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ワニのお気持ち

3か月に1回、歯医者さんで歯のクリーニングをしてもらう。

口を随分長いこと開けていなければいけないのは少々辛いが、自分に優しいことをしているという気持ちで満たされる場面ではある。ので、余程のことがない限り、続けていきたいと思っている。


ところで、口を長いこと開けていると、ワニのような、カバのような、何とも言えない気持ちになる。歯医者さんに促されて、あんぐりと口を開ける私。正体の分からない機器で口の中をいじくり回されている姿を、客観視してみると何だかおかしく、情けなくもある。


ワニと歯医者さんが登場する絵本を思い出す。ワニは、虫歯を削ってもらわなければいけないことに怯えている。医者の方も、鋭利な歯を持つワニを診なければいけないことにおっかなびっくりである。双方、別のベクトルで恐怖を感じながら治療が進められる。最後の方で、とうとう痛みに耐えきれなくなったワニが、医者の腕をガブッと噛んでしまう、医者が大層痛がる、みたいな話だったと思う。


または、小鳥に歯の食べかすを取ってもらうことに甘んじる、ジャングルのワニのことを思い出す。ワニの歯は清潔になり、小鳥はお腹いっぱいになる。何て理想的な関係なんだろう。でも、ワニが気分で口を閉じちゃうことはないのだろうか。真っ暗な口の中に閉じ込められた小鳥の運命やいかに。

さいわい、私はワニでもなければ小鳥でもない。食べかすは自分で取れるし、人の食べかすを狙わなくても生きていける。人間でよかった。


そんなことを考えていたのに、ふと我に返って、あご周りの筋肉が疲れていることに気づいてしまう。呼吸したい素振りが、分かりやすく出てしまう。歯医者さんが「ごめんなさいねー。もう少しですからね」と子供をあやすような声音で注意喚起してくれる。


大人の方が、自身の情けなさを知ることに臆病だから、そっとフォローしてくれるのはとてもありがたいことだ。いい歯医者さんを見つけた。


歯医者さんに行くと、毎回、ワニのお気持ちになる。

至極安全な、ワニの気持ちだ。

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