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他人事ではない高齢の親の話

2019 / 7 / 3  加筆、修正 2020 / 3 / 24

※この記事は7820文字です。

この note は、今後、高齢の両親や親戚をお世話しなければならない方々に向けて、私の経験が参考になると思い、書かせていただきました。

また、今後のご自身のために知っておきたいという方々にもお読みいただくと嬉しいです。

大きな括りとしては、認知症、入院、葬祭の三つです。

心配な費用について、施設費と入院費はざっくりと、葬祭費は細かく書きました。

この三つは、すべて母親で先に経験しましたので、本文は母親先行で書いています。

では、本文をどうぞ。


第0章 おおよその経過

母は60代で脳が萎縮し始め、若年性の認知症と診断されました。

ディサービスや精神病院を経て、特別養護老人ホームに入所し、誤嚥性の肺炎によって入院、107日目に71歳で他界しました。

父も80代で認知症や運動機能の低下で、ディサービスと精神病院を経て、特別養護老人ホームに入所し、内臓の機能低下によって入院、61日目に87歳で他界しました。


第1章 認知症発症

両親は二人でアパートに住んでいました。

(1)物事を忘れる

時々しか会わない人には、認知症の人の会話や行動は“いつも通り”に見えるかもしれません。

しかし、世間でよく聞く冗談のような話は全て日常茶飯事です。

 ・何度も同じことを話す
  ( その話、何回言った?酔っ払いか?)

 ・ご飯を食べたことを忘れる
  ( えっ?今、食べたよね? )

 ・料理の作り方を忘れる
  ( 身体が憶えているためか、途中までスムーズだが、突然忘れる )

 ・エアコンのリモコン操作を忘れる
  ( 夏に暖房30度設定になっている )

  などなど。。。

危ないのは火の取り扱いですね。

 ・ガスコンロ、湯沸かし器は元栓を閉めましょう
  ( 最終的に供給を止めてもらった )

そして、金銭の扱い。
これは、なぜ自分のお金を管理されなければならないのか、と怒りますから大変です。

 ・金銭感覚なく買ってくる
  ( 空の財布を持って出かけ、レジで困ることもしばしば )

 ・ウチは通信販売や訪問のセールスも大変でした
  ( 黒酢とかニンニク○黄とか、、、)
  ( 置き薬、牛乳、新聞など、、、)  

 ・公共料金の滞納
  ( 電気、水道、電話、トイレ汲み取り、、、 )

当たり前の話ですが、これらは、認知症と診断される前から始まります。

解約や支払いで苦労しました。

(2)同居できない

両親は、私たち兄弟とは離れ、アパートに暮らしていました。

両親と同居できないのか、という声が聞こえそうですが、我々には両親を受け入れる余裕はありませんでした。

皆さん自身に照らし合わせて、それは可能でしょうか?

可能であればいいのです。

 ・我々兄弟の住居に空きスペースがない
  ( 両親が入る余裕がない )

 ・日中は家に誰もいない
  ( 当時、我々は共働きでした )

 ・夫、または妻が消極的
  ( 世間でよく聞く話ですね )

  などなど。。。

(3)施設はイヤ

すぐに介護施設にお願いすればいい、いう声が聞こえそうですが、残念ながら、いきなりディサービスに通ったり、特別養護老人ホームなどの施設に入所することは出来ません。

地域の包括支援センターに問い合わせることから始めます。( 地域により名称は違うかもしれません )

調査員に状況を調査していただき、介護度が決定され、それに応じた施設を探します。

介護度は、軽い方から要支援1、2、要介護1、2、3、4、5というランクがあります。

ここでは大きく取り上げませんが、要支援1や2の場合は、“介護予防サービス”という、後々介護が必要にならないようにするための予防としてのサービスを受けることができます。

また、要介護1~5の場合は、“介護サービス”という、介護サービスを受けることができます。

それぞれの介護度に応じて、ケアマネージャーさんに、プランを作っていただきます。

ここがとても大切なのですが、認知症になった方は( まぁ、認知症ではない方も )「 自分はまだ介護施設にお世話になるような状態ではない 」「 そんなはずはない 」と思っていますから、なかなか“施設”というところに行きたがりません。

両親も例外ではありませんでした。

特に母は初めから厄介で、ディサービスには「 働きに行ってきて 」「 手伝いに行ってきて 」という風に、自尊心を傷つけないような姿勢で通ってもらいました。

実際、母も働きに行っていると思っていたようで、「 いつ給料が出るのか 」心配していました。

(4)徘徊します

何かのタイミングでいなくなることがあります。

これは、母にも父にもにありました。

逃亡癖は、断然父が酷かったですが。。。

・母は、ディサービスから抜け出して、30分後、1km離れたところで見つかりました。
  ( 施設の責任云々はここではスルー )

