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陰獣

■ 感想

「陰獣」江戸川乱歩(春陽堂)P191

お人よしで善人な探偵小説家・寒川が、悪夢的で忘れがたい白昼夢のような事件の全容を回顧し語っていく、耽美で倒錯的な愛憎のミステリー。

訪れた博物館で寒川は、睫毛の長い夢みるような眼差しと、人魚のように優艶な膚を持った自著の愛読者であるという美しい女性・小山田静子と出会い、心配事を打ち明けられたことを発端に恐ろしい事件へと導かれていく。ある日静子の元に実業家・小山田六郎の妻となる前の女学生時代に恋の真似事をした相手・平田一郎から、自らを捨てた静子への復讐を宣言する手紙が届いた。

執拗に静子の行方を捜し、今は身近に迫りいつも彼女の近くで見ていることを証明する描写もあり、静子は恐怖から警察に相談したくとも主人に結婚前の交際を知られる訳にはいかないので誰にも相談できずに困っているという。今の時代であればなんと陳腐な常套句と鼻白む場面も、乱歩の陰鬱としながらもどこかしら軽快で蠱惑的な筆致で読むとぞくぞくするような心愉しさがあり、現代では味わえない高揚と没入感で現し世の夢を見せてくれる。

犯罪者の心理をねちねちと描く小説家・大江春泥のモデルが乱歩であり、その大江を嫌う語り手・寒川の大江作品の評価として、彼はなにかしら燃えたたぬ隠火のような情熱を持ち、得体の知れぬ魅力が読者の心を捉えたと、自らの読者評を的確に書いているのも可笑し味があり自虐的でもあり面白い。作中に自著である「屋根裏の散歩者」や「D坂の殺人事件」「パノラマ島奇談」などが登場してくる悪戯なサービス精神も嬉しい。

「陰獣」の他にも「盗難」「踊る一寸法師」「覆面の舞踏会」が収録され、シニカルな笑いとゾッとするような破局を堪能できる。見世物小屋の一座の皆からからかわれている一寸法師の緑さんを描く「踊る一寸法師」は、どんな時も笑顔を絶やさなかった緑さんの胸の内から怪物が生まれる瞬間の狂気と解放が月明かりの中で恐ろしくも美しい影絵となり、短編ながら最高濃度でトラウマ級の余韻を残す。その背後で大好きなバンド・人間椅子が歌う「踊る一寸法師」の

「かごめかごめで 血色に染まれ 闇に融けゆく影法師ひとつ 人の道から外れて伸びろ」

が脳内再生され、水のような月光が真っ黒に浮き上がらせる踊る一寸法師の影法師の情景は、目を逸らしたくもそれを許さない。緑さんの切ない狂気がいつまでも忘れがたい。

■ 漂流図書

■屋根裏の散歩者|江戸川乱歩

「陰獣」の作中には乱歩の「屋根裏の散歩者」や「D坂の殺人事件」「パノラマ島奇談」などがタイトルだけでなく、事件の其処彼処にセルフオマージュするかのように散りばめられている。

「陰獣」全体を包む「屋根裏の散歩者」を久しぶりに再読したい。

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