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メメント・モリ短篇集 Ⅰ.夢魔の残滓

――わたしはもう夢をみない。しかしわたし達は結局、 目覚めていても尚、強固な夢に囚われているのだろう。――  
             ジョージ・マクドナルド『リリス』

 貴方、また大分弱ってるようね。
 私を呼び出す時はいつもそう、アルコールも処方薬も使い切って、どうしようも無くなってから呼ぶんだもの。
 貴方とははじめて会ってから何年になるんだったかしら?もう何回目?
・・・・そんな事を聞くのは野暮だったかしら、繋がりって回数や時間だけじゃ無いものね。

 私を呼ぶ人は何かしら追い込まれてるケースが多いのは確かだけど、貴方みたいにお酒や薬でボロボロになってるのは滅多に居ないわね。
 大体はお堅い仕事で孤立してる人や、自分から世界と壁を作って、隠者みたいな生活をしてる人だった。まあそういう人達は、私を呼んでもなかなか手を出してこないから、私もゲームみたいに楽しませて貰うのだけど。

 また気に入らない仕事を押し付けられたのね、隠しててもジャケットの中の拳銃と 貴方の体臭に混じった硝煙の焼ける匂いで言わなくても判るわ。 
 貴方、結局優しくて仕事には向かないもの、そこが貴方の良い所でもあるんだけど・・・・・
そういえば古い話だけどこんな話を知ってるかしら?

 戦争に負けたトロイア王族の一人の王子が、祖国や敵から逃げ出したの。
 そしてボロボロのままカルタゴに辿り着き、そこの女王と相思相愛になる。
 でもゼウス神がヘルメス神を使いに出して、王子に「お前は新たな国家を作る義務がある」と預言を与える。
 そうして王子は旅立ち、悲しみにくれた女王は炎に身を投げて死んでしまう。

 私はこの話は信じない。きっと刹那の快楽に溺れる事を知らない、つまらない男が書いた物語だから。

 ・・・・・力を入れ過ぎないで、腕が痛いじゃない。
 嫌な仕事を何度も押し付けられるのは同情するけど、
 貴方は色々な選択肢の中から私を選んだんだから、
もう少し礼儀と加減を覚えてもらわないと困るの、ね?

 そう、無理に起き上がらなくてもそのままでいいわ。
 いつもより顔色が悪いし呼吸も不規則みたい。
 命の掛かる仕事は、奪う方でも救う方でも大きなストレスが掛かるものよ。

 貴方はアルコールや化合物でそれを癒せると思ってるけど、本当に癒してるのは貴方の”夢”なのよ。何も飲まなくたって、貴方の脳は、眠りと夢と忘却と言うエリキシルを与えるの。
夢の経験と現実の経験、その間にどれだけの差が有るのか・・・・・天才や哲学者が古代ずっと考え続けた事ね。

 でも結局はどちらでも経験や癒しには変わらないじゃない?
 貴方はボロボロに成り果てて、色んな手段を使ってやっと夢の門に辿り着いた。
ここからは私の仕事ね、貴方は動かないで、そう、ただ、横になってて・・・・・

 私が触れた貴方のわき腹から鉛玉が一つ落ちる・・・・
 私の両手と両足には、アスファルトに水溜りのように広がった貴方の血溜りで赤く染まってる。
 周囲にはパトカーと警官が集まって、銃弾を受けた貴方の身体を見下ろしてる。
 貴方がこの世界で最後に見て、最後に感じてくれたのが私でとても嬉しいわ。

 もう少しで貴方は私と言う夢と、長かった人生と言う夢から覚めるのね。

by 拓也 ◆mOrYeBoQbw(初出2014.10.17)

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