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余談を積み重ねみたら1万字になったって話

「1万字、書いてみよう」

なぜか急にそんな気分になった。いや、正確に言えば急になったのではないのだけど。前々というか、1年前くらいからずっと、1万字チャレンジというものをやってみたくって。書くのが苦痛の人からしてみたら、きっと地獄のようなドMな企画なのかもしれないけれど、毎日なにかしら書いているわたしなら出来るんじゃないかなって思って。

noteでまいにち日記を綴り始めて700日と少し。1記事だいたい1000字ほどの文章を、700と数十記事ほど書いている。つまり、それだけで合計すれば70万字ほどあるわけで。それだけ書いてきているのであれば、1万字書くくらいなんとでもないんじゃないかな、なんて。わたしのnoteは、だいたい毎回20分くらいで書きあげている。つまり、1000字が20分なわけだから、1万字はその10倍の200分で書けるわけで。単純計算、3時間と少し。なんとかなりそうだなぁという楽観的な思考のもと、書き始めてみたのがこの記事です。ちなみに、書き始めた現在の時刻は、18時48分。果たして書き終えるのは何時ごろになっているのだろう。

1万字を書き終える頃には

まいにちこうしてnoteを更新しているから、1000字程度の短めな文章を書くことに関してはかなり慣れていて。まぁ、習慣になっているわけだから、自分自身がどんなコンディションであろうと、それくらいは書けるっていう自信があるから続いているのかもしれないけれど。だけど、1000字を超えて3000字とか5000字を書いてくださいって言われると、なんだか途端に書けなくなってしまう。「どうしよう」「何を書こう」「文字数が足りない……!」なんてことになるのもしばしば。まぁ、そういうのって、自分が好き放題書ける文章ではないことが多くて。誰かに依頼された文章だったりするから、自分本位100%で綴れるものじゃないから、そうやって文字数に苦しんでしまっていただけなのかもしれないけれど。
そう、だからこそ、自分本位100%の超好き勝手書ける自分のnoteという場所で、わたしが1万字を書いてみたらどうなるのだろうっていう、自分自身の興味みたいなものがすごくあって。やっぱり「苦しい……もう書きたくない……」みたいになっちゃうのか「あれ?もう1万字にまで到達したの?はやくない?まだ書けるよ?」みたいになっちゃうのか。書くことはすごく好きだし、書いている時間もすごく好きだから、苦しいゴールにはならないといいなぁ、なんて今のわたしは思っている。

テーマの有無とモーニングページ

ちなみに、この1万字を書くにあたって、何かテーマみたいなものは全く考えていない。今のところ、すべて行き当たりばったりでここまで書き進めているから、これから先もこの調子で進めていこうと思っている。だから、わたしが今現在の頭の中に受かんだことがそのまま文章になっている。わたしの脳内垂れ流し状態。

でも、こうして頭の中に浮かんだことをすぐに文章にするのって、とっても良いことだなと思っていて。読んでもらってどうっていうよりも、わたし自身の頭の整理になるというか。脳のデトックスをしているような気分になるというか。
毎朝(と言っても最近は出来ていないけれど)書いているモーニングページがまさにそんな感じで。朝からノートに向かって約30分。起き抜けの頭でその時に考えたことをつらつらとノートに書くだけの作業。これ、いつも手書きでやっているから、書いている間にだんだん目が覚めてきたりして。そして書いていると自分でも気が付かなかったような言葉が出てきたり「わたしってこんなこと考えてたんだ!」とか「そっか!これってここでつながるんだ!」みたいな発見も多々あって。だから、いつも書き終わった後は頭がすごくスッキリして、その状態で1日を始められることが自分にとってはすごく良くて。ただ、何せ手書きでやっているものだから、自分の頭の中で考えていることが、書くスピードに追い付かないことがあって。頭の中ではブワーって思考が進んでいるのに、まだ手元ではさっき考えたことを書いている、みたいな。だから、書くスピードが追い付かなくって「あれ?さっき何考えてたっけ?」みたいになることだってある。でも、手書きでやるからこそ味があって良いんだよなぁとも思っているから、モーニングページのスタンスとしては変えてないんだけど。
でも、今回のこうして書いている1万字チャレンジって、その時の感覚とすごくよく似ていて。モーニングページを書いている時のように、わたしの脳内をリアルタイムでそのまま文章にしている今。しかも、手書きではないから、するすると文章が打ててしまう。ちなみにわたしはめっちゃタイピング速度が速いから、タイムラグほぼゼロ、みたいな感覚で文字を打っている。ストレスフリーで文章を綴れているような気がして、良い感じ。

