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金色の髪の恋人

抱き締めると、彼女の金色の髪が柔らかく俺の頬をくすぐった。
彼女からは、お日様のような甘い香りがする。

「そうた」

俺の名前を甘えるような声で呼びながら、彼女も俺の身体に腕を絡ませて・・・・・・やおら背中や脇腹をくすぐってくる。

「やめなさい」

こそばゆくて、思わず背中で悪戯を始めた彼女の手を掴んだ。

「雰囲気、台無しだぞ。。。」
「ごめんごめん」

彼女は謝りながらもちっとも悪びれず、面白そうに笑っている。その笑顔はまるでおひさまに愛された天使のように眩しいのに、今の俺には小悪魔にすら見える。

呆れ顔でため息をつきながら、彼女に覆いかぶさっていた身体を反転させ、ゴロンとベッドに寝転んだ。いや、呆れて見せているけれど、本当はそんな愛嬌のある悪戯っ子な彼女に夢中で、実はこういう時間すらも幸せに感じている。

「なぁ、ちょっと聞いてもいいか?」

横で楽しそうにタオルケットをかぶって微笑んでいる彼女の、金色の髪の毛を指先に絡めとりながら、俺はそう声をかけた。

「なぁに?」
「どうして、この髪の色にしているの?」

彼女は金髪だが、生粋の日本人だ。生まれつきこの色のはずはないし、よくよく顔を近づけて見れば、根元にはしっかり黒い毛が生えてきているし、もちろんまつ毛など他の体毛も黒い。俺は出会った時からそれが気になっていた。茶色の髪色にしている、くらいなら良くある話だけれど、何故こんなにも金色にしているのか。この色を維持するのはとても大変ではないのか、と。

「ふぅん、どうして気になるの?」

彼女は真顔になって、自分の毛先をいじる俺の指を見つめ、ちょんと人差し指の先で弾いてきた。

「いや、生え際から黒い髪が生えてきたら目立つだろう? でも、いつ見ても金色の髪をしているから、随分こまめに手入れしているんだなって思ってた。手間がかかって大変なんじゃないか。」

「そうね。」

彼女はそう呟くと、静かに目を伏せた。先ほど俺の脇腹をくすぐって喜んでいた天使と、同一人物とは思えないほど静かな表情をしていた。

「もしかして、聞かれたくない理由があったか?」

彼女の表情を見ていたら、自然とそんな言葉が零れでていた。

「うん。まぁ、ね。」

彼女は伏せた目を静かに上げて俺に視線を向けてきた。じっと何かを考えるような、海の底みたいな視線に思わず黙ってしまった俺の手を、彼女はゆっくりと握った。

「そうたにだったら、話してもいいかな。」

そう言った彼女の瞳は、俺を見つめているようでどこか遠くの・・・まるで過去を見ているようだった。

「私ね、子どもの頃、おかっぱ頭だったのよ。」

そう、彼女はぽつりと話し始めた。まつ毛が長くて丸顔で愛らしい彼女はきっと、子どもの頃もまるでお人形のように可愛かったことだろう。

「でね、子供の頃って毎年、夏休みには親戚みんなでおばあちゃんちに集まってたのね。」

うんうん、ありがちだ。でも、どうして「おじいちゃんおばあちゃんの家」なのに、孫というものは大抵「おばあちゃんちに行ってきた」って言うのだろうかと俺は考えていた。おじいちゃんの存在感のなさは、男の俺には明日は我が身でちょっと悲しい。

俺の脳内では派手に話が脱線していたが、彼女はそんな脱線などつゆ知らずで話を続けた。

「ある年の夏、夜にテレビで怪談番組やっててね。その時、何かで座敷童子を扱ったの。その座敷童子の髪型が、当時の私と同じ髪型だったのね。」

もう、ここまで話した段階で彼女の声に涙が混じり始めていた。俺は薄々展開が読めてきた。だが、ここは俺の脳内で脱線している場合ではない。彼女は周りくどい話はせずに、直球で本題に切り込む性格なのだ。

「でさ、一緒にテレビを見ていた従兄弟たちに、あの座敷童子、さゆりださゆりだって言われて・・・それから・・・。」

彼女・・・さゆりは口をへの字に曲げた。小さな女の子が、突然座敷童子呼ばわりされてどれだけ傷ついたことだろう。座敷童子は福を呼び込むとも言われているけれど、その時扱っていたのが怪談話だというのが良くなかったのだろう。

「私、それからあいつらに座敷童子って呼ばれてね、ほんとうにそれが嫌で嫌で・・・それ以来おばあちゃんの家にも行かなくなって、従兄弟たちにも会ってないの。」

俺は、そっとさゆりの背中に手を当てた。温めてあげるようにゆっくり撫でると、さゆりはポロポロと涙を零した。

「それで、黒髪なのも嫌になっちゃったんだな?」

俺がそう語りかけると、さゆりは涙を零しながらうんうんと頷いた。

「だって、もうちょっとでもあの時みたいな目にはあいたくないんだもん。ぜんぜん違うようにしておきたいの。これなら絶対座敷童子って言われないでしょ?」

彼女は金色の髪を背中まで長く伸ばして、緩いウエーブをかけている。もちろん前髪も作っておらず、おでこを綺麗に出している。確かに今のさゆりには、座敷童子の要素を見出せと言われてもひとつも見出せないだろう。

