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欧州往復書簡5 都市と地方の二項対立を超えて

*このマガジンは、欧州の大学院に修士留学をしている3人が、いま感じていること、考えていることを伝えあう往復書簡です。

https://note.com/dutoit6/m/m86c2e398673d

執筆
森一貴(Kazuki Mori):フィンランド・アアルト大学修士課程Collaborative and Industrial Design
牛丸維人(Masato Ushimaru):デンマーク・オーフス大学修士課程Visual Anthropology
田房夏波(Natsumi Tabusa):イギリス・ロイヤルカレッジオブアート修士課程Service Design

ロラン・バルトはその著作『象徴の帝国』において、以後の都市論に大きな影響を与えた、「空虚な中心」というアイデアを包含した東京論を展開しています。

私の語ろうとしている都市(東京)は、次のような貴重な逆説、すなわちーーいかにもこの都市は中心を持っている。だが、その中心は空虚であるーーという逆説を示してくれる。禁域であって、しかも同時にどうでもいい場所、緑に蔽われ、お濠によって防禦されていて、文字通り誰からも見られていることのない皇帝の住む御所。その周りをこの都市の全体が回っている。毎日毎日、鉄砲弾のように急速に精力的かつすばやい運動で、タクシーはこの縁を周回してやり過ごす。このえんの落ち込んだクレーター、不可視性の可視的な形、これは申請なる<無 vide>を隠している。
ロラン・バルト『象徴の帝国』ちくま学芸文庫

彼が描写しているのは、自らがその目で見た東京に存在する「空虚な中心」としての皇居と、その周辺で絶え間なく営まれる庶民の生活音とのコントラストとも言えるのではないか。このコントラストという見方は、バルト本人こそ直接的に説明をしていませんが、例えば欧米にルーツを持つ人が東京や日本の街を論じる際に頻出する表現です。例えば、オフィス街を眺めて少し歩くと突如煌びやかなネオン街が現れる。閑静で無機質な住宅街を進むと、情緒ある小さな神社にたどり着く。

デンマーク・オーフスの郊外で暮らしていると、少し異なる形でこのコントラストを体験することがあります。学生や移民の多く住む住宅街を少し歩くと、一気に視界がひらけて広大な森林に伸びるトレイルロードに繋がることがよくあります。この森林の道はある種の公共性を帯びていて、近隣の住民たちが散歩やランニングのためにやってくる。馬を連れて歩いたり、座り込んでピクニックをしている市民も多くいます。当初はそのコントラストに少し戸惑いながらも、時間が経つにつれてその対比的な感覚は薄れ、不思議と普段の生活の中に溶け込んでくる。新参者にとっては対照的な二つの存在の接点に見えるような世界が、徐々に水彩画のように異なるもの同士で滲み、その境界を溶かしていくような感覚に似ています。

自宅近くのトレイルロード


多元論的地方の問題

さて、森さんは前回の書簡のなかで、「多元論的地方」について、以下のように指摘されています。

多元論を指向する脱植民地化デザインは、「大きくなること=成功を許されておらず」、「既存の(植民地化の名残りである)インフラストラクチャーに依存せざるをえない」のではないか、と私は考えているのです。
出典:欧州往復書簡4 脱植民地のためのデザインの限界と、多元論的地方
植民地側である地方は、多数の地方が多様な未来を描き合うための基盤を、いかに実装できるのか。あるいは、それは可能であると思いますか?
出典:欧州往復書簡4 脱植民地のためのデザインの限界と、多元論的地方

私はもともと岐阜県北部の飛騨高山の生まれで、その後中部の郡上八幡や南部の岐阜市近郊に住んだのち、大学進学と同時に東京に移っています。そういった意味で、私は「地方」という存在に対して、内側の人間でもあり都市的視点から見つめた経験もある。ある種、不思議な距離感にあると自認しています。

表面上、独自のリソースや伝統を活かして「独立」したかのような地方像も、実はその裏で強力な都市的ロジックに依存せざるを得ない状況にある。地域のユニークな成長ストーリーやコミュニティの未来像を描いても、そこには都市の存在との軋轢が大きな壁として立ちはだかる。例えば、飛騨高山の古い街並みに並んでいる土産物のパッケージを見てみると、地元ではなく近隣の都市圏にある企業によって製造されたものが少なくありません。長きにわたって蓄積してきた民芸品の技術や生産工程も、もはや地域の中だけでは成立しないものが数多く存在します。

森さんの言及する「多元論的地方」の問題は、言い換えると多元主義的な見方をしながら、都市と地方という異なるロジックの二項対立から逃れられない苦しさに関連しているように見えます。この二項対立が存在する限り、今後の都市-地方論もまちづくりの議論も、「都市に対する地方」という存在を際限無く再生産してしまう。では、この二項対立を乗り越えていくためには、どのような視点が必要なのか。