わたしのための文章

こうやって書いているこの1万字に向けた文章、こんなの最後まで一体誰が読むんだろう?なんて思ったりもした。だけど、そもそものこのnoteは、誰かに読んでもらうことを想定していない。始めた時からずっと、これはわたしのために書いている、わたしのための日々の記録なわけで。だからずっと「このnoteはわたし以外の誰も読んでいない」みたいなつもりで書いてきた。そのおかげでいつも気楽に書けているし、気楽に書いているからこそ、続けられているのだと思っている。

2000人、本当にありがとう

そうそう、実は。今日のちょうど0時を過ぎた頃に、なんとこのnoteのフォロワーさんが2000人を突破しまして。これはめっちゃありがたいし、うれしいなぁなんて思ったりもして。さっき上に書いたように、わたしは別にこのnoteを誰かに届けようと思って書いているわけではない。わたしのわたしによるわたしのためのくだらない駄文を綴りまくるただの自己満足日記noteなわけで。でも、そんなnoteを読んでくれる人がいて。スキを押してくれる人がいて。フォローしてくれる人がいて。わたしの特に何の変哲もない文章を、好きだと言ってくれる人がいて。それって本当にうれしいよなぁと思ったりしている。ただのしがないその辺にいる会社員のわたしのただの毎日の記録に2000人のフォロワーがついてしまうなんて、なんて世の中なんだろう。恐縮ですって感じなのだけど、やっぱり何度でも言うけれど、嬉しいよなぁ。

どうして1000日なのかというと

こうして書いているnote。まいにち更新をし続けて、1000日連続更新を目指しているわけなんだけど、これが1000日突破した時には一体どんな感じになっているのだろう。「なんで1000日目指しているの?」とか「何がしたいの?」なんてよく聞かれたりもする。そんな時はいつもこう返している。
「何も初めていなかった頃のゼロのわたしと、何かを続けた後の1000のわたしなら、絶対見える景色が変わっているはず。わたしは、その見たことのない景色を見てみたいから」
いや、なんか文章にしたらめっちゃかっこつけているみたいになっちゃったんだけど、本当にこう思っている。何かを続けることって、すごく難しいことだと思っていて。何かにチャレンジすることも難しいけれど、チャレンジしたことを継続させることってもっと難易度が高いと思っていて。しかも、それを続けた先にあるものって、絶対その地点に到達した人にしか見えない景色があるはずで。続けるのは難しい。だけど、続けさえしたら見える。だから、わたしはやってみようと思った。「毎日23時59分までにnoteを更新する」って、自分自身と約束をして、ずっとその約束を守り続けている。今のところまだその約束は破らずに700日以上続いていて。自分との約束を守り続けるって、それだけですごく自信になるなって実感している。

ちなみに、これが100日でも500日でもなくって、どうして1000日なのかというと。なんとなく、感覚的なものなのだけど、100日や500日程度じゃ、何も変わらないって思ったから。多分、100日くらいなら頑張ったらできそうな気がする。500日は相当頑張ったらできそうなきがする。だけど、1000日って、なんだかできそうな気がしない。ゴールが想像できない。1000日後の自分が見えない。だから、やってみようと思った。未知すぎるから。ゴールが想像できないって、それだけ可能性は無限大ってことなんだと思うから。きっと、何にだってなれるし、どんなことだって出来ていそう。そんな、自分が目指す数字としてわくわくしたのが「1000日」という数字だった。それに、3桁じゃなくて4桁ってところもなんか「おぉ」って感じだし。でも、これが4桁じゃなくて5桁の10000日!みたいになってしまうと、ゴールの見えなさが異常すぎて、きっと途中で嫌になってしまいそうで。ってなわけで、わたしの中での良い塩梅だったのが、1000日のチャレンジ。

