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✴︎金木犀✴︎〜香りと共に記憶の中に生き続ける情景

街を歩いてると、

どこからか、ふわっと香る、

甘い香りに秋の訪れを感じる。

また、この季節が来た。

また、逢いに来てくれたんだね。と

一年ぶりに、記憶に想いを馳せる。

あれは。私が小学5年生の頃。

街行く学生さんが夏服になった、

初夏の頃だった。

田舎では、小学校に捨て犬や、

捨て猫が持ち込まれる事が多く、

よくお昼になると

里親のアナウンスが流れていた。

人間より。動物と関わる事が好きで。

何度も、家にそんな子達を

持ち帰っては母に、よく怒られて。

家では飼えないからと、里親を探したものだ。

だが、懲りずに。

アナウンスを聞くたびに、

いてもたってもいられず。

毎回

職員室にいる犬や猫達を覗きに行った。

その日、いたのは、

体に似つかわしくない小さな段ボールの中に

窮屈にそうに寝ていた。

体をはみ出しながら大人しく

入っていたのは、

もふもふの毛並みに見た目はまるで。

子熊の様な犬だった。

茶色の毛並み、黒い鼻。

クリクリした、つぶらな

黒目がちな、まぁるい瞳。

ふわふわして、

触れば手が毛並みに埋もれてしまう程

モフモフで。

そっと触れば、柔らかく、温かな体温が伝わり

生きている事を主張していた。

捨てられたと言うのに、

疑いもせずに、尻尾をブンブン振って嬉しそうに

見上げて、ペロペロと手の甲を舐めた。

その瞬間、

この子は、私が連れて帰る!

だから、先生、帰る時まで誰にもあげないで。と

口をついて出た言葉が

その子を家族に迎えた瞬間だった。

帰りのホームルームが終わり。

急いで、職員室に、

もふもふの

子熊を迎えに行った。

先生達からは、お母さんにまた怒られるんじゃない?

その子はもう大人だよ、大丈夫?

