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ボルドーの銘醸ワイン「シャトー・パプ・クレマン」の生誕770年@パリ3つ星「ルドワイヤン」 フランスの週刊フードニュース 2022.11.24

今週のひとこと

パリ・シャンゼリゼ大通りにある3つ星レストラン「ルドワイヤン」にて、歴史的なボルドーの銘醸ワイン「シャトー・パプ・クレマン」の生誕770年を祝うイベントが開催され、垂直の試飲会と昼食会に参加するという僥倖にあずかりました。

「シャトー・パプ・クレマン」は、ボルドーで最も古いグラン・クリュの1つで、ペサック・レオニャン地区を代表するシャトーです。その葡萄畑は、1250年にド・ゴス家によって開拓され、最初の収穫は1252年。今年は770年目の収穫を迎えたという記念すべき年になったのです。

1980年より「シャトー・パプ・クレマン」のオーナーとなった、ボルドーワイン界における主要人物の1人Bernard Magrez氏がこのイベントのホストで、今年86歳になられますが、その立ち姿の美しさには、感銘を受けました。

「シャトー・パプ・クレマン」の歴史を振り返りますと、その名前は、のちにこの畑の所有者となった、クレマンス教皇(フランス語ではパプ・クレマン)に由来します。クレマンス教皇はクレマンス5世の名で知られ、「ド・ゴス家」の子供の一人でした。

1299年にはボルドーの大司教となって、のちにクレメンス5世となりましたが、ブドウの栽培にも力を入れて、領地の設備や管理に自ら携わるようになったということでした。特に有名なのは、畑仕事を容易にするために、ブドウの木を列植することを思いついた、という偉業です。

ローヌ渓谷とアヴィニョンのブドウ栽培の発展にも大きく貢献したということで、シャトーヌフ・デュ・パプなどが、世界最高峰のワインと呼ばれるのも、このクレマンス5世の情熱なしには語れないのです。

絶対王政へと向かう中央集権制へと導いた当時のフランス王フィリップ4世は、当然のようにローマ教皇と対立することになるのですが、そうした時代にあって、1309年から始まる「アヴィニョン捕囚」の時代で、ローマに入ることなく、南仏のアヴィニヨンに移された初めてのアヴィニョン教皇であったことも忘れてはならない、時代の節目だったでしょう。フィリップ4世に背くことはできず、テンプル騎士団の壊滅にも従わざるを得なかったなど、血塗られた判断の葛藤を背景に、ワインへの情熱を燃やしていったという心情もあったかもしれません。

こうした歴史を背負ったシャトーにBernard Magrez氏が魅せられたのは、当然のことだったかもしれません。

Magrez氏は、グラン・ゼコールを卒業してもなければ、ノコギリ製造工としての職業資格しか持っていない。しかし未来を見る嗅覚には人一倍優れて、一代で1つの城を築き上げた方です。
ワイン商として大量販売を成功させたのちに、高級ワインへと転換し、その皮切りの買収がこの「シャトー・パプ・クレマン」でした。その後、サンテミリオンのグラン・クリュChâteau Fombrauge、メドックのグラン・クリュ1855Château La Tour Carnetを取得し、そのあとも、ボルドーの名高い18軒のエステートを買収。世界中にその食指を伸ばして、今や43もの葡萄畑を所有しているといいます。最近では、クラフトビールの統合にも力を入れており、その先を見る力は衰えていません。

Magrez氏は芸術家たちの支援にも力を注いでおり、2011年には芸術的後援を目的とした「ベルナール・マグレ文化学院」を設立しています。

昔からアートにも情熱を傾け、とくに動物のブロンズ像の蒐集家でもあるというMagrez氏。いままでにたくさんの作品に惚れ、手に入れてきたが、その中で「失敗もしたし、騙されたこともあった」と。それでも、すべて手放さず、手元に置いているということです。その理由は「自分の失敗を、良い選択と同じくらい興味をもって考察したいのです。それこそが人生の学びなのですから。」

「ベルナール・マグレ文化学院」では、自らも愛する弦楽器を購入し、未来のある才能のある音楽家に託しています。「シャトー・パプ・クレマンのカルテット」もその活動の中で立ち上げており、この度の昼食会の余興として、ミニ演奏会も開かれました。1713年製ストラディバリウス、1660年製カッシーニ・ヴィオラ、ニコラス・リュポー制作1795年製ヴァイオリン、フェルナン・ガリアーノ制作のチェロ。4人の奏者が世界最高峰といっていい稀なる楽器を披露したピアソラの「リベルタンゴ」は、心の琴線に触れる、何重にも重なりあうような音色であり、人生において忘れられない余韻となりました。

Magrez氏が追い求めるロマンに触れた気がし、ふと思い浮かべたのはケリングの創業者フランソワ・ピノー氏のことでした。後で調べてみると、なんと驚いたことにBernard Magrez氏ととは接点があったのです。同い年で13歳の時に、製材工場に見習いに出されたが、ピノー氏も同宿だったということです。 ピノー氏もしかりで、立派な教育は得ていませんが、フランス切っての実業家であり、ケリンググループを一代で世界規模とした。フランソワ・ピノー氏もメセナ活動で有名で、最近では旧パリ商品取引所を自身の現代美術のコレクションを展示する美術館をオープンしたことでも知られています。

人生における情熱や叡智、無論人生もはかないものであるということを、厳しさの中で学んできたからこそ、それに永遠なる力を与えたいと思う2人。ワインと音楽という一瞬に放たれる儚さが、永劫になるということ。クレメンス5世に遡る770年にわたる歴史は、途方もない人間のロマンによって彩られて、時代を超えて未来永劫に続いていくだろうと感じました。

今週のトピックスは、今週のひとことの後に掲載しています。食の現場から政治まで、フランスの食に関わる人々の動向から、近未来を眺めることができると、常に感じています。食を通した次の時代を考える方々へ、毎週フランスの食事情に触れることのできるトピックスを選んで掲載しています。どうぞご参考にされてください。来週からは師走。引き続き、忙しさに押されぬよう、情報には常にアンテナを立て、いろいろな方々にも会ってまいりたいと思います。【A】またもや新しいフードコートがパリに誕生。【B】フランスのピザハウス店「Del Arte」の画期的なキャンペーン。【C】新しい肉代替品のスタートアップ、フランスに上陸。【C】新しい肉代替品のスタートアップ、フランスに上陸。

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