noteの中のわたしの役割って

ちなみに残り1年弱くらい連続更新ができたら達成になるから、今の時点でもううっすらとゴールが見えてしまっている。「未知すぎる」と思っていたゴールが、手の届きそうなところにあるから、意外と1000日ってあっという間なんだなって思っているのが700日時点の今のわたしの心境。1000の景色を見てみたい、なんて思っていたけれど、意外と何にも変わってないんじゃないかな、なんてことも実はうっすらと思ったりもしていて。まぁ、ここから自分がどうしていくかなんだろうけど。でも、どうしていくかって言ったとしても、きっとこのnoteを書くスタンスは永遠に変わらない。きっと、何かがない限り有料noteも書かないと思うし、すごく有益なノウハウを詰め込んだような記事も書くつもりは今のところない。そういう役割はわたしじゃなくて他の人が担っていると思っている。だから、適切な人が書いてくれればいいし、そういうのが読みたい人は、わたし以外の人のnoteを読めば良いと思っている。素敵な記事がいっぱいあるからね、noteは。探せばいくらだって色んな記事が出てくるもんね、すごいよ。

数万字の卒論

ところで、1万字を超えるほどの文章を書くことって、人生でなかなかないよなぁなって思っていたのだけど、そういえば1度だけあった。大学の卒論。あれは2~3万字くらい書いたのかな。何を書いたのか全然覚えてないあたり、本当にちゃんと卒論書いたのか怪しいんだけど、ちゃんと卒業はしているし学士とっているわけだから、きっと書いたんだろう。わたしは法学部で民法の中でも特に親族・相続法の専門の先生のゼミにいたから、その辺の分野について調べて書いた気がする。気がするっていうか絶対書いた。被成年後継人の権利について書いた。そうだ、ちゃんと書いた。めっちゃ図書館通って、何冊もの判例集と基本書と専門書引っ張り出してきて、六法片手にあぁでもないこうでもないって文章繋いで書いたんだった。でもあんまり思い入れなさすぎて、書いた論文が載っている論文集、1度も開いたことのないまんま実家に眠っているなぁ。もう一生読み返さないんだろうなって思ったりもして。あの時の数万時は本当に書くのが楽しくなくて苦しかった。よくやったよなぁってすごく思う。っていうかそもそも、卒論をちゃんと書いて提出している大学生みんなえらい。書いててえらい。えらいぞ。せっかく大学行ったんだからそれくらいは書けよって言われるとそれまでかもしれないけれど、でも、あの締め切りに追われながらも論文を書くという経験って、結構達成感を得られて良いのではって感じ。社会人になってからああいう感覚ってなかなか味わって無いなぁ。営業の頃は月末になるといつも胃をキリキリさせながら数字を追っていたけれど、またそれとは違った感覚だもんね。共感してもらえる人がいるのかはわからないけれど。

スタンスの崩壊

とにかく、長文で文章を書くのはその大学の卒論ぶりなわけなんだけど、こうして自分の好きなことを好き放題書くのは、なんと楽しいことか。もうきっと誰も読んでいないんだろうなと思っているから、本当に何でも書けてしまう。っていうかこれを最後まで読んでしまう人とかいるのかな?わたしなら多分読まないな。多分1500字くらいまで読んで、先が長すぎて離脱してしまうと思う。ほら、右端についているバーの小ささ見て、この先に待っている文章の長さとか想像してみたりしてさ。読んでもらうためにはほどほどの長さみたいなのって重要だと思うし。
なんて、さっきまで「誰にも読まれていないスタンスでnote書いている」なんて話をしていたのにも関わらず「読んでもらうためには」とか言っちゃってるんだけど。まぁ、根本のスタンスは何も変わらなくって、自分自身が満足すればそれで良くて、そもそもはそこで。だけど、あわよくば目に留まって読んでくれる優しい人がいるのであれば、そんな人にもすっと読めるような優しい文章をどうせなら書こうって思っている。初めて見た人でも、なんとなくスッと読めるような感じ。

