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友達の友達

スマホのバイブが鳴った。

インスタグラムにメッセージが来たからだ。

知らない外国人のアイコンに未読マークが付いている。 


「Hi, how are you doing?? 」


いろんな犯罪が横行するご時世、

馴れ馴れしいメッセージはスパムだから、無視すると決めていた。


「I’m Elbert」

エルバートと名乗るその男性はロンドンで石油系のエンジニアをしていると言った。

インスタグラムに私のアカウントがオススメとして表示され、近くに住んでいるのかとメッセージを送ってきたらしい。


私にイギリス人の友人はいない。

しかも、石油系の仕事なのにロンドン?

怪しいとしか思えなかったが、ろくな返事をせずとも一方的に自己紹介を送りつけてくる。

聞いてもないのに大量の文章…必死感がすごい。


この不器用加減、スパムにしては人間味があるじゃないかと私は彼をしばらく観察することにした。

 既読スルーしていいると、

「Are you there?」

と追い打ちが来た。

ちょっと粘着質なところがあるようだ。


I live in JP

中学生のような英語で返した。

そうするとまた5倍くらいの量の返信が返ってきた。

英語はそんなに得意じゃなかったけれど、エルバートが次々質問してくるので、私は単語を返すだけで会話が進んだ。

友だちの怜子に、インスタグラムで知らない外国人から突然メッセージが来たと相談した。

怜子は美人で溌剌、エネルギッシュさに溢れた自慢の友達だ。

海外旅行が好きで、いろんな国に行っては土産話を聞かせてくれていた。

過去に外国人と付き合った経験もあって、こんな時、怜子以上に頼りになる人はいない。

 「良いじゃない。会ってみれば?」

玲子は事も無げに言う。

「いやいや、ロンドンに住んでるのよ。会うことはぜったいにないって。

てかSNSで出会った人とリアルで会うなんてなんか怖いし…しかも外国人だよ?」

「何言ってるの、男女がネットで出会うのなんて令和はスタンダードよ。外国人だろうが何よ。いまどき同性愛者でももっと堂々としているわ。

お昼のデートなら大丈夫。報告楽しみにしてるからね。」

私たちがいずれは恋人同士になるとでも言わんばかりに、私の相談も一蹴して帰って行った。

エルバートとのやりとりは、私の日常になった。

お互いに独身、遠いロンドンに住んでいるし、SNS上だけの繋がりだと思うとなんだかふっきれて、気軽に話すことができた。

これまで行ったことのある国の話や好きな食べ物の話、仕事の話や趣味の話。

 エルバートは事細かに連絡を取りたがるタイプだった。

今日食べたものとか、仕事でボスから怒られたとか、母の誕生日プレゼントを何にするとか。


子どもが好きで、将来は絶対に娘を甘やかす父親になるだろうと断言していた。

まだ生まれてもないのに、娘だと決めつけて話す文面から、彼の愛情深さと、偏愛癖すら感じた。


前の彼女とは、数か月前に別れたそうだ。

6年間付き合っていて、交際中は彼の出張に併せて世界中の国々へ連れて行ったとのこと。

結婚するつもりでいたのに、なんと彼の親友と元カノがセックスしている現場に遭遇し破局を迎えたそうだ。


本当に愛していた。

今は思い出したくないくらい辛いから聞かないでくれ。

でも、全ての事には理由があるはずだから、明日も生きるんだと、彼は言っていた。

恋愛経験の少なさと、私の英語力では、文字通りかける言葉がなかった。

ある日、エルバートが仕事で日本に来ることになったから会おうと誘われた。

怜子のアドバイスが頭の中に蘇る。

Yes, of course

何の躊躇いもないかのように返信したが、たった二言送るだけだったのに30分くらいかかってしまったと思う。

ぜったいに会うことはないと思っていたけど案外あっさりと、私達は会うことが決まった。


もう一度、エルバートとのメッセージを初めから読み直す。

アイコンしか知らない、石油系エンジニアの彼。

実は、彼からの友達申請リクエストはまだ承認できずにいる。

お互いに非公開アカウントで、どんな写真を投稿しているのか見えないまま、DMだけでやりとりしてきた。


もうスパムではないことはわかっていたけれど、彼にフォローを許すのはまだ抵抗があった。


でも今度、会うんだもの。もう承認したっていいよね。 


リクエストを承認すると

[フォロー中]

に表示が変わった。

交際の申し込みをしているかのような気分で、私もフォローのリクエストを送る。


彼はどんな写真を載せていているんだろう。

ロンドンの町並みはきっと綺麗よね。

出張先の国もたくさんあるのかしら。  

それより、今度会う日は何を着て行こう。

外国人ってよく香水つけてるけど私も付けた方が良いの?香水なんて持ってない、買う?いやわざわざそこまでしなくていいよね。
食事、スキヤキ食べたいって言ってるけどスキヤキランチなんてどこで予約する?
てか昔の彼女ってどんな人だったんだろう。こないだは辛いこと聞いてしまってごめんねって謝るべき?

日が近づくにつれ、エルバートのことを考える時間は増えていった。


エルバートが承認してくれたようだ。

アイコンをタップしてトップページを開く。

数々の豪勢な食事や、豪華絢爛なホテル生活。

いかにも高級な腕時計。中東の雰囲気を感じさせる写真やスタジアムで野球観戦している写真もあった。 


石油系エンジニアって、嘘じゃなかったのね。
 
写真はその人の心を写す鏡だというなら彼は芸術家でありスポーツマンでありロマンチストなお金持ちだった。

この投稿の中に、私が写り込めるの?

悪くないじゃない。

どれも風景画ばかりだったが下の方までスクロールすると1枚の写真が目に留まった。

髪の長い女性と2ショット。

これが昔の彼女?顔がよく見えない。

はやる気持ちを抑えてスワイプする。  

旅先で撮ったと思われるその写真には、つぶらな瞳をした優しそうな青年。

その隣にいたのは、はじけるような笑顔の怜子だった。

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