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音楽系ミステリー『ラシ』

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ラシ⑤

そして
「やっぱり、主な動機は金銭トラブルだったみたいだな」
 事件は終わったものの、私たちは書類作成などの後処理に追われている。昼休憩のときに自分のデスクでおにぎりをほおばる私に、先輩が近づいてきてそう言った。
「須藤さんが無名だったころに、早瀬彩音はかなりの額のお金を貸していたらしい。『俺が売れたら絶対に返すから待ってて』っていうのが須藤さんの口癖だったらしいけど、彼が売れても一向にお金は戻ら

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ラシ④

『ラシ』の意味
 コンサートは事件の翌日に開かれた。現場になった控室こそ使えないものの、他は通常どおりだ。演奏中は客の目もあるため滅多なことはないだろうが、コンサートの前後は何か起こらないか心配だ。久間田小夜が出演し、早瀬彩音が見に来るコンサートでもあるのだから。そのため先輩と二人でホールに行ってみることにした。無事にコンサートは終わり、客が帰っていく。しばらくして、このあと反省会兼打ち上げがある

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ラシ③

戸次の証言
 先輩のスマホが鳴った。彼は電話に出て相手の話を熱心に聞いている。相手は私たちの上司のようだ。通話を終えた彼は、疲れた表情をしていた。
「どうやら戸次章は犯人ではなさそうだよ。他の班が容疑者のアリバイを徹底的に調べたらしいが、戸次と電話していたという女性が現れた」
「それがアリバイになるってことは、固定電話ですね」
先輩はうなずく。その女性は戸次と付き合っているそうだが、戸次には妻がい

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『ラシ』②

『ラシ』
 三人からの事情聴取で、彼らと被害者の須藤さんの仲は良いわけではなかったとわかった。まずは早瀬彩音。彼女は須藤さんの元恋人で、付き合っていた時のお金の貸し借りで今ももめていたそうだ。だからさっきは「七生」と呼び捨てにしていたのだろう。
戸次章は須藤さんがまだ無名のときにバイトをしていた飲食店の後輩である。その際、先輩であった須藤さんからいじめられバイトをやめてしまい、今はコンサートホール

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『ラシ』①

『ラシ』
ダイイングメッセージ
「被害者は須藤七生(すどうななお)さん、32歳男性。今日はこのコンサートホールで行われるイベントで演奏するため、ここに来ていました」
須藤七生といえば、大河ドラマのオープニング曲を演奏したことで有名なバイオリニストだ。あまりクラシックを知らず、ドラマを観ない私でもわかるということは、かなり名の売れた人なのだろう。最近はエッセイを出し、それも好評だという噂だ。
「死因

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