は目をつぶり、いい気分で音楽を聴いていた。聴こえるのは、私のための音楽だった。どんなメロディなのか、昔からとっくにわかっていたような気がする。ありがとう、虎之助。頭の中でそう呟いた。
 曲が終わると、虎之助は立ち上がった。床に倒れている私を見下ろして、
「バイバイくそ女、次は真面目に頑張れよ」
 と、言った。
 その言葉を聞いた瞬間、私は息ができなくなった。 水の中に落とされたのだ。
 暴れて浮き上がろうとすると、上から荒々しく頭を押さえつけられた。
 それは、さっきまでピアノを弾いていた、虎之助の手だった。
 私はもがいた。だけど、だめだった。それより強い力で押し返されてしまったから。
 身体の中は何かを探すように、何度も爆発し続けた。
 水が一気に目や鼻や肺に入り、呼吸と鼓動と共に、激しくもつれ合った。そして、あ、と思った瞬間、まぶしさに包まれた。
 ほう、これが命の境目か、と分かったその時、がくんとすべての力が抜けた。それで私の人生は終わった。ほっとしたのと、後悔が一瞬。
 さようなら、私。さようなら。なんという一瞬!

パールレディ

 次に目が覚めた時、私は巨大な銀の鍋の中にいた。
 身体は熱く、動くと激痛が走った。
 熱にやられてぐったりしていると、鍋の中にいたタピオカたちがくるくる回って、一生懸命冷ましてくれた。
 私はぶよぶよの身体をじっとさせたまま、死んだ時のことを思い出した。
 田島樹里が死んで、何人が心から悲しんでくれたかな。お父さんお母さん・・・あ、それくらいか。
 それでも、人生をあっさり手放してしまったことに罪の意識を感じた。
 タピオカになった私たちは、声を出して会話はできなかったが、互いになんとなく意思疎通ができた。
 あんた、掛け飛び常習犯?
 そう聞かれた気がして、私はうなずく代わりに身体を揺らす。
 私も、と頭の中で声がする。
 虎之助って知ってる?
 私がそう聞くと、百くらいのタピオカが揺れたので、笑った。あいつ有名人じゃん。
 ペペの白いピアノを聴いた人?
 みんなが一斉に動いて、鍋ががたがた揺れた。タピオカって、本当にダメ女の生まれ変わりなんだ。この事実は確かに、コンプラ的にアウトだわ。
 うちら、これからどうなるの?
 わかんない。
 ここにいれば、もう一度人生やり直せるの?
 心の中でつぶやくが、誰も答えない。

  めがねにツインテールの従業員がやって来て、部屋の電気を点けた。
 薄く濁った水の中から、エプロンが見える。
 あのロゴ、どこの店だっけ。わかった。パールレディだ。ここ渋谷店だといいなあ。昔よく行ったから。
 めがねちゃんが鍋の中にお玉を入れて、かき混ぜた。
 水流に身をゆだねると心地よく、身体の熱もすっかり冷めていた。
 後から来た同僚と、韓国アイドルの話で盛り上がっていた。話に夢中になると、お玉を持つ手に力がこもるようだった。特にジミンの名前を呼ぶ時、その力はマックスになった。
 めがねちゃん! ジミンへの愛が強い!
 力強くかき混ぜられながら、私たちは悲鳴をあげ、ウォータースライダーに乗っている気分ではしゃぎながら回転し続けた。
 そうしているうちに店のシャッターが開いた。朝の光が差し込んで、今日一番の客がやってくる。
 来たね。
 みんなに伝えたが、緊張しているのか反応がない。
 私たちはおとなしく、ぷよぷよした身体をぎゅっと寄せ合う。
 最初に注文したのはブレザーの制服を着た女の子たち。
 高校生になったばかりだろうか。すっぴんの笑顔がかわいい二人組だった。
「プリンミルクティーのタピオカ増しで」
「私、フルーツ緑茶で」
「かしこまりました」
 めがねちゃんが、はきはきと答える。
 やだ! 緊張するね! がんばろ!
 みんなの興奮が一斉に伝わってきて、鍋の温度がぐんぐん上昇する。
 めがねちゃんの手によって、私たちはすくわれた。プラスチックカップにつるりと流され、それから冷たい泥の竜巻に飲まれると、一瞬で仲間の姿が見えなくなった。
 私は次の人生のことを考えようとした。つるつるの脳みそで。
 そこには、かつてあった不安や苛立ちや、劣等感はなかった。
 私はただの一粒の、ごきげんなタピオカだった。
 気持ちのいいまどろみが襲ってくる。
 こうやって沈んでいくのに、心地いい懐かしさを感じる。
 女子高生は、ストローをかき混ぜながら歩く。
 私はポニーテールの女の子の手の中にいる。
 噛み砕かれれば、私はきっと、この薄い膜を破ることができる。そして彼女の身体の中で、新しく生まれる。そんな気がしている。
 ああ、そうか。
 誰かが言っていた。私はもう一度、人生をやり直すんだって。今日がそのスタートだ。
 お誕生日おめでとう、私。
 次はきっといい人生になるよね。

 彼女がストローで吸い込んだ。私の意識は混濁する。力を振り絞って、もっと! と大声で叫んだ。
 もっと吸って! もっと噛んで! 早く溶かしてよ!
 私は彼女の喉を通る。大笑いしながら、彼女の身体の中を旋回する。
 ピンク色の洞窟の中で、私を覆う薄い膜はちぎれた。そこで初めて息を吸い込むと、中から私が少しだけ出てくる。
 やったわ。わたし。もう少し、がんばれ。
 ねえ、わたしね、もうすぐタピオカからうまれるの。







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