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百聞先生は愛猫ノラにいくら貢いだのか?内田百閒「ノラや」より/本の話

内田百閒の「ノラや」を読んで、興味が湧いたことがあるのでちょっと調べてみた。


 それは、百閒先生、ノラの為に結構な金額使ってない?ということ。

 百閒先生がノラを飼っていたのは昭和31年頃の約1年半。その間ノラを溺愛して結構お金を使ってる。洋服を着てる犬に何も感じなくなったくらいペットへの寵愛が深まる昨今だけど、その現代の感覚から言っても結構貢いでる印象がある。
 百聞先生の家には使用人(今でいう家政婦さん)がいたり、握り寿司の出前を毎晩とったりしていて、暮らしぶりはかなりいい印象だった。東京帝国大学卒(百聞先生が入学した1910年は大学進学率の公式の統計がないくらい進学率が低かった頃)、夏目漱石の門下生でもあるエリートなので、かなり裕福だったんだろうと思いながら読んでいたけれど、読後に読んだWikipediaによれば、百閒先生は錬金術と称して終生借金しまくっていたようだ。なんだったら借金のやり繰りエピソードをまとめた「大貧帳」という短編集まである。

 ノラの失踪以降、油断すれば涙がこぼれ、風呂にも入れなくなるほど心身ともに衰弱してしまう繊細さと、借金を錬金術と言って憚らない豪胆さ、この振り幅の大きさは興味深い。 
 ちなみに借金の主な理由は、仕事はしてたけど、収入以上に使っていたことらしい。え?。よくある健康面が理由で仕事ができなかったとか、仕事の口がなかったとか、事業が失敗して借金を背負ったとか、そういったやむを得ないことではないみたい。上記からも察せられるように借金をネガティブに捉えていないことによるみたいだ。

 そんな状況を知ったら、一層気になってきた。借金しながら百閒先生はノラの為においくら貢いでいたのか?

 本文中にみられるノラへのお貢ぎに関する記述をざっと抜き出すとこんな感じ。

ノラ失踪前
①鯵の筒切りを毎日魚屋から買う(ノラのご飯用に)
②二十一円のグワンジイ牛乳を飲ませる(ノラのご飯用に)
③鮨やから毎日握りを取る(握りの卵焼きの部分がノラの好物なので)

ノラ失踪後
④新聞広告を出す(ノラ捜索の為に)
⑤折り込みチラシを撒く 計4回約2万枚(ノラ捜索のために)
⑥英文の折り込みチラシを撒く(ノラ捜索のために) 

全部調べるのは骨が折れそうなので、とりあえず今回はノラ失踪前の3つを私なりに調べてみた。

ちなみにノラが飼われていた当時、1955年、昭和30年ごろはどんな時代だったかというと大体こんな感じ。

・第二次世界大戦が終戦して10年ほど経ち、戦後の混乱が落ち着いてきた頃
・高度経済成長期が始まり
・三種の神器(白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機)が登場
・映画でいうと「となりのトトロ」や「Always3丁目の夕日」くらいの時代


よし、ではサクッと当時の相場を検索して、後は掛け算して合計金額を出していこう。

 私は極ごく簡単に考えていた。当時の物価を調べて現在の金額に換算すればいいじゃん、と。その辺の統計は残っているだろうし、政府の資料とかが公開されているから簡単じゃんって。
 そしてキーボードを叩き、検索を繰り返すこと数回。その考えが安直すぎたことを知った。当時の値段を現代の金額に換算するのは、めちゃくちゃ難しいと。

 まず、手始めに当時の物価を検索。パーんと入力したら自動計算されるフォームとか出てくるかと思いきや、国会図書館のページにあたり、そこのリンクから日本銀行のページへ。https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/business/post_102809  

財(モノ)やサービスの種類によって、価格の上昇率がまちまちであるため、お金の価値を単純に比較することはなかなか困難です。そこで、「今の物価は、昭和40年と比べてどのくらいの水準なのか?」という質問に置き換え、いくつかの数字を使って考えてみましょう。昭和40年当時に1万円で取引されていた物が、現在は何円ぐらいなのか、ということから、大体の価値が見えてきます。

ここでは、企業物価指数および消費者物価指数が1つの参考材料になります。企業物価指数を見ると、令和5年の物価は昭和40年の約2.4倍なので、昭和40年の1万円は令和5年の約2.4万円に相当する計算になります。また、消費者物価指数では約4.5倍なので、約4.5万円に相当するという計算になります(計算式の(1)、(2)を参照)。

このように価格上昇率のモノサシとして何を使うかで計算結果はまちまちですので、あくまでも参考計数として考えてください。

日本銀行

つまり、当時の物価を今に換算するにあたり、参考材料になる指標が2つあると。企業物価指数または消費者物価指数。そう、二つもある!しかも、その二つで上昇率は違うので、どちらで計算するかで結構違ってくるのだそう。

う〜〜ん、どっちがより適しているのかすら分からない。分からないけど、じゃぁどちらも出したらいいかと思う。〇〇円〜〇〇円くらいって出せばいいんじゃなかろうか。OK!ここはそういうことで通過。

次に、先にあげた3つの価格を調べるべく検索してみる。

まずは①鯵の筒切りを毎日魚屋から買う(ノラのご飯用に)

はい、一難去ってまた一難。昭和30年ごろの鯵の値段がなかなか出てこなかった。「昭和30年 鯵 値段」とかで検索するんだけど、ピンポイントでは出てこない。なので「昭和 鮮魚 価格」とか少しずつワードを変えて検索の対象範囲を広げて調べてみる。