・父は、ショートステイというお泊りの夜に、トイレの窓から抜け出して、その敷地内で見つかりました。
  ( 同じくここもスルー )

・父は、元旦に家を抜け出し、雪道で転び、膝をケガして病院行きでした。

・さらに父は、自宅を抜け出して、4時間後、2km先の歩道で見つかりました。
どうやら15km先の自分の実家に向かっていたようです。

いなくなったら、まず警察に届け、できるだけ多くの人で探します。

テレビやラジオで、「 こういう特徴の人がいなくなりました 」いう情報を見聞きしたことはないでしょうか。

車のラジオで、親の行方不明情報を聴きながら、両親を探すのは複雑な気持ちですよ。

自分で戻ってくると思いますよね。

残念ながら、自分では戻ってこないのです。

行こうと思った所に向かってどんどん進み、そして“自分が何をしようとしていたか、何処に行こうとしていたか”を忘れるのです。

ですので、いないと気付いたら、直ぐに警察に届けて下さい。

父も母も交通量の多い国道を横断していました。

炎天下だったら?雪が降っていたら?

(5)すぐ入所できない

ディサービスで大変な状態になってくると、特別養護老人ホームなどの介護施設への入所を考えます。

しかし、申し込めば直ぐに入所できるというものではありません。

施設に空きがあっても、お世話するスタッフが少ないと受け入れてもらうことは出来ません。

複数の施設に予約し、空いた施設からの連絡を待ちました。施設の空きを待っている多くの方々は“複数の施設に予約”していますから、100人待ち200人待ちは当たり前です。

複数の施設に予約していた方が、どこかの施設に入所した際に、他の施設へのキャンセルを忘れている場合もありますので、もし入所出来たら、確実にキャンセルしましょう。

ウチですか?えぇ、キャンセル忘れていましたよ。

入所してから何件か「 空きました 」と連絡をいただきました。

 ごめんなさい。。。

“空く”ということは、その施設にお世話になっていた方が元気になった、病院に入院する状態になった、あるいは亡くなったということです。

 元気になることはあるのだろうか。。。

(6)生前整理

両親共に特別養護老人ホームへの入所が決まり、アパートの部屋を空けることになりました。

施設への入所には、必要最低限の物だけあればよいので、家具、食器、衣類などは殆ど処分しました。

残したものは、

 ・携帯電話1台

 ・理容用のハサミ2本

これは、自分の身の回りの整理整頓のきっかけになりました。たくさん持っていても、どこにも持っていけないのですから。

(7)入所費用

施設の費用は、毎月定額ではありませんでした。

医師の診察や、薬代、状態によっては点滴などもありましたので。

本当にざっくりで申し訳ないのですが、

母は5万円~7万円、

父は6万円~10万円ですね。

第2章 入院

父も母も施設に入所してから2年で思うように食事ができなくなり、点滴や痰の吸引が必要になりました。

そして、誤嚥性肺炎や内臓機能低下で病院に移ることになりました。

(1)延命処置を希望するか

主治医との面談は母も父も4回ずつでした。

1回目。

入院した日に診察、検査の結果を見ながら、おおよその方針を話し合いました。

二人とも、認知症や食事ができない状態で入院したので、今後食事できるようになるのは難しい状態でした。

この時点で言われたことは、いつ逝ってもおかしくはない、ということでした。

全ての病院でこのような話が出るのか分かりませんが、口や鼻から管による栄養の摂取が難しくなってきたとき、“胃ろう( 胃内に管を通して水分や食物を流し込む )”を望むか聞かれました。

しかし、その選択はしませんでした。

生きていてほしい気持ちは分かりますが、そうすることに違和感があったのです。

2回目。

二人とも入院して2週間後です。

経過説明といったところでしょうか。

ほぼ、1回目と同じような話です。

3回目。

母は入院から3ヶ月後、父は入院から1ヶ月後でした。

一般病棟から療養病棟への移動のための立ち会いです。

4回目。

もう駄目かな、といった頃。

実際、二人とも翌日に逝きました。

(2)子供の顔や名前を忘れる

入院後、一週間に2~3回のペースで病院に通いました。

 毎日は無理でした。

 まぁ、顔を見るだけなのですが、、、

母は入院生活の3ヶ月半で表情が大きく変化しました。

初めは誰が来たか分かって、泣いたり、笑ったりと感情を表現していましたが、2ヶ月目には泣き顔のすぐ後には誰だか分からないという表情になり、3ヶ月を過ぎると感情表現が無くなりました。