とある家の庭に、不要になった日用品を売り出す小さなテーブルが


誰が「地方」を生み出すのか

人類学者のアルトゥーロ・エスコバルは、開発の文脈における「第三世界(米・西欧先進諸国を第一世界、ソ連・東欧社会主義諸国を第二世界としたときの、第二次世界大戦後に独立した旧植民地・従属国)」という存在が、いかに「言説(discourse)」として語られ、それが開発プロジェクトとして「実践」されてきたかという問いについて、E. W. サイードの「オリエンタリズム」やV. Y. ムディンべの「アフリカニズム」を援用しながら回答しています。

To see development as a historically produced discourse entails an examination of why so many countries started to see themselves as underdeveloped in the early post-World War II period, “how to develop” became a fundamental problem for them, and how, finally, they embarked upon the task of “un-underdeveloping” themselves by subjecting their societies to increasingly systematic, detailed, and comprehensive interventions.
(開発を歴史的に生み出された言説と捉えるためには、第二次世界大戦後初期に、なぜ多くの国々が自らを低開発国と見なしはじめたのか、どのようにして「開発する」ことが基本的問題となったのか、そして最終的に、どのようにして自国の社会にますます体系的、詳細かつ包括的な介入を行うことで、自らを低開発国から脱却させる作業に着手したのかを検証する必要がある。)
Escobar (1995)

二項対立の中に存在する都市-地方論の話に戻すと、都市はその巨大インフラや人的資本をもって、それ以外の地域を「地方」とみなす。その「都市ではない存在」は、「異なる伝統」「独自の文化」「豊かな自然」といった表現を多用することで、都市的視点からの地方像として形作られていく。

同時に、地方としてカテゴライズされた地域は「地方として」の様々な取り組みに多くの行政予算を投入し、民間の力を借りながら地方を「実践」していく。都市部から移住者を積極的に募ること、その土地で育った農作物を使用した新たな商品を考案して市場に出すこと。地方は、その張本人である地方によって実践されることで、都市-地方の構造は強化されていく。それ自体を悪と指摘するには早い気もしますが、多元論的地方が抱える都市的ロジックとの衝突を乗り越えていくためには、まずこの二項対立に対するオルタナティブが求められていると考えています。

年末のオーフスには、柔らかい雪が降りました


多元からポスト多元へ

これまでに議論した問題を乗り越えるヒントが、「ポスト多元」にあるかもしれない。「多元」と「ポスト多元」を理解するためには、オランダの人類学者アネマリー・モル(Annemarie Mol)を参照することが有益です。

モルによると、多元主義的な見方とは、異なる集合が複数存在しており、それぞれの集合がお互いに重なり合うことのない状態と言えます。モルはこの考え方を、政治学者アーレンド・レイプハルトによるオランダ社会の描写を用いて説明します。

オランダの社会生活(政治参加からスポーツまで)は、いくつもの、共在しながら重なり合わないコミュニティ([異なる宗派の]プロテスタント、ローマ・カトリック、リベラル、社会主義者)によって編成されていた。オランダの多元主義は、人口を複数の柱に分割するという形をとった。柱の頂点に位置するエリートは、国会やその他の決定を行う場所でお互いにあって、話をした。その他の私たちには、関係のないことだった。私たちには、戦ったり、妥協点を探したりする必要はなかった。そして、失望した急進派がレイプハルトの用語を用いて指摘したように、柱の底辺に位置するものたちは決して出会うことなく、力を合わせることがないように分断されていた。
アネマリー・モル(浜田・田口 訳)『多としての身体』

モルは、オランダの大学病院において、動脈硬化という病気がどのように診断され確かめられるかという点に着目した研究を実施します。そこで、動脈硬化という存在が、上記のような多元主義的なフレームでは説明ができないと言います。ここで提示される、「一より多いが、多より少ない」、つまり複数性を持ちながらも互いに重なり合っている(多重的な)状態を、ポスト多元という表現を用いて議論しています。

モルによると、動脈硬化は病院の内部における複数の場所において複数の方法で確かめられ、それぞれの「ヴァージョン」同士の齟齬が顕在化しないように、複数のヴァージョンの重なりにおいて不一致を調停するメカニズムが存在することも明らかにしています。

