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『三国志演義』のアンチテーゼとはどんなんだべ?

 誰かが「『三国志演義』のアンチテーゼ的な作品が出ないのはなぜだろうか?」と疑問を抱いていた。確かに『三国志演義』は三国志フィクションにおける頂点だ。アーサー王伝説におけるマロリー『アーサー王の死』やファウスト伝説におけるゲーテ『ファウスト』に相当する「基本中の基本」である。その『演義』のアンチテーゼ的な作品を作るのは難しい。
 バーナード・コーンウェルのアーサー王三部作は、マロリー版のアンチテーゼとしても極めて優れた小説である。しかも、コーンウェルよりも先にアーサー王伝説を多神教やフェミニズムの視点から描いたM.Z.ブラッドリー『アヴァロンの霧』には欠けていた要素を補完している(ブラッドリー版はドルイド教以外の多神教についてほとんど描写がない)。しかし、三国志フィクションは正史『三国志』をベースにしたものであっても『三国志演義』のアンチテーゼの決定版と呼べるものがなかなか思い浮かばない。

 私自身は、蜀ではなく晋(司馬一族)を中心にして西晋の滅亡までを描き切るだけでも十分『演義』のアンチテーゼであり得ると思うが、人によっては「アンチテーゼというよりも単なる続編に過ぎない」と思うだろう。ならば、いっその事異民族(非漢民族)の側から話を作ってみればどうだろうか? これなら『三国志演義』の背骨である中華思想へのアンチテーゼとなり得る。そもそも「東夷の倭人」の子孫である日本人が、中華思想の延長である「蜀漢正統論」におもねる必要はないし、実際に日本の三国志ファンは蜀漢よりも魏や呉を好む人たちが増えている(『ファイブスター物語』だって、フィルモア帝国ファンが増えているもんね)。
 異民族側から話を書くならば、アーサー王伝説を題材にしたフィクションだって、サクソン人などの異民族側から話を作っても良いだろう。ただ、アーサー王伝説は三国志ほど日本人に馴染みがない。『アーサー王の死』は正史『三国志』や『三国志演義』ほど日本では読まれていないし、アーサー王伝説のイメージ自体が三国志以上にオタク文化フィルターでねじ曲げられている(安易な「女体化」はつまらん)。大物作家がこのモチーフを取り上げたのは、あの文豪・夏目漱石くらいのものだ。

『三国志演義』のアンチテーゼとして強力な作品がなかなか出てこない要因の一つに蜀漢正統論があると思うが、それに対するアンチテーゼとして『蒼天航路』などの魏(曹操)メインの作品がある。さらには、台湾の漫画家が司馬懿が主役の漫画を描いていたが、この漫画の日本の雑誌での連載は打ち切られてしまった(というか、雑誌自体が廃刊された)。『蒼天航路』は大ヒットしたし、台湾の司馬懿の漫画も向こうでは人気があったようだが、やはり蜀漢正統論が体現する「貴種信仰」は根強いようだ。『ファイブスター物語』でもいつの間にか「血の継承」が重要なテーマの一つになっていたし…で、私は思った。

 王侯貴族や士大夫ではなく、全くの庶民が主役の三国志フィクションがあってもいいじゃないか? 十分『演義』のアンチテーゼになるじゃないの!

【alan - 久遠の河】


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