本当に分からなくなったのか、分かっているけど表現できないのか、どうなのだろう。

父は入院生活中の2ヶ月間、目を閉じたままでしたが、時々問いかけに頷くことはできました。

(3)介護施設に戻れない

入所した施設では、入院していた場合などでも90日間までは状態が良くなれば戻ることが可能です。

しかし、戻れるような状態ではなかったので施設退所の手続きをしました。

入所の際に施設に住所を移していたので、退所に伴い住所を変更しました。

(4)遺体の搬送、安置

入院して107日目の朝に母が他界しました。

予め葬祭会館に話を通していたため、遺体の搬送や安置に滞りはありませんでした。

父は入院後61日目の夜にで他界しました。

(5)耳は聴こえている

母は父より9か月ほど前に亡くなりましたが、父には、そのことを話していません。

同じ施設内にいても、「 心が不安定になるだろう 」ということで会わせることはありませんでした。

父が入院してから「 母の時はこうだった 」などと話していたので、もしかしたら知っていたかもしれませんが、、、

耳は最後まで聴こえているって言いますもんね。

 皆さんもご注意くださいね。。。

(6)入院費など

入院が決まると、入院申込書やオムツ等のセットプランを申し込みます。

入院申込書には、申込人の他に、連帯保証人の欄がありますので、考えておいた方が良いでしょう。

両親の場合は、私が申し込み人、弟を連帯保証人にしました。

当日は弟も同席していましたし、印鑑も2つありましたので、すぐに提出しました。

入院後、健康保険の限度額適用認定を申請します。

月の入院費は、二人とも3万円~4万円でした。

その他の費用は、バスタオルや患者衣、そしてオムツのセットプランで、2万5千円弱でした。

自分たちで用意したのは、

 ・前開きの肌着を5着

 ・使用済みの肌着を入れるバケツ

 ・肌着に名前を書く油性マジック

 ・入浴後のものを入れるビニル製のバック

  これらで5千円くらいですね。

第3章 葬祭

話は前後しますが、母が入院してから、葬祭会館に見積もりを取りました。

斎主様( 神主 )にも連絡します。

 そう、ウチは神式なのです。

神式ではありますが、父の実家の神社が、身内の葬祭行事を主催することを遠慮したので、知り合いの神主さんにお願いしました。

母の死と、9か月後の父の死で、二度喪主を務めることになりました。

今まで親戚の葬祭を手伝った事はありましたが、ただの手伝いと、実際に喪主を務めるのとでは、考えることや行動が全く違います。

私自身、自分のこととして感じたのは、その場に立った時です。

そばにいた妹や弟ですら、分からないでしょう。

まだ経験のない方々はピンと来ないかもしれませんし、全ての方に当てはまる事例ではありませんが、何かあった時に思い出して参考にしていただければと思います。

(1)決めること

遺体を搬送し、安置すると、死亡届を提出しますが、これは葬祭会館の担当者に任せました。

その後は色々と決めることがあります。

 ・担当者とプランの確認

 ・担当者と香典返しを決める

 ・担当者と棺を決める

 ・遺影を決める
  ( これは事前に候補を用意し、兄弟を含めて決めた )
  ( 背景の色なども )

 ・仕出し屋さんと、通夜祭や火葬祭、葬場祭の食事や飲み物を決める

 ・仕出し屋さんと会食は誰に、どの席に座っていただくかを決める

 ・斎主様と両親の経歴をまとめる
  ( これは、事前に調べておいたよ )

 ・斎主様と納骨の日程を決める
  ( ウチは火葬祭、葬場祭当日に納骨 )
  ( 墓石屋さんに連絡 )

 ・墓石屋さんと刻印の日程を決める
  ( 五十日祭までに刻印してくれる )

 ・喪主挨拶
  ( 4回もあったぜ。。。)
  ( 通夜祭、火葬祭、葬場祭、会食 )

 ・孫からの手紙
  ( 出棺の時、棺の中に入れます )

 ・棺の中に入れるもの
  ( 生前、愛用していたものなど )
  ( 火葬で形が残る者はダメですね )

  などなど。。。

(2)安置から葬祭までの日程

安置の後、通夜祭や翌日の葬場祭までは、葬祭会館、斎主様、六曜などの都合でしばらく待つことになります。

 ・葬祭会館の混雑具合

 ・斎主様の予定

 ・六曜
  ( 友引は火葬場が休み、、とか )

具体的な日にちは避けますが、

 ・母は安置した日を含めて合計5日
  ( 水曜日から日曜日まで )
  ( 安置当日に納棺 )