気軽で優しい息継ぎのいらない文章

そういえば以前(って言っても多分1年半くらい前)に、わたしは「息継ぎのいらない文章を書きたい」って書いたのね。何度も何度も息継ぎしなきゃいけないような、読んでいて苦しい文章ではなくって、サラッと一気に読めてしまうような、気軽で優しい文章を。だから、そういうのはすごく意識している。実は何も考えていないようで、いっぱい考えているんだよなぁ、わたし。それをちゃんと言語化していないだけで「ただ書いているだけだよ~」なんて言いつつも、その裏では色んなことを考えて試行錯誤したりしてるんだよな、なんて。1000日更新を達成するまでに、そういうなんとなく感覚でやってきたことを、ちゃんとひとつひとつ言語化して、アウトプットもしたいななんて思っていたりもして。あ、その一環で書いたのが、以前のnoteだったりもするのだけど。

みんなのフォトギャラリーの中からサムネイルに使う写真を選ぶのだって、自分の中で一定の基準がある。「息継ぎのいらない文章を書く」ために、難しい言葉はあえて使わず、誰もが一回で理解できるような言葉選びをしていたり。あえて漢字を開いていて書いている言葉があったり。多分書き出し始めるとキリがなくって。それに、今までに書いてきたnoteの中でも、そういったチップスみたいなものは小出しにしているから、いつかそういったのだけ集めたマガジンにしてみても良いのかもしれないな。なんて「いつかいつか」って思っていたら絶対やらないんだろうなってのが目に見えているんだけど。だって、自分が書いた記事数、700本も超えてるんだもん。ひとつひとつ遡って「この内容だからこのマガジンに入れよう!」なんて作業、多分相当暇じゃないと出来ないよなぁって思っている。

マガジンの作成が実現しない

マガジンと言えば、以前とあるコミュニティのラジオにゲストとして出させていただいた際に、わたしと旦那さんの話になったことがあって。ありがたいことに「あやめしさんと旦那さんの夫婦のファンです!」とか「推し夫婦です!」なんて言ってもらえることも多くって。noteとかTwitterとかに旦那さんとのあれこれを綴った時って、実はいつもよりも反応良いなあってのはわたしもちゃんと実感していて(笑)「もっと旦那さん関連の話読みたい!」なんてリクエストをいただいたこともあるから、今まで書いたそういうわたしと旦那との恋愛の色々の記事をまとめてマガジンにしてみるのってありだよねって話を、そのラジオでしたのね。もうその話をしてから10カ月くらいが経とうとしているのに、まだそのマガジン作成されてないからね。やろうという気持ちはあるんだ、気持ちだけは。まとめるだけなんだけど、どうしてこうもやろうってならないのかなぁ。まぁ、そんなこともあるよね。どれもこれも、気が向いたらやるよ、気が向いたら。やれたらやるって感じ。

プロフィールと仕事依頼記事

「気が向いたら」で思い出したのだけど、わたし、そういえばずっと書こう書こうって思っていた記事があったんだった。それが、自己紹介記事。あの、noteで固定できるやつ。プロフィールと、仕事依頼だっけ。こうしてnoteを書き続けてきて、継続しているけれど見えてる景色って意外と変わんないなぁなんて思ったりもしたけれど、なんだかんだでnoteでのつながりで色んなことをやらせてもらえていて。note以外のところでも文章を書かせてもらえたりとか、まぁ決して多くはないけれど、書いてきた文章が色々あるもんだから、そういうのをまとめたポートフォリオを、ちゃんと作ってみたいな、と。どうやって書いたらいいのか、何をどうまとめたらいいのか、自分の中でまだイメージがついていなくって、色んな人のプロフィール記事だとか仕事依頼記事だとかを読み漁っている。まだ読み漁っている段階で、何も書いてはいないのだけど。

