見出し画像

むかしむかしあるところに

■ 感想

「むかしむかしあるところに」楠山正雄(装幀・画)島田光雄(編)田中和雄(童話屋)P189

改めて楠山文学の面白さと時代の愛おしさを感じる本書。小さい子に読み聞かせるやさしくゆったりとした語り口が特徴的で、会話としては少し違和感を感じる程に丁寧な事が多いのも他の物語とは違う独特の空気を感じられて心地良く、幼い頃に父が読んでくれた声を思い出す。

「猿蟹合戦」の敵討ち四人衆、楠山訳では栗、蜂、昆布、臼の体制で、日本昔ばなしでの「牛の糞どん」は存在せず、昆布のぬるぬるで転ぶ衛生面配慮ver。子蟹の為の復讐劇のパーティ編成も時代で編隊するところも面白く、一体どれだけのパターンがあるのか全て読んでみたい。

結末も「殺す」→「懲らしめられて逃げていく」→「懲らしめられて反省した猿は蟹一家に謝罪し、皆で仲良く柿を食べる和解」と、平和的解決に変貌。「和解!!」と書かれた白い紙を涙ながらに掲げる猿くんが浮かんでちょっと笑ってしまうけれど、そうだ、平和が一番だ。でも牛の糞くんはパーティに入れてあげて!と個人的には牛の糞くん派。芥川の「猿蟹」その後の短篇ではどんな復讐部隊だったか記憶が朧なので近々読み返したい。

「浦島太郎」は色んな考察ができるのが面白い物語だと思っていたけれど、この楠山版では乙姫様が持たせる玉手箱の中には一体何が入っていたのかという、桃太郎の疑問へのひとつの回答があるのも興味深く、これまた記憶が朧となってしまっている太宰版「浦島」や、日和聡子さん「うらしま」の再読と合わせて様々な資料を探してみたい。

そして、突っ込み所も深掘りしたい所も満載な「桃太郎」。15歳となった桃太郎は日本で最早敵なしの無双状態なので外国に出かけて力試しがしたくなり、方々の島を巡ってきた人から「何年も何年も舟を漕いで行くと遠い海の果てに鬼ヶ島という島があり、悪い鬼どもが世界中から掠め取った宝物を守っている」と聞き、鬼ヶ島へ鬼を征伐に行くことを決意。

いざ鬼ヶ島へ。よっ、桃太郎屋!パーティは、犬、猿、雉の定番バージョン。舟に乗り込むと犬が「わたしは漕ぎ手になりましょう」と立候補。え、まさかの犬かきで鬼ヶ島!?不安になる読者をよそに、1匹の犬による犬かきのはずが、稲妻が走るように目の回る速さで舟は進み、ほんの2.3時間で鬼ヶ島に到着!何年もかかるはず…だけど、聞き違いだったのか、タイパという時代を先取した物語展開なのか。

そして「日本の桃太郎さんがお前たちを征伐においでになったのだぞ。あけろ、あけろ!」と高らかに宣言。征伐と云われて素直に開けるのか問題。鬼たちは震えあがって逃げだし、桃太郎は鬼の大将の背に馬乗りになり「どうだ、これでも降参しないか」と叫ぶ。鬼勢全面降伏。命だけは取らないものの、お宝は残らず舟に積み込みいざ帰郷。

帰りはお宝分また重くなっているはずが、一層早く舟は走り、間もなく日本に到着。青々と晴れ上がった空に轟く桃太郎の声。

「どうだ、鬼征伐は面白かったな」

おっにたーいじ、おにおにたーいじ。

宝を取られた人たちに返してあげることもなく宝の所有者が、鬼→桃太郎、と移り変わっただけの武勇伝。でんでんででんでん。めでたし、めでたし………。

気を取り直して?初めて読んだ「たにしの出世」。貧しい暮らしをしている夫婦は、だんだん年を取り毎日働くのが苦しくなってきたので、水神さまのお社で「どうぞ子どもをひとりお授け下さい。子どもであれば蛙の子でもつぶの子でもよろしゅうございます」と祈った。

するとある日急に体中がむずむずして、赤ちゃんが生みたくなりました。「生 み た く な り ま し た」意識の問題!?そして転げるように生まれた、石のように小さく丸っこい、たにしの子。まさかの超展開。しかし、そこは昔ばなし。無粋な突っ込みなど無用の世界。不思議な展開は続きハッピーエンドとなっていくので、結末が気になる方は是非。

無粋にも突っ込みまくってますが、楠山訳、本当に大好きです。民俗学の父・柳田國男さんや楠山さんのおかげで幼少期から土着の不思議な魅力に魅せられ、大人になってなおその奥深さを愉しませてもらえる幸せ。これからもどんどん掘り下げていきたい。

■ 漂流図書

■日本童話宝玉集(上・下)/楠山正雄

民俗学とも通じる沢山の再話たちが収められ大正の時代に刊行された「日本童話宝玉集」初版上下巻。

そのお宝本である冨山房版が今年めでたく復刻されので、これから読み進めるのがとても楽しみ。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?