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名シェフ、パスカル・バルボー@パリのビストロ フランスの食関連ニュース 2021.10.13

今週のひとこと

世界にその名を轟かせたパリ16区のレストラン「Astrance」。料理人のパスカル・バルボーとサービスのクリストフ・ロアが2000年にオープンした店で、パスカルの緻密でデリケートな創作料理はすぐに評判となりました。オープンして7年という短期間で3つ星獲得。それから10年以上順風満帆だったのにも拘らず、2019年に2つ星に降格。顧客は多く、不満の声が多く寄せられましたが、その後、以前から検討していたという移転を発表。場所は故ジョエル・ロブション氏の名店、やはりパリ16区の「ジャマン」だというので、これからの挑戦に期待が寄せられています。しかし、パンデミックという不測の事態に巻き込まれ、オープンの時が読めない中、工事を終え、今夏以降に再オープンするはずでした。今年に入ってからは、バレンタインデーなどのイベント毎に、デリバリーサービスにも挑戦してきました。ところが、工事の問題で、オープンは2022年に入ってからに延期。状況もまだ見通せず、8区にオープンしたばかりのビストロ「Céna」に、「Astrance」が招待されることになりました。パスカルは、マルシェの素材を使用したビストロ料理を、先週から提供しています。「Céna」側は、就任するはずだったシェフが、自身のプロジェクトが前進したために、ポストを辞退したばかりというタイミング。ちなみに「Céna」のオーナーは、パリでいくつかのレストランやホテルを展開する経営者 David Lanherで、 アラン・デュカスの元パートナーであるLaurent Plantierも関わっています。

年末までは確実に、来年もオープンが決定するまで、パスカルはCénaで料理を作るということ。久々にパスカルの料理をいただきに足を運んできました。

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ラルドを乗せた、季節のきのこのフリカッセ。黄身とヴァン・ジョーヌの、きのこに粘りを与えるだけにした程よいリエの量の調整といい、味わいを引き立てるだけの燻製塩の調味といい、文句なしの上質なフリカッセ。

深海魚マゼランアイナメ大麦味噌漬のソテーには、コシヒカリの米、醤油風味のブール・ブランを添えています。銀ダラに似た弾力ある食感のマゼランアイナメの表面をキャラメリゼした加熱調理も完璧でしたが、お米の炊き具合には脱帽してしまいました。日本人が炊いてもここまでとはいかない。寿司のシャリのようにまとめた米粒が一粒ずつ立ち、空気を纏っているのはもちろん、芯はもちろんないが、硬さのちょうど良い炊き具合。噛み締めた時の甘みも素晴らしい。パスカルに聞くと、販売してくれているお店に頼み、2週間ほどかけてさまざまなテストをして、磨き具合も7割6割と指示をして出してもらったそう。普通はココットで炊くが、今回は炊飯器で対応。少量ずつ炊いて、味わいのバランスが崩れないように心がけている、などのこだわり。

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またデザートのコミース品種洋梨のタルトレットでは、上に乗せたフレッシュな洋梨と中に入れて焼いた洋梨のジューシーさのマリアージュ、さっくりと焼き上げられたサブレの頃合いにも感激。サブレ生地には酵母を加え、サクサクとさせ、洋梨のちょうどよい厚みにもこだわったとシェフ。

パスカルと、茶の間に飾る椿一輪の美しさについて、話したことがありましたが、日本の侘び寂びを深く愛でる感性の持ち主だからこそ、この繊細なこだわりがあるのだということを、改めて感得しました。よく知られた逸話ですが、映画監督の黒澤明が、決して開けることのない箪笥にも、常に着物を入れていたということ。思いは映らなくとも滲み出る。そうしたこだわりの集大成こそが大作を生んだのだと思います。パスカルの料理も、見えないこだわりが積み重なった大作でした。そして、なによりも感動したのは、パスカル自身がお客のもとにソースを添えに行ったり、説明をしたりと忙しく店内を立ち回っていました。見受けたところ、おそらく、もと3つ星シェフのパスカルだということを気づかないで食事にきたCénaのお客が大半でしたが、前のめりになって、お客に説明するパスカルの情熱と楽しそうな笑顔とは、一生においても忘れられない姿でした。レストランの醍醐味とはなにかを思い起こさせてくれたひととき。

またグルノーブル出身だという若きソムリエをはじめ、キッチンのAstrance側の料理をサービスするCénaのチームにもブラボー。グランターブルと同等ともいえるもてなしに、この厳しい時代、継承する若者たちの情熱は健在で、パリにおけるフランス料理の未来も、捨てたものではないなと改めて感じました。


今週のトピックスは今週のひとことのあとに掲載しています。ご笑覧いただけましたら幸いです。【A】フランス初のベジ&エシカルデリバリープラットフォーム、拡大中。【B】ブランジュリーで季節ごとの招待パティシエをイベントに。【C】アメリカ初の3つ星女性シェフ、パリに進出予定。【D】人気パティシエ、セドリック・グロレ、ロンドンに初の海外店オープン。【E】今年のバゲット賞とユネスコ登録申請。

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