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決めて世界に放ったから、やっぱり良いことにしかならない

4月から転職しました。

転職の際の動機は「もっと良くなりたい」だったから、やっぱりよくなったんだなと実感しています。
実際は今時点で現場には2回しか出ていないんですけどね。
というのも仕事のこと教わりながらあれやこれや質問してみたら、前のところで心がバキバキに折れていたことがクリアー!実質給料増えたんじゃね?まだもらってないけど。
一緒に働く方が明るい!

なんかきっと大丈夫

という感じでグダグダと感じていた不安感は吹っ飛んだよね。
利用者さんたちが愛しいし。

しかも面接のときにチェックしてなくてわからなかった法人の理念がとっても共感できるものであったから、ここで研鑽したい!と一気に腹が決まったよね。

すごく当たり前なんだけど
自分の生きる世界は自分が決めてるんですよ。
シンプルなんですけど、これが理解できてくると現実が変わりだすんですね。何を自分の目に映し出すかということ。
感謝とか喜ぶとか楽しいうれしいなのか、不安や不満なのかって自分が決めることができるわけです。

この数日で私自身もこのことを再認識できたなあって思っていて、新しい職場ってわからないことだから不安ですよね。そこに自分の期待なんかが乗っかると不安が不信感になったりあんまりそれは好きじゃないって方に傾く。いやいや、まだわかんないんだからって自分に言い聞かせて
よくよく見てみると
あら不思議!やっぱりよいじゃないか…心配してたけどうれしいなってなる。私が望んでいたところを見つける作業は宝探しのようで、相手にとってはマンネリなのかもしれないけど私にはありがたいことだったり、温かい言葉をいただいて第一印象早速塗り替えたり。
どうせ生きていくことは変わらないなら楽しくてうれしいことがいっぱいな世界がいいじゃない。私はそう決めて世界に放つことにしています。

ここでポイントがあると思っていて、いやな事柄も排除しないで世界にいていいよってする。自分自身の悪いところとかもそうだし、嫌いな人も存在させてていいし、そういったこともいていいよって許しとか認めるとかするのがいいと思っていて、自分の寛容さがそのまま世界に反映されていくから寛容な世界になるんじゃないかなって感じています。だから、へこむことがあったら好きなだけ落ち込んだり、文句に思うことがあったら文句も言う。
偽らない私が世界の中心ならばこの世界はみんなが偽らないで生きていけると思って。

いつでも私は私でいられるようにと取り組んでいます。

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