「そんなことがあったのか。嫌な目にあったんだな。」

今、俺の前でメソメソと泣く大人のさゆりは、その嫌な思いをした小さな少女の頃の気持ちに戻っているように見えた。きっと、その頃で時間が止まったままの傷ついた心を抱えてきたのだろう。面倒な思いをしてまで髪を金色にし続けるほどに、彼女はその出来事に傷ついたのだろう。

俺はしばらく、さゆりの背中を撫でていた。こういうことは、他人がどうこう言って解決する話ではない。本人が話したいことをただただ、横で聞いていること。そして、気持ちを安心して出せるようにこちらも本音で感じたことを伝えてゆくこと。その位しか、やれることはない。

しばらく泣いて落ち着いたのか、彼女はゆっくりと俺の顔を覗き込んできた。

「どうした?」

今俺が感じていることは、愛しい恋人が、そんな心の傷を安心して俺に話してくれたことに対する喜びと感謝だった。傷ついている恋人に対して喜ぶというのも不謹慎かもしれないが、それだけ俺という人間に対して安心感を持ってくれていることが純粋に嬉しかった。
だから、どうした? という彼女への声かけも自然と優しいものになった。

「これね、私ずっと誰にも話せなかったの。」

そうだろう、と俺は思った。こんな話、特に子ども同士だったら地雷にしかならない。話したその日から、話した相手の自分へのあだ名も座敷童子になりかねない。

「そうだろうな。」
「うん。随分前の、子どもの頃の話なのにね。今でもこうして涙が出るの。」
「それは、それだけ悲しかったんだろ?」
「うん。」

彼女の背を撫でていた手を止めて、そのままゆっくりと抱き寄せた。彼女からは、ほんのりとお日様のような甘い匂いがする。

「そうたに話せてよかった。少しだけ・・・終わったことだって思えるようになったかも。」

俺の腕の中で、彼女は小さな声でそう言った。

「俺の方こそ。俺を信頼してくれて、こうして話してくれて、有難う。」

軽くあやすように揺すりながらそう囁きかけると、彼女はまた少し泣いていた。

「なぁ。」

彼女が再び泣き止んで、しばらくお互いの体温で温まりあったあと、俺は彼女に声を掛けた。

「それ以来、おばあちゃんの家にも行ってないし、従兄弟にも会ってないって言っていたけど、もう2度と行く気も会う気もない?」

そう声をかけると、彼女は不思議そうに顔をあげて俺を見つめた。

「どうして? 許せっていうの?」
「いや、違うよそんなことは言わないよ。」

俺は彼女の金色の柔らかい髪を優しく撫でながら話を続けた。

「ほら、誰を招待すればいいのか、考えとかないとと思ってさ。」
「招待って?」

きょとんと首を傾げる彼女を見つめて、俺は自分の鼓動が少しづつ高鳴ってゆくのを感じ始めていた。
こんな時に? こんな場所で? え、今なのか?
俺の脳内ではそわそわと自問自答する自分と、腹を決めて心の内を伝えようと思う自分が勢力争いをしている。

いや、今言いたい。無性に言いたい。腹を括った自分が勢力を拡大した瞬間、俺はもう一度強く彼女を抱きしめ直した。

「こんな時間を積み重ねて。お互いが、お互いに寄り添う時間を積み重ねて。こうして二人でともに生きていきたい。・・・俺と、結婚してください。」

こんなタイミングで。
彼女が心の傷と向き合ったこの瞬間に。
こんなことを伝えるのは卑怯だろうか。
そう、思わなかったわけではなかった。
でも、そんな彼女の心の柔らかい部分に触れたからこそ、俺はこの先もずっと彼女を守っていきたいと強く思ってしまったんだ。

そう思いながら彼女を強く抱きしめていると、ふいに腕の中の彼女が小刻みに震え始めた。程なくして、彼女は可笑しそうに・・・金色の髪を揺らしながらとても楽しそうに笑い始めた。

「え?! え?!」

俺は驚いて抱いている腕の力を緩め、彼女の顔を覗き込んだ。彼女は涙の跡が残る顔をあげ、嬉しそうに声をたてて笑っている。

笑っている、というか、爆笑している?
一世一代のプロポーズに爆笑された俺は、一瞬何が起きているのか分からずに戸惑った。すると、そんな俺の表情に気づいた彼女は、笑顔のまま俺の頬に手を触れて、

「ありがとう。」

嬉しそうに笑いながらそう言った。

「そうた、キョトンとしてる。私がなんでこんなに笑ってるのか、知りたいんでしょ?」

可笑しそうにそう問いかけられて、もちろん俺は大きく頷いた。教えてくれ!

「あのね、なんだか、盆と正月がいっぺんに来たみたいなの。今までの人生で一番悲しいことを思い出していたのに、急にそんな今までの人生で一番嬉しいこと言われてさぁ。」

さゆりは、なおも止まらない笑いを抑えることもせず、今度は可笑しすぎて滲んできた涙を指先で拭いながら、

「もう、こんなの、感情の振り幅がヤバイって!」

そう言いながら、勢いよく俺に抱きついてきた。その言葉と彼女を抱きとめながら、俺も嬉しくて涙が滲んできた。

金色の髪の俺の恋人。
君の髪が金色だろうが黒に戻ろうが、真っ白に染まろうが。
俺の愛は変わることがない。

君がどんな髪であったとしても、安心して歩いてゆけるように。
俺はずっと君のことを守ってゆく。
そして、きっと俺は君のその明るさと優しさに、守られてゆくのだろう。




終わり。


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