経済企画庁 昭和30年 年次経済報告より

 あぁ、、、!惜しいっ!イカもイワシもマグロもあるのに、鯵がない!!!
しかもよくみたら、前年との比率を示してるだけで値段書いてないし。

 そうこうしてたら、途中でとりあえず2023年12月の全国平均は100g128円と分かった。
 しかし、昭和の鯵の値段が出てこない。文献を読み込むほどの熱意はない。むむむ、、、もうかれこれ1時間ほど調べているのに見つけられない。

ちょっともう疲れたなと思っていたら、鯖と塩さけの値段を載せているサイトを見つけた。

昭和30年
鯖 小売 丸 100|匁『もんめ』(約375g) 27円40銭
塩鮭 切り身 100|匁『もんめ』(約375g) 121円

塩鮭めっちゃ高くない?加工してるから?しかも切り身だからか?まぁもうその辺は置いといて、今知りたいのは生あじの筒切りの値段なので、とりあえず鯖を参考に考えを進めてみる。

先ほどの鯵の現在価格と同じページで、2023年12月の鯖の価格は137円との記載あり。鯵は128円。
鯖:鯵=137:128=1:0.934
かなり乱暴だけれど、この比率を、先ほどの昭和30年の鯖価格を用いて計算してみる。つまり、鯖の値段に0.934円かけたのが鯵の価格ということにする。(円以下は計算がめんどくさいので切り捨てる)
27円×0.934=25.218円
うん、もうこれでいいか。鯵の価格は一匁(375g)で25円。これで仮定する。
 はぁ、、、疲れた。先が思いやられる。


②二十一円のグワンジイ牛乳を飲ませる(ノラのご飯用に)
これは、本文中に21円と記載があるのでそのまま採用。
よかった。

③鮨やから毎日握りを取る(握りの卵焼きの部分がノラの好物なので)
「昭和 寿司 値段」で検索すると出てきました。

[寿司]

・『続・値段の明治大正昭和風俗史』(朝日新聞社 1981.10) 337.8/37 p.259「値段のうつりかわり 江戸前寿司」に「並1人前 150円~160円」とある。

レファレンス共同データベース

うん、もうこれでいい。
寿司の値段は、150円で仮定。

やっと、、、3つの価格が出揃った。思った以上に疲れた。普段見慣れない統計の資料をいろいろみた。疲れたけどちょっと面白かった。みてたら思考がどんどん脱線していって散らかるばっかりで、余計にエネルギーを食ってしまった。

①鯵の筒切りを毎日魚屋から買う→当時の価格で25円
②二十一円のグワンジイ牛乳を飲ませる→当時の価格で21円
③鮨やから毎日握りを取る→当時の価格で150円

単純に足し算すると 196円/日

作中の感じでは冷蔵庫はどうやらなさそう。時代的にもなくても不思議でない。なので、たいてい基本的には毎日購入していると考えて良さそう。とはいえ、途中で2〜3回旅行に行っていたりとイレギュラーな日もあるだろうから、、、とりあえず月25回買うとしよう。

1ヶ月にかかる費用は、当時の金額で196円×25日=4,900円
一年半だと4,900円×18ヶ月=88,200円

ここで最初に調べた日銀の物価指数がやっと再登場。

●企業物価指数で換算すると・・・
昭和31年(1956年)  358.0
令和5年(2023年)   876.3

876.3÷358=2.44 ≒約2.5倍

88,200円×2.5=220,500円


●消費者物価指数で換算すると・・・
昭和31年(1956年)  16.6
令和5年(2023年)   106.6

106.6÷16.6=6.42 ≒約6.4倍

88,200円×6.4=564,480円

よって、百閒先生がノラに貢いだ金額を現代の価値に換算すると(私調べによると)、、、

一年半で約220,500円〜564,480円
一ヶ月で約12,250円〜31,360円

やっと、、、出た。
軽い気持ちで調べ始めたら結構な労力がかかった。

そして、思ったよりも安かった。ちょっと残念。
予想では、こんなに、、、っていうのを期待していたので。
私にとっては安いとは思わないけど、現代なら毎月これくらいペットにかけてるお家は全然ありそう。

例えば、中小型犬のトリミング相場は5,000円〜10,000円、大型犬波10,000円〜16,000円。頻度は1ヶ月〜2ヶ月に一度。これに餌代とか加えれば、5,000円くらいはかかるのかもしれない。

とはいえ、これはやっぱり現代の感覚なわけで。当時、それこそ三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)が登場したばかりの時代。ペットにこれだけ投じるのはかなり贅沢なことだったのではないだろうか。

はい。思ったよりも小ぢんまりした着地になりましたが、百聞先生がノラ失踪前に貢いだ金額は以上です。

失踪後に捜索のために投じた金額の方が大きそうだけど、、、、
④新聞広告を出す(ノラ捜索の為に)
⑤折り込みチラシを撒く 計4回約2万枚(ノラ捜索のために)
⑥英文の折り込みチラシを撒く(ノラ捜索のために) 

これは物価よりも更に大変そうなので、、、やめときます。

今回の記事の要点をまとめると、
・当時の価値を現代の価値に換算するのは一筋縄じゃない。
・貢いでいた金額自体はそうでもなかったけれど、当時にすればかなり贅沢だったと思われる
・失踪前より失踪後の捜索にかけた金額の方が大きそう

以上です。

疲れた〜〜〜。


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