あの秋の香り
金木犀って、二度、花が咲くんですよね。
彼がそう言ったのは、仕事帰りに肩を並べて歩いていたときだろうか。
いや、シフトの時間の違う私たちが一緒に帰ったことはなかったはずだ。
店を開ける支度をしながら、前の晩、帰り道に金木犀の香りがしたということを話したときだったかもしれない。
二度花が咲く。
それを聞いて、ああそうかと、これまで何度か味わったデジャブのような感覚の謎が溶けたような気がした。
欧州に移り住んで「季節の訪れ」が「香りの訪れ」だったことに気づいた。
気温の変化よりも、景色の変化よりも、音の変化よりも早く
香りの変化はやってくる。
それを無意識にも感じて「新しい季節の訪れ」を感じていたのだと、
季節の匂いを知らない場所で突然やってくる
気温と景色の変化に戸惑ったときに知った。
四季折々の花を生け、
四季折々の菓子を出し、
四季折々の茶を淹れる。
あの場所に流れていた時間が、
開店前の静かな店の中で交わす言葉の一つ一つが、
胸が苦しくなるほど美しいものだったということを
ほの甘い金木犀の香りとともに思い出している。
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