もっと可愛い子がいるかもよ?と言われたものだ。

そんな事はお構い無しに。

その子を引き連れて、うちに帰り。

庭にあった、自転車を入れていたテントの中に

隠した。

大人しくテントの中で、

きょとんとしながら

座る姿は傍目から見たら、明るめな茶色の熊

そのものだった。

急いで、

学校から貰った牛乳を、小皿に入れて

差し出すと、お腹が空いていたのか、勢いよく

飲み始めた。

そして、まぁるい瞳で見上げ、

嬉しそうに、

尻尾を

ブンブン振った。

それから暫くして母が仕事から帰宅して

子熊の様な犬をテントから出して

見せた時の

驚きようは、凄かった。

返してきなさい!と言いつつも。

隣に、座るモフモフの塊は、

疑いもせずに

まぁるい黒い瞳で見上げて、

愛想良く尻尾を振って

嬉しそうに挨拶していた。

それを見ながら、

母も、顔が緩み、

仕方ないね、ちゃんとお世話しなさいね!と

言った。

夜になり、父が帰宅した。

またテントから出して見せると、

驚いた顔を見せながら、

またどうして。

こんな大きくなった犬を連れて来たんだ

と言ったが。

やはりその、子熊は誰であろうとも、

つぶらな

黒目がちな、

まぁるい瞳で見上げて

尻尾をブンブン振り挨拶した。

あまりにも、愛嬌が良く人懐っこいもんだから

その甲斐あって、

子熊は家族となった。

愛嬌抜群で。

誰にでも愛想を振りまいた。

何故この子が捨てられてしまうのかと

周りの人達も首を傾げる程に

愛想が良かった。

まるで、自分の境遇を分かっているかの様だった。

いつ捨てられてしまうか分からないから

好かれよう、お利口にしていようと

思っているかの様にも見えた。

子熊は。とても大人しく、

ワンとも鳴かず。声をあげた事は無かった。

いつも、控えめに鼻を鳴らして

尻尾を振った。

どんな環境で育ったのだろうか

知る由も無いが、

子熊は子熊なりに気を遣っていたの

だと思う。

そんな控えめな番犬にもならぬ様だったので、

玄関でなく、

寂しくないように。

リビングからでも、帰宅してからも

みんながどこからでも

見える場所になった。

そこは、

大家さんが、

沢山植えた金木犀の近くで、

秋には沢山のオレンジ色の花が咲き誇り

芳しく匂い立つ場所だった。


赤い屋根の犬小屋に、ちょこんと座り

モフモフの茶色の毛並みを引き立たせる

赤色の首輪をされ、晴れて家族となった。

動物病院に連れて行っても、年齢は分からずじまいで

あったが、

成犬である事は分かった。

季節が巡り、初夏から夏になり、

秋になり、

金木犀が咲き誇る頃。

帰宅して、抱きしめると温かな体温と

金木犀の花が散る地面で寝ていた子熊からは

ふわっと移り香がした。

季節がまた巡り、冬となり、春になり、

また初夏がやってきた。

子熊は相変わらず、大人しく

ワンとも鳴かず鼻を鳴らして尻尾を振った。

初めて鳴いたのは、セミが飛んできた時。

とても驚いたのか、初めて声を上げた。

夏も真っ盛りな頃には、初めての海に行った。

初めて見る、白い砂浜と、どこまでも広がる青い海と

青い空に、とてもはしゃいで、弟や妹と走り回りながら

声を上げて吠えてはしゃいでいた。

やっと、子熊は自己表現をするようになった。

そんな日々が続き、朝と夜の空気感が変わり

肌寒さを感じ出した秋の始まり。

庭先の金木犀は、少しずつ花開きふわっと香る

秋の始まり。

子熊は。元気が無くなった。

食欲が無いだけだと思い、様子を見ていた矢先

咳をし出したら、真っ赤な血が口から溢れた。

そして、お尻からは、真っ赤な血が流れた。

吐血、下血をした。

病院に急いで連れて行った時には

もう時すでに遅く。病が体全体を蝕んでいた。

嘘だと思った。だって、診察台には、

先生や、看護師さんにも

愛想良く尻尾をブンブン振って

挨拶する姿があったのだ。

もう、手の施しようはありません。と

帰りの車内で、泣きじゃくる家族を前に

どうしたの?泣かないで?大丈夫?とばかりに

顔をペロペロ舐めて、尻尾をブンブン振った。

今日から、

家の中で過ごそうか。

ふわふわの毛布をひき、

家の中で過ごす事になった。

家の中には絶対上がろうとせずに

いつも庭から嬉しそうに尻尾を振り

出迎えていた子熊は。

空気を読んだのか。

夕食を持って行った、

夜の帳が落ちる頃。

静かに、静かに。

荒かった呼吸が止まり


つぶらなまぁるい瞳から光が消えた。


ふわふわの毛並みから体温を失い、

愛想良くブンブン振っていた尻尾は

だらんと下がった。

ピクピク

よく動かしていたふわふわの耳、

抱きしめると跡形がつくぐらい

もふもふした毛並み。

身体から

体温が無くなり、少しずつ冷たく

硬くなっていった。

世界から。色が消え、闇に包まれた。

その中でも、庭先からは風に乗り

鼻先を金木犀の香りがくすぐった。

季節は秋が深まり、金木犀はいつの間にか満開に

なっていた。

身体の中から、水分と言う水分が抜けて

もう涙は枯れ果ててしまった朝方。

子熊は。

小さな棺に眠った。

朝日に照らされ、茶色の毛並みは金色に

光り輝いていた。

その毛並みの様は

海辺を走り回っていた時の姿と同じだった。

眠る姿を見て、

どこに、涙が残っていたのかと思う程また

泣いた。

そんな時、

庭先の金木犀が一斉に。

風と共に香った瞬間があった。

まるで、最後まで、

気を遣い、どこまでも優しく

謙虚な、

子熊の図らいだったように思う。

金木犀の花言葉は、

「謙虚」「謙遜」

過ごした時間はとっても短く。

別れはとても早かったけど、小さな花を

精一杯咲かせ、

香りで周りを包み込んで

優しくする金木犀の様な生き方をしていた。

秋が巡る度に、子熊を思い出す。

愛想良く、ブンブン振っていた尻尾

陽射しに照らされたら金色になる

茶色のふわふわの毛並み。

靴下を履いてるかの様に、

手先、足先だけ白い模様。

真っ黒の鼻先。

黒目がちな、まぁるいつぶらな瞳。

控えめに、鼻先を鳴らすだけの声。

香りと共に鮮明に蘇る。

また、金木犀が咲き誇る度に

今年も

会いに来てくれた気がしてならないのだ。

記憶の中では、永遠に生き続けていく。

#金木犀

#謙虚  謙遜

#記憶の中の色彩


















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