自分のことを自分で対処しなかったリスク
未知なる出来事に不相当な対応をしたとき、「知らなかった」「まだ20歳で若かった」では済まない。無知ゆえ人に頼れば、頼られた人の欲に使われる。私はそんな世間知らずの大学生だった。
轢過された自転車が自動車の下にめり込み、運転手のおじさんがぐちゃぐちゃになった私の自転車を引っ張り出した。もう乗れない。
「2万円払うから」と財布から出したお金を私に渡そうとした。お金を受け取るには契約書がmustということは知っていたから、「バイトで急ぐためどうするかは考えて連絡します。お金じゃなく名刺を下さい。」と言い、名刺を受け取りバイト先に向かった。
本来、事故にあったらすぐに警察を呼ばなければならなかったのに、「警察を呼ぶことはおじさんが可哀想」と思ったのだった。せっかく周り中の車がクラクションを鳴らし、合図してくれたにもかかわらずだ。
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電車で20分、遅刻したバイト先は誰もが知る珈琲チェーン店。その日は店長のみならず執行役も来ていた。だからまずは執行役に謝罪し、事情を話した。
「出勤時、駅に向かう道で人身事故にあい遅刻しました。加害者の運転手は、この名刺の方です。申し訳ありませんでした。」
「怪我は?警察呼んだ?」
「怪我は病院に行っていないので分かりません。警察は呼んでないです。」
「なぜ?貴女はどうしたい?」
そして私は運転手が可哀想と思ってしまい警察を呼べなかったこと、自転車を直して欲しいことを話した。
そうすると執行役は、自ら直ちに名刺の連絡先に電話し、事故現場付近の当該珈琲チェーン店に警察と運転手のおじさんを呼び出してくれたのだった。
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そこからは早かった。警察による実況見分をし、病院に行き、保険で新しい自転車を手に入れた。事情を知った私の家族が、執行役に手紙を書くと、「大事な従業員だから」と社員ではなくバイトに過ぎない私に温かい言葉を下さった。
しかし、こんな上手い話はない。それすら知らなかった。
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その数日後、執行役は私の白いふわふわのコートを抱きしめて待っていた。「りりいちゃん、りりちゃんかな?」と顔を触ってくる。
立ち去ると「握手しよう。」と付いてくる。焼き鳥屋に誘われこれも断れなかった。「他のバイトとも行ってる」との言葉を愚かにも信用した。焼き鳥屋でアルコールを飲まされたあと、気色悪い一方的な話の成れの果てに何度もホテルに誘われた。「ホテルで会話しよう」とのことだった。無論断ったが。
自分に遭った被害を、自分で対応できなかったリスクは自分に返ってくる。見返りを求めない第三者からの親切なんて上手い話はないのに、世の中を善意解釈していた。
私はやむを得ずバイトを辞めた。そしてこの出来事は、あまりにも厭わしく暫く心に蹲り彼氏にも話せなかった。
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事故にあったら警察に連絡しなければならない。世の中にまかり通っている一般常識は私が行うべき義務であった。それに遠慮し、懈怠した結果もたらされるのは、「この子は嫌と言えない子だから、悪いことをしても公にならない」という安心感。その安心感は、欲の引受先として利用される。
その数ヶ月、私は転居もしたが、「転居先に遊びに行って良い?」「泊めてくれる?」という連絡もきた。
心に不快感が募り無視しても、相手は一度封を切った欲を抑えられない。受信を拒否して断ち切るまで、気色悪いストレスで心が汚染されていた。
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若いから仕方ないでは、身を滅ぼす。若いからしっかりしないといけない。その数年後、別の機会にまた人身事故にあったが、その時は自分で対処した。やってみたら簡単だった。加害者は当然のことながら保険に入っており、スムーズに解決した。なんのことなかった。
知らないからではなく何をすべきか、相手に遠慮せず、自分心の中にある回答に従っていきたい。
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あれから15年経つが、未だに当該珈琲店には行けない。いや、行かないことにしている。体を張って得た学びを決して忘れることがないように。
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