絵描きの住処は空からの千客万来(前編)
夜に迷い込むスズメ
夜、自宅への階段を上っていると、パサパサパサ、パシっと、何かが羽ばたきぶつかる音。スズメです。うっかり夜に飛行してしまい、明かりを求めて、蛍光灯の灯るこの集合住宅の階段に迷い込んだのでしょう。すごい勢いであちらこちらにぶつかり、それを目で追う私の首もクルクル回って、めまいがしそうでした。
「こらこら、スズメ! 少しは落ち着きなさい」
などと、声をかけたところで、どうしてあげることもできずに、ただクルクルと見守っていたところ、ようやく夜の空に飛んでいきました。夜間飛行、大丈夫だっただろうか。
昼間の子雀
いきなりですが、我が家は海も山も望める、マンションの最上階! だったらカッコいいのですが、実は安普請の家賃激安の5階建て集合住宅の5階、つまり最上階であります。建て付けは悪く、すきま風や豪雨時の雨もりは否定できません。
そんな集合住宅の階段には、昆虫図鑑を片手に観察できるほど、見たことのない虫たちが出没していた時期がありました。
昆虫観察ツアーの階段
中途半端な田舎に建つ、この集合住宅の新築完成を待って、引っ越した当初の話です。周囲に高い建物があまりなかったので、明かりを求めて、図鑑でしか見たことのない、モンスターのような虫たちが、その姿を惜しげなくあらわにして、自ら階段の壁にジッと展示物になっていました。わざわざ虫捕りに赴かなくとも、昆虫観察ができて、幼きムスコくんは楽しんでいました。しかし2、3年も経つと、高い建物もずいぶんと増え、今や特に観察に値する虫はいらっしゃいません。
「風速3m /s」(部分)
ムスコくんが描いた愛すべき虫や鳥たちをモチーフにした作品の部分です。
招かれざる客
引っ越した新築の部屋は、母子二人で住むには充分な、3DKの間取り。しかし、その部屋全てに、網戸の存在はありませんでした。それらは入居者の任意、実費によって取付可能という、腑に落ちない話ではありましたが、入居者は皆同じ条件だし、家賃が安いので文句は言えません。
とはいえ、各部屋に網戸を設けるとなると、コストもかなりかかり、幼な子を抱えた私ひとりのささやかな稼ぎでは、苦しいことでした。で、しばらくは、網戸無しの生活を余儀なく送っていました。
ある日、保育園からムスコくんを連れて帰宅すると、家の中を風が通り抜ける。しまった! 朝、出掛けにバタバタして、サッシを閉め忘れた部屋が……。
その部屋に入ると、視線を感じるイヤ〜な気配が……。ムスコくんは私の膝にしがみついています。
ぐるりと部屋を見回すと、高いシェルフの上に、一羽のハトが……。よく公園で群れているハトです。四畳半の部屋の中で見ると、デカイ! 必要以上にコワイ! ハトの赤い眼…… コワイ!!
それにムスコくんは喘息持ち。
目の合ったハトもマズイ! と感じたのか、いきなり狭い部屋の中をバサバサグルグル回り始め、更なる恐怖を我々母子に与えます。しかし、一瞬たじろいだものの、さすがの私は、
「放っておくのが一番!」
と冷静に判断し、ムスコくんを部屋の外に出すと、その部屋のサッシを全開にして、扉を閉め、時間が解決してくれることを願いました。
何事もなかったように、時間の経過を待って、問題の部屋を覗くと……、居る! なぜ出て行かないのか!
やむを得ず、攻撃を仕掛けることを決心した私は、マスクと実験用ゴーグルを装着し、ほうきを片手に、
「出てって下さい、出てって下さい」
と、唱えながら、ハトを刺激しました。グルグルと天井近くを飛び回り、ぶつかりながら、相当な時間を費やして、哀れなハトは、ようやく空に飛び出ることができました。
戦いに疲れた私は、絵を描く前にやらねばならぬことを実感します。それは、
「網戸を取り付ける!」
各部屋が規定サイズのサッシではないため、断腸の思いで業者に作ってもらった複数の網戸のサッシ。
「くっソー!」と涙が出ましたが、他の入居者も自腹で設置しているので、やっぱり文句は言えません。でも、改めて思い出すと、やはり、「くっソー!」と思います。
さすがにそれ以来、部屋の中に鳥が入ることはありませんが、おバカな小鳥が、毎朝ガラスに体当たりしてくることもありました。きっと、ガラスに映った表の風景を疑いもせずに、突進してしまうのでしょうね。
最近では、強い雨の日に、玄関脇の手すりに真っ黒なカラスが雨宿りしていました。扉のわきだから触れてもおかしくない距離です。カラスは賢いので、嫌いではないけれど、こう至近距離だと、やっぱり巨大に見えたし怖かった。
ハトの雨宿りの場合は、すぐに逃げていったけど、カラスは近づいても逃げもせずに、我が物顔で堂々とこちらを伺っているので、
「すいませんね、つつかないで下さいね」
と、ぶつぶつ言い、ビクビクしながら鍵を開けました。怖かった〜。
絵描きの住処は空からの千客万来(後編)
に続きます。
後編は、コウモリの赤ちゃんが登場します。
お読みいただけたら幸せです。
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