#38. 一騎打ち
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#39.一騎打ち
<四ツ目>とヘルハウンドは、黄金の怪物ガエルに襲いかかった。
ヘルハウンドの牙と爪は、ゴブリンたちの剣や槍より強く、巨大カエルの表皮に傷を与えていた。
カエルは目をキョロキョロさせるが、ヘルハウンドのすばやい動きを追い切れない。さらに、<四ツ目>は鞭を巧みに使い、ヘルハウンドの背から樹木に飛び乗ったかと思うと、ヘルハウンドが気を引いた隙にカエルの背に回り込み剣を一付き。そして再びヘルハウンドの背に戻る、という器用な連携攻撃を繰り返していた。
致命傷にはならないものの、不愉快な攻撃の連続に、苛立ちをつのらせたカエルは大きく跳びはねて位置を変えた。
しかし、<四ツ目>とヘルハウンドはすぐに怪物ガエルを追撃した。
腕組みをしながら余裕の表情でそれを眺めていたフバルスカヤは、涼しげに論評した。
「やるね」
その様子を、ポーリンは緊張した面持ちで見つめていた。いつ、フバルスカヤが呪文をしかけてくるかと警戒していたが、黄金カエルの戦いを呑気に見つめてそんな様子はいっさいなかった。それに、どう見ても酔っ払っている。
いったいこれは、どういうことなのだろうか?
「ああ、学生のきみ」
フバルスカヤが、まるで通りすがりの廊下で師範が生徒を呼び止めるかのように言った。
「はじめの一撃は、きみに譲るよ。腕をみてやろう」
緊張したポーリンの面持ちは、一瞬拍子抜けしたようになったが、そのあとに沸き起こったのは怒りだった。
侮られるにも、ほどがある。
「・・・はじめの一撃で、死なないでね、先生」
ポーリンは低い声で皮肉げにつぶやいた。
そして、警戒を怠らないよう周囲に気を配りながら、呪文の詠唱に入った。まずはじめに使うのは、基本的な呪文だが、術者の魔力に応じて威力を上げられるもの・・・
フバルスカヤは、ポーリンの呪文の詠唱の一節目を聞いただけで理解した。
「火の球の呪文か・・・」
そうつぶやくと、腕組みを崩さないまま彼も呪文の詠唱に入った。
ポーリンが手をかざす先に燃えさかる巨大な火球が現れる。巨木を一本丸焼きにできそうな熱量だ・・・その火の球は、完成と同時に、轟音とともにフバルスカヤに襲いかかった。
次の瞬間、巨大な氷の壁が火の球の行く手を阻んだ。
火球と氷の壁が激突し、氷が急速に溶ける軽妙な音とともに、水蒸気が吹き出て周囲の視界を奪った。
火球は火力を弱めながらも氷の壁をめり込んでいき・・・やがて突き抜けた。突き抜けた火球の火力は弱く、耐火の呪文で身を守るフバルスカヤの前で、燃える藁の塊をばらまいたかのように周囲に四散していった。
フバルスカヤは、ローブの袖の下で腕組みをしたまま一切動じなかった。熱風が彼のフードを引きはがし、白髪まじりの髪が露出した程度の影響だった。
フバルスカヤは短く口笛を吹いた。
「学生のきみ、なかなかやるね、氷の壁を突き破るとは思わなかった」
満足感と失望感の入り交じった複雑な表情で、ポーリンはその言葉を受け止めた。
「・・・私の名は、ラザラ・ポーリンよ。フバルスカヤさん」
そう言いながら、次の手を考える。
「つぎにどう攻撃しようか考えているのかも知れないが—-」
とフバルスカヤは言いながら、少し口元を歪めた。
「つぎの番は私に譲ってもらおう」
短く、いくつかの呪文をつなぎ合わす。
彼の足下の地面が、何カ所も盛り上がり、そこから小さな紫色のカエルが這い出てきた。そして、這い出るやポーリンの方へぴょんぴょんと跳ねて向かってきた。その数はどんどん増え、軽く百匹以上となった。
「毒ガエル・・・」
ポーリンは緊張感を高めながら、口の中でつぶやいた。
彼女の記憶が正しければ、使い魔の紫カエルは猛毒を持つ。触れただけで、命に関わるかもしれない。それが、何百匹も・・・
「これだけで、ゴブリン軍を返り討ちにできるぞ。いいだろう?」
相変わらず涼やかに、フバルスカヤは言った。
ポーリンは右腕を振り上げながら、複雑な呪文の詠唱に入る。呪文に失敗すれば死に直結する状況なのは分かっていたが、戦いの前よりもむしろ気持ちが落ち着いてきているのが分かった。
「炎の蛇よ、私を守りなさい」
彼女の周囲に竜巻のように炎が吹き上がり、それは炎の大蛇となって辺りをのたうった。紫色のカエルたちは、ポーリンに近づくことすらできず、丸焦げとなる。炎の大蛇はそのままフバルスカヤに襲いかかったが、巨大な氷塊が落ちてきて炎は消えた。
「すごいな、炎の精霊を模した創作呪文だな?」
フバルスカヤは感嘆の声をあげた。
「学生にしては、ずいぶん腕がいい。しかもその落ち着き、いくつも修羅場をくぐってきているようだ」
ずっと腕組みをしていたフバルスカヤは、ようやくここで両手をほどいた。そして、腰に下げていた酒袋を取り出して、一口飲む。そして、満足げに口を開く。
「ふう、酒がうまい。久しぶりの、魔法使いどうしの一騎打ちだな。楽しませてもらおう・・・」
一方のポーリンは、大きな呪文を二つ続けて使い、若干の疲労を覚えていた。この旅に出る前であれば、魔力のほとんどをつぎ込んでいたかもしれない。けれども、この旅を経て、彼女の力は確実に底上げされていた。その実感を、いまこの瞬間に覚えていた。
そして、フバルスカヤも同程度に魔力を消耗しているはず。
ここからが、本当の戦い・・・
だが、酔っ払っている男が、いま目の前でさらに酒を口に含んでいた。あれは、余裕の現われなのだろうか、それとも挑発なのか?
いずれにせよ、とポーリンは再び気を引き締める。フバルスカヤの流れに付き合わされる必要はない。
彼女にできることは、いま持てる力を振り絞ることのみ。
サントエルマの森の魔法使いの見習いと、20年以上前にサントエルマの森を出奔した者の戦いが、はじまろうとしていた。
(つづき)
(はじめから読む)
(目次)
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