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しわよせの話。

静かな番組が好きだ。平日は大体、9時からNHKのニュース、続けて10時からクローズアップ現代を見ていることが多い。しかしこのクロ現、たまにとんでもなく重く、日本や世界の闇を凝縮したテーマを扱う。

今日は『核のごみと住民の分断』回だった。


原子力発電をやめない限り、発生し続ける「核のごみ」。現在は電力の6%を占める原子力だが、国は2030年度には20%台にする方針を固めている。

「核のごみ」は、発電で使い終わった核燃料を指す。もちろん、放射性廃棄物のなかで、最も放射能レベルが高い。使用済み核燃料から再利用できるプルトニウムなどを取り出し、残った廃液をステンレス製の容器に流し込んで固めたものが、「核のごみ」だ。

「核のごみ」の放射能レベルはとてつもなく高い。できたての時には、近寄ると20秒ぐらいで人が死んでしまうぐらいの強い放射線が出ている。放射線が安全なレベルまで下がるには、10万年かかるらしい。10万年て。なんちゅう恐ろしいもんに手を出してしまったんや、人間は。


日本において、核のごみの「最終処分場」は、現在まで確定していない。性質上、慎重にことを運ぶ必要があるため、欧米諸国においてもまだ完成した処分場はないらしい。

この最終処分場の建設に向けて、1つめの段階である「文献調査」を全国で初めて受け入れたのが、北海道の寿都町だ。町長選挙の結果、推進派が勝利を収めたが、僅差での当選だった。

町長、東電が出資するNUMO、推進派の住民、反対派の住民。

町長とNUMOが、住民向けに開いた説明会では、推進派と反対派が主張をぶつけ合い、溝が深まるばかりである様子が映される。2回目の説明会には、反対派の住民はほぼ参加しなかったという。

町長が「文献調査」に応募することを決めたのは、協力することで国から莫大な交付金がもらえるからだ。町の主要産業だった漁業では収穫量が減り、人口も減り続けている。お金を得るにはきれいごとではダメだ、というのが彼の主張だ。

第1段階「文献調査」を受け入れると20億円、第2段階の「概要調査」を受け入れると70億円の交付金が得られる。最終的に処分場建設には至らなくても、その過程で得られた交付金は国に返還する必要がない。

寿都町が初めに手を挙げることで他の多数の市町村も応募するだろう。「文献調査」を受け入れるからといって、必ずしも寿都町に処分場が建設されるわけではない。そう説明する町長だが、どうも歯切れが悪く、反対派の住民からすれば誠実な態度には見えないだろうと思える。


1960年代から使われ始めた原発。増え続けるエネルギー需要に応えつつ、石油依存から脱するために見出した起死回生の発電方法。過去数十年、「とりあえず今は先延ばしするしかない」と見送り続けられてきた、とんでもなく厄介な代物。

原発から他の持続可能なエネルギーへの転換は、どうやったって不可能なのだろうか。本当は限りある資源なのに、まるで空気のように存分に消費されている電力。人口減少していく分、必要な電力も徐々に減っていくだろうが、それはまだ先の長い話だ。1億2000万人前後を養っていくには、原発を再稼働させなければならなかった。

都会のラグジュアリーな消費生活を、交付金欲しさに応募した過疎地域が支えているという構図。財政難に苦しむ地域は多く、これからも増え続けるだろう。原子力発電所は、中央には存在しない。都会に住む人たちや権力者とは直接関わりのない遠いところで、大変な危険を承知のうえで、結果的に土地を差し出している人たちがいる。関西に住む私も、上澄みの旨い汁だけを吸っているような、快適な部分だけを享受しているような、そんな後味の悪さを覚えることがある。


少し前、フレデリック・ワイズマン監督の『ボストン市庁舎』を観てきた。地方自治体の多岐にわたる業務や、そこに携わる人々にカメラを向け、「人々がともに幸せに暮らしていくために、なぜ行政が必要なのか」を描いたドキュメンタリー映画だ。

所感はまた別の回で書きたいと思うが、大麻ショップの建設をめぐって、業者、市担当者、地域コミュニティとの間で話し合いがもたれるシーンがあった。住民に不利益がもたされるであろう大麻ショップをめぐって、住民から様々な反対意見が出る。業者が思わず「開業するために、ボストン市から求められて集会を開いているだけなんだ」とこぼしてしまうくらいには、住民によって激しく紛糾される場面もあった。結局1回目の集会では場はまとまらず、むしろ後退している風向きすら感じられた。しかし、対話の場が閉ざされてはいないことは確かだった。「これからも集会は開いていく」という業者の発言があり、この集会のシーンは閉じられる。


クロ現を見ながら、ふとこのシーンを思い出した。対話は、おたがいに相手の意見を頭ごなしに否定するのではなく、意識的に聞き入れようとしないと成立しない。今回のケースは、より深刻な議題ではあるけれども。

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