モルによると、オランダの大学病院では、動脈硬化は場所に応じて異なる複数のやり方で確かめられている。例えば、診察室では、動脈硬化は患者が平面を歩く際に痛みが生じるかどうかによって確認される。この際、足の温度や拍動の強さ、肌の薄さが、動脈硬化があることの傍証となる。他方で、病理部では、血管の内膜が肥厚しているかどうかによって確かめられている。この二つの動脈硬化の確かめ方は、それぞれ異なる物や技術によって支えられている。後者の方法を実践するためには、切断された足を用いて標本を作製し顕微鏡を覗く必要があるが、前者の方法にはそれらは必要ない。また、この二つの方法は、同時に行うことはできない。診察のためだけに足を切断すれば、治療を必要とするもの以上の問題を引き起こすことになるからである。にもかかわらず、これらの確認方法の結果が必ずしも同一であるとは限らない。診察室では動脈硬化が疑われておらず、原因不明で死んだ患者を解剖してみたら動脈硬化があったということもある。歩行時に足が痛むと訴える患者の足が十分に温かいこともある。
浜田 (2018)
病院では、(1)ある方法によって実行された動脈硬化の重症度が他のヴァージョンの動脈硬化の重症度に翻訳されることで二つのものが一つに調整され取りまとめられたり、(2)異なるヴァージョンの動脈硬化が別々の場所に分配されることで齟齬が顕在化するのが避けられたり、(3)異なる二つのヴァージョンの動脈硬化の存在が互いに他方のヴァージョンの動脈硬化が実行される際の前提になることでお互いがお互いを含みこんだりする。これらの調整・分配・包含という3 つのメカニズムによって、複数の動脈硬化の分離と重なり合いが成立するのである。
浜田 (2018)

このようにモルは、動脈硬化という、一見ひとつと考えられている疾病が、実は「一つ以上」に見えること、そしてそれらは「異なる別々のもの」に分裂・断片化しないことを指摘します。

個人的に着目しているのは、複数の存在が互いに重なりをもちながら共存することにおける、「コンフリクト」の存在です。異なるロジックを持つ複数の存在が出会う(=重なる)場所において、「コンフリクト」の可能性は常に存在する。モルはこの点について、その軋轢を沈めるメカニズムとしての実践が同時に存在していることを明確に示しています。

コペンハーゲンの住宅街、中庭には誰のものか分からないクリスマスツリー


「ポスト多元論」的地方?

だいぶ抽象的な話をしてしまいました。

ポスト多元論的な地方、そして都市の見方とは、一体どのようなものになるのでしょうか?言い方を変えると、私たちが自明視している地方と都市という存在が重なる場所、とは一体どのようなものなのでしょうか。そして、そこにはどのようなコンフリクトが生じて、誰がどのように解消することで、新たに何が生まれるのでしょうか。

例えばそこには、私が冒頭で言及した「森林」があるかもしれません。例えば『工藝の森』は、ものづくりにおける行為の循環、という視点から、人と自然の関係性の再構築を志向する活動です。そこには、地方なのか都市なのかという議論とは異なるレイヤーの思想が存在するように見えます。私たちが地図の上でカテゴライズしている「地方」が目指すべきものが、本当に「地方らしさ」なのか、という前提を問いただす必要がもしかしたらあるのかも、とも思います。

モノづくりの 行為の循環
『工藝の森』は、モノづくりの起点が自然にあることに着目し、「行為循環型のモノづくり」を通して、人と自然の健やかな関係性が再構築されることを目指す、私たちの活動の「シンボル」です。『行為循環型のモノづくり』とは、「うえる」「そだてる」「いただく」「つくる」「つかう」「なおす」といった、モノづくりに関わる行為がつなぎ直され、循環すること-これらの行為に関わる、人や道具、技が生態系をなしてはじめて、モノづくりの文化は、次の時代に受け継ぐことができるのです。
『工藝の森』ウェブサイト

私の地元でもある飛騨高山地域を拠点にする『飛騨の森でクマは踊る』のように、「豊かな森と人との持続的な関わりを再構築する」という活動は、地方-都市的な二項対立を解体していく土壌を備えているのではないか。そのように思うのです。

木の可能性、森の可能性、地域の可能性、脈々と継承されてきた日本人の暮らしの可能性。そんなありふれた日常に潜む大きな可能性から、新しい価値を生み出すこと。それが、ヒダクマの挑戦。
『飛騨の森でクマは踊る』ウェブサイト

もちろん、可能性は森だけに止まらないと思います。都市の周辺に存在する郊外かもしれないし、都市と地方をつなぐ道路かもしれない。地理的な地方・都市分類のあいだ、そこに存在しうる重なりにおいて、私たちはどのような実践が可能なのか。そもそもの都市-地方という二項対立を乗り越える、全く異なる実践にはどのようなものがあるのか。お二人からも聞かせていただけたら嬉しいです。

さて、すっかり新年にも馴染み、暗くて曇りがちだったオーフスには太陽が戻ってきました。1月はアムステルダム大学で「Ethnography and Design」というウィンターコースに参加しています(2単位もらえる!)。新学期も始まる時期かと思いますが、大学での学びも色々聞けたら嬉しいです。


参考文献

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