見出し画像

要らないものかどうか、こちらが決めることではない、気がするはなし。


冬に出産予定の友人がいる。

「コロナに感染されたら、ご自宅での出産になるかもしれません」と、本気のトーンで医者から言われているらしい。万が一、自分から感染させてしまうようなことがあっては恐ろしいので、出産を終えて落ち着いてきた頃に会おう、ということになっている。


一足先に贈り物だけ送ってしまおうか、会ったときに改めて渡そうか。
迷いながら色々調べていると、妊娠線予防クリームなるものに行き着いた。

急激な体型の変化に皮膚が追いつかず、主に腹部などがひび割れたようになる妊娠線は、多くの妊婦にとっての悩み事らしい(ネット調べによる)。
そこで、予防クリームおよびオイルが登場する。妊娠中、きちんと塗り込んでおくことで皮膚が柔らかくなり、線を目立たないようにできる、というわけだ。これまで自分の目に止まらなかっただけで、様々なお悩み対応グッズが出番を待っているんだな、と思う。



でもそれって、他人がプレゼントするものだろうか、と私は立ち止まる。



まず、妊娠・出産というものは、個々人にとって、きわめて個人的な経験であるはずだ。有史以来、幾度となく繰り返されてきた事象ではあるし、調べれば際限なく先輩の経験談を読むことはできるけれども、それと、これとは別の話だ。

多くの妊婦が悩むことであっても、彼女もそうとは限らない。
いくら友人のことでも、妊娠線という存在をどのように捉えるか、なんて分かるはずもない(もちろん聞けばすぐ分かるけれども)。

我が子が、確かにお腹の中で育まれていたこと。約10ヶ月間、かつてないほど自身の身体や行動に気を遣いながら、共に旅をしてきたことの証。
そういう風に捉える可能性だって、十分にあるんじゃないだろうか。


次に、他人の身体のことについてお節介なんじゃないか、という心配だ。

体重が多く見える人に、ダイエット本を渡す。顔色があまり良くない人に、サプリをすすめてみる。

関係性にもよることは間違いないが、そんなセンシティブさをはらんでいるように思えてしまう。

善意であれ、悪意であれ、人の身体について、他人が口を出すのはとても難しいことだ。会社でもテレビでもどこでも、人の身体の変化について、あまりにカジュアルに触れられる場面に出くわすが、本来、他人がとやかく口を出すような事柄ではない。

そして、仮にもし彼女が妊娠線を予防したい、となったならば、価格帯からして、自身で気軽に入手できるものだしな、と思う。


そんなこんなで、妊娠線予防クリームは、プレゼント候補から外すことになりそうだ。スープストックトーキョーの冷凍スープでもいいし、赤ちゃん用の歯ブラシといった消耗品でもいいかもしれない。


とりあえず、プレゼント選びは保留だ。

人にものを贈るということは、年を重ねるほど色んなことを考えてしまって、難しくなっちゃうんだな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?