好き勝手の弊害

いつもわたしは行き当たりばったりで文章を綴っているからか、構成を考えるというスキルが圧倒的に不足しているような気がしている。「これについて書いてください」って依頼された時なんかはさすがに行き当たりばったりで書くわけにはいかないから、何とか構成を考えて、だいたいこんな感じで書こうって思うわけなんだけど、なんだろう、ぶっちゃけ、全然楽しくないよね、書いてて。その決められたレールでしか文章書けない感じ、本当にワクワクしないというか。いや依頼された文章で脱線されまくったら困るからちゃんとするんだけど、やっぱり好き勝手書けないと苦しくなってしまう。以前は「文章を書くことを仕事にしたい!」なんて思っていた頃もあったのだけど、いざ色々とやってみると「あぁ、わたしにはこういうのは向いてないのかもしれないなぁ」なんて思ったりもした。わたしはこうしてだらだらと好き勝手に書く自由な文章しか書けない気がする。もしかしたら、しっかりした文章を書きなれていないだけで、練習の数が足りていないだけなのかもしれないけれど。だけど、とにかくどんなことでもちゃんと書いちゃうライターさんたちは本当にすごい。文章を綴るって、大変なお仕事だよ。わたしがこうして楽しく書けているのは、自分自身の道楽であって、仕事ではないからなんだろうな。

余談でできあがっている

わたしが書いている文章って、いつもその場の思いつきだったりするから、「今日はこれを書こう!」って思って書き始めるのに、思っていたのと違うゴールに着地していたりする。「あれ?今日書こうと思っていたテーマと違うな?」なんて、公開してから首を傾げることもしばしば。「本当に書こうと思っていたテーマについてはまた明日にしよう」ってすぐに切り替えるから、なんだか無限にnoteのネタがあるような気がしてならない。書いていると色んなことを考えちゃって、色んなところに思考が回っちゃって、すぐに脱線してしまう。余談ばっかりでいつもnoteが出来上がっている。ほんと、わたしのnoteには余談しか書かれていない。本題はどこにあるんだ。この1万字チャレンジの今書いているnoteだって、ここに来るまでに余談しかしていない。書きながら「あ、そうそう、これ書こう~」とか「思い出した!」とかって、そのまま次の話題にサラッと移って書き進めているもんだから、結局はこれも伝えたい何か大きなテーマなんてあるわけじゃなくって。余談を積み重ねたら1万字になったって何事よ。でもそんな勢いで完成しそうな気がしているよね、ほんと。

ほぼ8割

ちなみに今ここまででもうすでに7900文字。ほぼ8割のところまで来ている。ちなみに今の時刻は20時5分。書き始めたのが18時48分だから、だいたい1時間と20分くらい。あれ、当初の予定では3時間強で書き終える想定だったのに、だいぶ巻いてない?なんて思ったりもして。こうして書いているのが楽しいから、きっとすらすらとタイピングの手が進むんだろうな。

エッセイがとても好き

わたしはもともと文章を書くのがそんなに好きではなかったのだけど、読むのはめっちゃ好きだった。小学生の頃にもうありえないくらいにはまったのが、さくらももこさんのエッセイたちで。多分、初めてエッセイに触れたのが『さくらえび』だったかな。何気ない日常なんだけど、それが文章になったらこんなにも面白くなるんだ、こんなこともまで本になるんだってのが衝撃で。特に何か事件が起きるわけではないけれど、自分の当たり前の日常を文章にするだけで、ひとつの作品になってしまうってのが、わたしの中ではすごく魅力的だった。そこから色んな人のエッセイを読み漁った。多分、今でも、一番好きな本のジャンルは何かと聞かれたら「エッセイ」って答えるんだと思う。そうやって昔からかなりの量を読んできたっていう地盤があるから、今こうしてわたしが日々のあれこれを文章にすることに、何の抵抗もないのかもしれない。ちなみに最近読んで面白かったエッセイは、星野源さんの『そして生活はつづく』。

