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加害行為を助長する被害者バッシングを法で食い止められないだろうか

信じがたい非現実的な出来事は日々起こる。その時人は、加害者の行なったことを信用しない。加害者は悪い奴じゃないと。そう考える無関係な傍観者が腑に落ちる理由を求め、被害者の落ち度を探す。そして、加害者に偏りした証拠収集能力のない者による納得のいく理由付けは、被害者の人格を悪いものとする以外ない。

結果、例えば「いじめに遭っても仕方なかった人格の持ち主」と被害者を陰でバッシングし、被害者がヤバいやつとして孤立させられる。図に乗った加害者と煽った周囲の者によりさらなる被害を招く。
それは最悪の状態になるまで止まらない。
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犯罪は行為ごとに成立する。決して誰かがでっち上げた人格ごとに成立するものではない。
殺した人に殺人罪が、
人を騙して財物の処分行為をさせたなら騙した人に詐欺罪が成立する。

そして、他人の人格毀損をした人には、名誉毀損罪又は侮辱罪が成立する。

殺された人、騙された人、人格非難された人に犯罪は成立し得ない。そこに行為がないのだから。

しかし、現実は加害者ではなく被害者が非難される。

恐ろしいのは、誹謗中傷をしている当人たちは加害者であることに気づかず正義と思い込んでいること。そして、それは子供社会でも起こっている。あたかも大人社会の鏡のように。
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小学1年生の子供が自分の耳を持って帰ってきて家族に見せた。学校で同級生に切り取られたという。この日本のとある小学校で10年ほど前に実際に起こった事件。

日頃からいじめはあったが、学校や周りの子供は加害者にいじめられる被害者が悪いとの判断。
準備書面で悪逆無道な行いを正当化する加害少年たちの主張は、被害者の人格非難でしかなく単なる罵詈雑言であった。
裁判においてまでこのような発言が出来たのは、学校で加害少年たちの罵詈雑言が正当化されていたから。そして、いじめを許してきた環境が傷害行為に至らしめたのだ。
被害者バッシングが加害者を煽てた先は、被害者に一生の傷を残すものだった。
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ある出来事が納得できる現実的なものになるように、頭の中で被害者の落ち度を探して何らかの理由付けをするのは構わない。個人で勝手にやっていれば良い。
ただその証拠のない妄想で、真偽不明のまま被害者の人格を非難する。その行為に及んだ瞬間、犯罪になる。

大人のそんな姿を正義であると学んだ子供が、上手な誹謗中傷が正しい生き方と勘違いして真似する。それがエスカレートして傷害にまで到る。
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アイドルの子が男性に襲われたとき、その子を気に食わない子が沢山いたから正義とはならないはず。

騙されて金品を渡した人は詐欺の被害者であって非難される者ではない。

被害者への人格非難により、まるで被害者が加害者のように扱われていく。
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あの小学生への被害を思うと遣る瀬無い。自分の耳を一人持ち帰る、体の傷みとその環境での孤、涙が出る。
これを誹謗中傷できてしまう人こそ、人間性が欠落している。人格を毀損する罵詈雑言は決して正義ではない、ただの犯罪行為。
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罵詈雑言と人格毀損がいかに辛いものか。そして直接の加害者とともに行なった誹謗中傷が招くものは何か。
直接の加害者本人のみならず陰で被害バッシングした者にもしっかりと法を適用して欲しい。誹謗中傷に成立する侮辱罪、名誉毀損罪が人格を守る堰になって欲しい。
そして、充分に機能し、良い社会に導いてくれることを願う。

(侮辱罪の厳罰化 改正刑法2022年7月7日施行
※主にインターネット上の誹謗中傷への厳罰化を想定してはいるが、口頭での誹謗中傷を除外した規定ではない)


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