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79 ゼノンのバス停

 確かに午後二時という中途半端な時間を考えれば人出のないタイミングなのかもしれないが、それにしても辺りには大きな団地もあることだし、この路線バスを利用する住民の数は少なくないはずである。

 ところが、がらんとした車内には自分と運転手の二人だけ。

 その所為だろうか、予定時刻を過ぎてもさっぱり発車する気配がない。

 発車する気配がないのに、扉だけはしっかり閉じていて、おまけになぜかエンジンをふかしている。音だけはさも走っている風にうるさい。

 もしかしたら、運転手が心臓発作でも起こしているのではないか。

 と、不安になってきたので左手奥の一番前の席に移動して、そこから運転手の様子をそれとなくのぞくと、目は開いているようだった。しっかりハンドルを握り、前を見据えている。

 さしあたり安心したものの、それはそれでおかしい、と思い直す。思い直して席を立ち、運転席へ近寄ってみると、

「走行中は席をお立ちにならないようお願いします」

 と、前を見据えたまま、事務的な調子で運転手が言う。車窓を見ても、景色はまんじりともしない。

「もう少しで着きますので、席についてお待ちください」

 と、運転手。

 走行中? もう少しで着く? わけがわからずきょろきょろ辺りを見回していると、運転手は顎をしゃくって前方を示す。

「ほら、バス停。見えるでしょう。あと五分くらい」

 見れば確かに、ほんの一メートルくらい先にバス停がある。

 そしてその三メートルくらい先に、またバス停がある。

 さらにその三メートルくらい先にバス停があり、これが道の奥の奥まで、合わせ鏡のようにずっと続いている。

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