#33.謁見の間・ヤースの断崖
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#33. 謁見の間・ヤースの断崖
リフェティの謁見の間、通称ヤースの崖は、巨大な卵状の地下空間の中ほどに突き出た崖の上にある。
王が座る玉座は、崖のへりに設置されている。
かつて、<おっちょこちょいの王>と呼ばれたヤースが、過って崖から落死して以来、ヤースの崖と呼ばれるようになった。
危険と隣り合わせの玉座であるが、この空間は大魔法使いヤザヴィの傑作とも言われている。玉座に座れば、卵状の空間全てを見渡すことができ、そこで言葉を発すれば周囲に響き渡る。
卵状の空間の壁に沿って、各氏族長の部屋の窓が並んでおり、謁見の間の玉座からは氏族長たちにじかに話をできるようになっていた。
だからこそ、危険ではあるがこの実用的な謁見の間は、長きにわたってゴブリンたちに使われてきた。
チーグたち一行は、幸いにもたいした妨害に合うこともなく、誰よりも先んじて謁見の間に到着した。
一年ぶりに足を踏み入れる巨大な空間に、チーグは感慨深げだった。歩をゆるめ、巨大な地下空間に足音が響く感覚を味わう。
「帰ってきたな、リフェティ」
チーグは静かにそうつぶやいた。
遙か高い天井に作られた隙間穴から、外の太陽がいく筋かの光を投げかける。光の中に浮かぶほこり、そして湿気を帯びた空気が、懐かしかった。
チーグは玉座のところまで来ると、何度か呼吸を整えた。
これがいい結果を生むか、悪い結果となるか、分からない。けれども前に進むしかなかった。
つき従う第二王子バレ、親衛隊長デュラモ、そして付き人のノトが、促すように小さくうなずいた。
チーグは大きく息を吸い込んだ。
「我こそはチーグ、ただいま王国へ帰還したぞ。氏族長たちよ、王国の危機に力を貸せ!」
巨大な空間に声が響き渡った。
幾重にもこだまする彼の声が岩壁に沈み込んでいったころ、予期せぬ方向から声がした。
「やれやれ・・・また、おまえか!」
ザギスとダンが、数名のホブゴブリン兵を引き連れて、謁見の間へと入ってきたところだった。
チーグはため息まじりに舌打ちをした。
「それは、こっちの台詞だ」
ダンがザギスに数歩先んじ、謁見の間に向かって声を張り上げた。
「チーグはゴブリンの文化の破壊者だ!ザンディ氏族の次の長、ダンがここに宣言する。ゴブリンの未来のために、チーグよりもこのダンに力を貸してくれ!!」
その声は大きかったが、玉座の近くではなかったために、チーグの声ほどには反響しなかった。
「ふへへ」
ザギスは薄ら笑いを浮かべた。
「まあ、いいさ。どうせここでチーグを殺せば、ゴブリンどもの選択肢は減る」
その言葉を聞いて、親衛隊長のデュラモが剣を抜いた。
チーグがそっとデュラモの腕にふれ、制止する。
「それよりも、ザギス。大事な人質であるボラン王がヨーに奪われたようだが、大丈夫か?」
「人質はすぐに取り戻すさ・・・できれば使いたくなかったが、“切り札”がもう動き出している」
そう言ってから、ふところにつけていた革袋《かわぶくろ》を取り出し、その栓を抜いた。
「俺も、本気を出すとするか・・・」
そう言って、革袋に口をつけ、中の液体を飲み始めた・・・たちまち強い酒の匂いがあたりに充満した。
「おいおい」
チーグはあきれたように目を丸める。
「この状況で酒盛りとは、えらい余裕だな・・・」
ザギスは酒を飲み終えると、袋を投げ捨てた。
「余裕、そう見えるのか?有り難く思え、俺がじきじきにお前たちを殺してやる」
ザギスも剣を抜いた。
「おまえ・・・チーグ。なんと言ったか・・・そう、<本読むゴブリン>。本じゃ、剣には勝てないぜ。俺は、<酔剣のザギス>。酔うほどに、強くなる」
チーグはデュラモの制止を解いた。
デュラモがうなり声を上げてザギスに襲いかかった。デュラモの体格は、大柄なホブゴブリンにも負けない。もちろん、その力も。
デュラモとザギスの剣は激しい音をたててぶつかった。そしてしばしの剣の押し合いののち、デュラモがザギスを突き飛ばした。
体勢を崩したホブゴブリンに、デュラモが剣を振り下ろす。しかし、ザギスは身をねじらせてそれを避けると、身軽な仕草で再び起き上がった。
「ふう・・・酔いが回るにはもう少し時間がかかるが・・・おまえ、ゴブリンにしてはなかなか強いな」
ザギスがそう感想を言う。
後ろから、ダンが鋭くささやいた。
「デュラモはゴブリン王国でも屈指の戦士、油断しないでくれ」
「ほう、そりゃちょうどいい」
ザギスは上機嫌に言った。少し、顔が赤らんできているようだった。
「おまえを殺せば、もう俺に太刀打ちできるやつはいないってことだ」
「・・・酔っ払いには負けるほど、訓練を怠ってはいない」
武骨なデュラモは、そう言葉を返したが、ザギスは声を上げて笑った。
「おい、お前たちも笑え」
後方の部下たちをあおる。
「ちがうな、ゴブリンの戦士。むしろ酔っ払ったからこそ、俺が勝つんだ」
リフェティが作られて以来はじめて、国の運命を分ける戦いが<謁見の間>で始まろうとしていた。
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