100日続けてみたわたしが考えること
今日はとっておきの記念日。
お正月? うん、まぁそうなんだけど。
誕生日? いや、それは来月だからまだ。
で、何かっていうと……
実は、今日でnote連続更新100日目なのでーす!
めでたい。めでたいぞ。
すごいぞ、わたし。えらいぞ、わたし。
noteの更新をちゃんと始めたのは8月の中旬。わたしは自分に甘いタイプだから、「毎日更新とか言っちゃうと出来ない日とかありそう〜」とか思って。平日は更新して、休日は更新お休みしてもいいってマイルールを作ってた。
でも、やっぱりそんなの関係なく、妥協せずに毎日連続で更新し続けるってことをやってみたいなぁと思ったのが、9月の初めくらい。
そこから、毎日日付が変わる前に更新し続けて、今日でちょうど100日目。
苦手意識を持っていた"書くこと"と"続けること"の両方を、どちらもできているのが、自分でも信じられないくらい嬉しい。
***
「なんでそんなに続けられるの?」
ってよく聞かれるので、ちょっとここでわたしの考えてることを書いてみたい。
わたし的に思うのは、以下の3つ。
・目指すゴールが明確にある
・質を求める前にまず量を書く
・noteなんてわたししか見ていない
①目指すゴールが明確にある
何のために書くのか。
ただ書くだけで満足なのか。
どこに向かっているのか。
この辺は、実は今まで自分の中だけでこっそり思っていてあんまりここには書いてこなかったのだけど。
わたしには、ちゃんとした目的がある。
それは、書くことを仕事にしたいということ。
今は会社員として働いているけれど、正直世の中の流れを考えた時にこの先どうなるかわからないなって思ってる。
たくさんの仕事がAIに代替され、この先多くの仕事が必要なくなってくる。わたしの仕事だって、いつどうなるかわからない。
会社の看板を使ってでしか仕事ができないような人だと、この先、生きていけないなって思ってる。会社だっていつどうなるかわからない。大企業だって潰れてしまうこともある。どんな会社も将来絶対的に安定なわけじゃない。
だから、個人でも価値を生み出せる人にならないといけない。0から1を創り出せる人って、強いなと思って。
でも、わたしには特別秀でた才能なんて無いし、芸術的センスもビジネスセンスも残念ながら特に持ち合わせていない。
「何をやればいいんだろう?」
「わたしには何ができるんだろう?」
そうやって、ずっと頭の中で考えていた。
考えれば考えるほど「このままじゃいけない」という危機感と焦りばかりが募った。
だからこそ、考えてばかりだけじゃなくって、何か行動を起こさなくちゃ。やってみなくちゃって思って。
書くことだったら、誰にだってできる。
わたしにだってできるにちがいない。
なんだかふとそう思って、noteを始めてみた。
自分の力で価値を生み出せる人になるための、地盤を固めるために。
今日で100日連続更新なのだけど、わたしが目指しているのは1000日。
1000という数字は、目指してみる価値のある数字だと思っていて。10とか100とかじゃなくって、1000っていう膨大な数字を目指すことで、なんだか新しい自分に出会えそうな気がして。
だから、100日なんてわたしの中でまだまだ通過点。
現にわたしの知り合いで1000日連続受注することを目指している営業マンは今やトップセールスマンだし、筆文字でハガキを書いて渡す活動を1000枚書き上げた友人は、独立して個人事業主になった。
1000日目を迎えたときのわたしは、一体どうなっているんだろう?ってワクワクする。
あ、ちなみに1000日チャレンジをしようっていう考えに至った大元は、わたしのバイブルであるひすいこたろうさんの『あした死ぬかもよ?』を読んだことにあるので、気になる人にはぜひともこの本をオススメしたい。
②質を求める前にまず量を書く
自分の考えを外に出すことって、すごく怖かった。そもそも文章書くことって苦手だったし、支離滅裂でよく分からない文章を誰でも見えるネットという世界に置いておくなんて、怖いなって思ってた。
でも、最初から完璧なものを書こうと思うから、続かないんだと思った。
きっと質って、後からついてくるものだと思うから。まずはやってみること。量をこなすことで改善点だったり、もっと良くできることって見つかるんだと思って。
質は、圧倒的な量から。
だから今でも、こんな文章は出したくないなって思うこともあるし、もっと時間をかければもっと良いの書けるなって思うこともあるけれど。それでも今日の自分にできるのはここまでなわけだから、それをひとまず形にして出してしまう。
毎日毎日それを繰り返して、とにかく書くをやってみて、今でようやく100日目。
まだまだだなって思うから、がんばらなくっちゃね。
③noteなんてわたししか見ていない
じゃあどうして不完全な文章でも、この誰が見てるからわからないネットの世界に出せるのかというと。
そもそも、わたしのnoteなんて、わたしぐらいしか見ていないと思っているから。
とにかく書くことを続けるということがやりたかったから、あえて"日記"という形にした。
その日自分が思ったことや、感じたことを、自由気ままにのんびりゆるりと書ければそれでいいって思って。
わたしの個人的な日記なのだから、何を書こうとわたしの自由だし、それを紙のノートに書くのか、それともこのnoteに書くのかの違いってだけで。
別にわたしはそんな有名人なわけでもないんだから、「炎上したらどうしよう」とかさ、そんなこと考えなくても良くない?一個人の日記なんて、読む人いなくない?むしろわたしが読み返すぐるいしかしないでしょ?って、思ってるわけです。
だから、読んでくれる人のために有益なことを書こう!なんてそんな大層なことは申し訳ないけど全く考えていない。あくまでもわたしの日記だもん。
それくらい割り切ってるから、気軽に書けて続けられるんだと思ってる。
それにnoteはそれができるような雰囲気があるから、なんか続けやすい気がしてて。
これがしっかりブログとかやってると、わたしのことだから「ちゃんとした記事書かなきゃ!」とか思って構えちゃって、なかなか更新できない日が続くってことが目に見えてるからね。
だから、なんか、読みづれーなこいつの文章、何言ってるかわかんない、みたいなのがあったらごめんなさい。これからがんばります。
***
っとまぁ、書いてみたわけなんですけど。
100日書いてみて得たものって、ちょっとした自信と、仲間だなって思ってる。
なんか、たった100日note続けてるだけで、友だち増えたもんね。嬉しい。
一緒になってnote更新する仲間がいるから、わたしもがんばろうって思えるし、他の人のnoteを読んで「すごいなぁ!」って思ってとっても勉強になるし。
わたしはひとりで進んでるんじゃなくて、周りを見渡せば一緒になって歩いてる仲間がたくさんいるんだって思う。ありがたいね。
なんか、ほんと、もっと書きたいこと言いたいこといっぱいあるし、もっと簡潔にキレイにまとめたかったのだけど、今のわたしにできるのはどうやらここまでっぽい。
現在東北一周鉄道旅の真っ只中で、今は鈍行列車に揺られながらこれを書いているんだけど、なんだか携帯の画面見すぎて酔ってきたもん。そろそろ外の雪景色見たい(笑)
てなわけで、また明日。
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