ひとりで旅で得られたもの
よく言われていることだけど、大きく変わったのは自分のことは自分で「責任をとる」クセがついたこと。
当たり前のようにできる人もいると思うけれど、私のように難易度が高い人もいるのではないかと思う。
というのも、私にはしっかりものの兄がいる。幼少期、何ごとも自分が矢面に立つことなく、自動的に解決された。
このフォーメーションに慣れすぎてしまったため、居心地の良さを無意識に探し求め、兄のようなポジションをとれる人と仲良くなることが多い。特に彼氏とか。場合によっては友達も。
つまり、自然と訓練されてこなかったのだ。誰かの承認を得ることなく、自分の判断に責任を持つということに。だから私にとってそれは利き手を変えるような感覚。とにかく慣れないし、うまくできない。それに、すごくめんどくさいものだった。
ただ、時たまエラーが起こった。
例えば、大昔、友だちとハワイに行ったときのこと。仕切り屋の彼女は何でも決めてくれた。正直楽だった。何度も感謝した。だけど、その子はその旅で私のしたくないことまで強制しようとした。
「これだけ、私が色々してあげてるんだから!」と。
でも私は頼んでいない。何ならその旅さえ「海外慣れてないよ?」と不安がる私を彼女が押し切ったものだった。
ここに真意があると思った。
みんながみんなではないけれど、人生において人に自分のことまで決めてもらうと、余計なことまで決められる。結局、彼女はどんどんエスカレートし、旅の一件だけでなくとも私をマリオネットのように操ろうとしていた。
もちろん、時折誰かに助けてもらったりすることも必要だけど、操縦席に乗るのはあくまで自分。ここに他人を乗せると、おかしなことになる。
それと、要注意事項がもうひとつ。自分の操縦に慣れていないと、彼女のように親切を装った乗っ取り屋が寄ってきてしまう。やっかいなのは、彼ら彼女らが自身のエゴに気づいていないこと。つまり悪気がない。だから、なかなか「どいて」と言えなくなってしまう。
私はそういう人たちの格好の餌食だったわけだけど、そこにちょうど良く現れたのが「ひとり旅」。最高のトレーニングとなった。
宿、ご飯、どこに行くか。その判断の結果をすべてを自分で背負う。海外は不安だから、一生懸命調べる。トラブルが起きたときも自分のせい。解決するのも自分自身。腹筋でお腹がぷるぷるする、あのなんとも言えないキツさはあったけど、やれないことはない。
そして積み重ねていくと、相手の考えを気にする前に、自分の考えを先に固めるクセがついていた。
とはいえ、未だに苦手なのは変わらない。たまに元にも戻る。だけど、私はひとり旅をしながら、常にその訓練を続けている。
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