タイトルめっちゃ難しい

エッセイもそうだし、小説でもnoteの記事でもなんでもそうなんだけど、タイトルつけるのって、すごく難しいなって思っている。本屋さんでも「お!」って思って手に取るのはタイトルだったりするし。ほら『君の膵臓を食べたい』とか初めて見た時のインパクトものすんごかったもんね。インパクトすごすぎて実際に読むまでにすごく躊躇いがあった。カニバリズム的なあれかと思ったもん(笑)
こうして何本もnoteで書いてきてはいるけれど、タイトルの付け方だけはいまいち成長が見られないなって本当に思っている。「あやめしちゃんはタイトルをもう少し工夫したらもっと読まれるようになるよ!」ってアドバイスしてもらったこともあるし、どうすればいいのか自分でも試行錯誤は常にしているつもりではいるのだけど、どうも納得のいくタイトルが今でもつけられない。もしかしたらこれは永遠の課題なのかもしれない。

想定外の佐川とナタデココ

とまぁ、ここまで書いてきて、もう9000字も目前のところ。1万字って、意外とすぐ書けてしまうんだなって思ったのが、今のわたしの率直な感想。全然書くの辛くならなかったし、頭の中で思ったことをそのまんま文章にしているから、途中で手が止まることもほぼなかった。唯一止まったのは、佐川急便のお兄さんが荷物を届けに来た時くらい。大好きなナタデココのヨーグルト味が届いてめっちゃハッピー。多分、旦那が福利厚生か何かのポイントを使って注文したやつっぽい。なんてわたしの好みを熟知した素晴らしいチョイスなんだ!さすが旦那!って、後で彼のことを褒めたたえようと思う。今日のお風呂上りはナタデココ飲むぞ。伊藤園ありがとう。って、そうそう、また脱線してしまった。こうしてここまで書いてきて、そろそろ1万字を書きあげるから締めに入ろうと思っているのだけど、やっぱりどこまでいってもわたしの文章は脱線だらけの余談だらけだった。まさかこのタイミングで佐川から届いたナタデココの話するなんて。自分でも想定外だ。
でも、どんなことでもわたしはそれなりに楽しむ術を持ち合わせていると思っていて。とりあえず進んでみたらなんでもどうにかなると思っている。今のところ書いてきたnoteたちはどれもちゃんと締めくくられていてちゃんと終わっているし、書きっぱなしで放置している下書きはほとんどない。思いついたことや書いてみたことは、ちゃんとひとつの記事として完成させて、アウトプットしている。きっと、やってみればなんとかなるもんなんだよな。それってきっと、文章だけではないはずで。すごく大きな話をしてしまうのだけど、きっと人生もそうだと思っている。始めてしまえば、割となんとかなる。始める前に色んな不安を抱えて、色んなリスクを想定して、何もしないよりは、とりあえず駆け出してしまえば、あとは未来の自分がなんとかしてくれる。そんなもんなんだと思う。だから、わたしはこれからも気楽に書いていくし「きっといつかはなんとかなる」の精神で、毎日楽しく生きていきたいなって思っている。

最後にまとめ

さて、ここまでちゃんと読んでくれた強者は一体何人くらいいるんだろう。例えひとりもいなかったとしても、わたし自身がここまで書いてすごく満足したので、もうそれだけでいいなって思っている。なんなら多分、まだまだ書けそう。余力めっちゃ残ってる。余談なら永遠に書けるような気さえしている。いつか、余談しか書かないエッセイの連載とか、どこかで持たせてもらえないかな。駄文の生成はめっちゃ得意なので。なんて、最後にしれっと書いてみたり。ちなみに現在の時刻は20時28分。まぁ、だいたい1時間40分くらいで1万字を書き上げたって感じかな。やってみたいって思ったことは、やってみるもんだなぁ。意外とやればできるってことが今回わかったので、また気が向いたらやってみようかなって思う。次に気が向くのは一体いつになるのかわからないけれど。

そんなわけで、もしここまでお付き合いいただいた方がいるのであれば、本当にありがとうございました。そんなあなたが大好きです。


今日もおつかれさまでした。



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