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野ばら―小川未明童話集

■ 感想

「野ばら―小川未明童話集」(画)茂田井武(童心社)P93

「野ばら」「月夜と眼鏡」などを含む8つの物語が収録された小川未明童話集。

反戦の想いが込められた「野ばら」は、終息をみない数々の戦争が暗い影を落とす現在、静かに読み広がって欲しい名作。大きな国と小さな国、隣り合う両国の間に作られた石碑を守る役目として派遣されたそれぞれの国の兵士がふたり。大きな国の老兵士と小さな国の青年兵士は互いに敵味方と思うことなく、野ばらが咲き、みつばちが飛びかう羽音が心地よい春のうららかな日々を、将棋をしながら過ごしていた。

しかし次の春ふたつの国に戦争が始まり、青年はずっと北の戦地へ、残された老人はその日から青年の身を案じながら国境に座り続けた。不安なままに時は流れ、老人はある日通りがかった旅人に線状を訪ねる…。

権力を持った人たちの意志で戦争は理不尽にも突然始まり、戦争を始めようとは考えもしなかった人たちの仲を裂き、命を奪っていく。共に平和を祈り友情を育んだ人たちと、枯れた野ばらに込められた想いが胸を締め付ける、美しく切ない傑作。

みつばちが葉陰で楽しい夢を見る月の夜、おばあさんに起きた出来事を描く「月夜と眼鏡」。夜遅く訪れた眼鏡売りからは素敵な眼鏡を買い、ケガをした女の子は手当をしてほしいという。痛そうな怪我をした女の子の治療をしようと招き入れると、月夜の下で本当の姿が浮かび上がり…。水のように月の青い光が流れ、垣根には白い野ばらがこんもりと雪のように咲く月夜が見せた胡蝶の夢の幻想に心が解ける。

花や虫、月や雪など、自然から享受する幸福を巧みに取り入れ描かれることの多い未明の作品たち。始まりは小説家だったが、恩師である島村抱月に「君の資質は少年文学に向いている」と評されたことで童話の試作を始め、自己の天分は童話文学にあると気付き小説の筆を折った未明と、注文が増えるままに童画作家と呼ばれる画家となっていった茂田井の美しい結晶をこうしていつも手にとることができる幸せを改めて噛みしめた。

子供の視点で楽しむ未明と、大人になって出会い直す未明。どちらも素晴らしかったが、老境で出会う未明もまた格別な感慨を運んでくれるに違いない。

■ 漂流図書

■ton paris|茂田井武

昔この本を読んだことで知った、茂田井さんと大杉栄。

「ton paris」は働きながら絵を描き続けた頃のパリを描いた画帖。茂田井さん特有の詩情溢れる筆遣いで描かれるパリが魅力的。

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