 ・父は安置した日を含めて合計7日
  ( 金曜日から木曜日まで )
  ( 安置翌日に納棺 )

この日数は、当然のことながら会館使用料として葬祭費用に反映されます。

冬は問題ないでしょうが、夏はご遺体が傷みやすいのでドライアイスの量が増えますよ。

(3)見落としがちな費用

葬祭会館から見積もりをもらっていたものの、葬祭の全体像や流れを知らないと思わぬ出費にびっくりします。

事前に葬祭会館に確認しておくか、インターネットや書籍などで情報を得ておいた方がいいです。

葬祭会館以外に必要だった費用

 ・仕出し屋さん

 ・御神饌料( 神式 )をいくら包むか

 ・香典返し( 返礼品 )

 ・納骨、墓石への刻印

 ※実際の費用は(6)で公開します。

(4)敵は身内にいる

ところで、当初の子供たちの意思は家族葬でしたが、父の実家が神社だったため、子供たちだけという訳にもいかず、数名参列していただくことになりました。

「 こうしなければ 」という身内や地域のしきたりがうるさいのです。

 まいったぜ。。。

(5)葬祭の後

葬祭の後は、役所などの手続きなどがあります。

死亡届の提出は(1)で葬祭会館の担当者が代行してくれました。

その時に役所から “やるべきことのリスト”をいただきました。

両親の場合は、比較的簡単な手続きでした。

 ・被保険者証の返却

 ・年金事務所の手続き

  これだけですね。。。

年金は、生存していた月の分まで貰えますので、お忘れなく。
( 母は12月分まで、父は9月分まで )

相続するものがある場合は、もう少し手間がかかるのかもしれませんが、それについて、この note から参考にできるものはありません。

 ごめんなさい。。。

(6)実際の費用 

両親の葬祭費用を公開します。

もっと安い方法もあるかもしれませんので、あくまでも参考まで。

お悔みをいただいても70万円前後のお金は手出しが必要でしたし、遺体搬送から葬祭までの安置期間にも弁当、飲み物、お菓子などのお金は必要ですから、+10万円以上は見ておいた方が良いでしょう。

ウチは神式で、斎主様へのお礼は下記の通りですが、仏式はもっとかかるのでしょう?

 あの文字が一文字でいくらとか。。。

お墓は元々あったので納骨と戒名の刻印だけでした。

母親 合計    1,182,892 円

 ・死亡届提出時   10,000 円
 ・葬祭会館   549,000 円
 ・仕出し屋   218,592 円
  ( 通夜祭、火葬祭、法要膳15人 )
 ・香典返し     56,700 円
  ( 35人 )
 ・斎主御礼   300,000 円
  ( 神式 )
 ・納骨、墓石刻印  48,600 円

 ・お悔み    448,000 円
 ・市からの葬祭費  50,000 円

        △684,892 円

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

父親 合計    1,293,818 円
 ・死亡届提出時   10,000 円
 ・葬祭会館   606,908 円
 ・仕出し屋   266,490 円
  ( 通夜祭、火葬祭、法要膳18人 )
 ・香典返し     66,420 円
  ( 41人 )
 ・斎主御礼   300,000 円
  ( 神式 )
 ・納骨、墓石刻印  44,000 円

 ・お悔み    522,000 円
 ・市からの葬祭費  50,000 円

           △721,818 円

(7)○○年祭は必要?

これは今後の話ですが。。。

宗教関係の皆さま、しきたりを大切にされている皆さま、ごめんなさい。

 あくまでも私個人の考えです。

両親が他界し、これから考えるのは○○年祭( 神式 )という行事です。

罰当たりかもしれませんが、私は “ 葬儀が終われば供養は終わり ” という考えです。

だからといって、亡くなった家族を忘れることはありませんし、お彼岸やお盆、命日のお墓参りを欠かしたことはありません。

ただ、○○年祭( 神式 )というものに意味を感じないのです。

私が住んでいるのは、まだまだ田舎ですから、このようなしきたりから外れることは中々難しいことですが、やらないという選択も有りだと思います。

今後、葬祭のしきたりはどうなっていくのでしょうか。

簡素化が必要だと考えるの私だけではないでしょう。

(8)次はこうする

葬祭の経験から、次はこうしたいと考えました。

1、亡くなる前に、葬祭の方法を数多く、そして詳細に検討しておく

2、亡くなったら多くの方に知らせる

3、通夜や法要での飲み物は仕出し屋を使わない

4、そして何よりも、両親が元気なうちに、親孝行しておく

  話せるうちに話しておくことです。


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ここまで読んでいただきありがとうございます。

この記事は皆さんの参考になったでしょうか。

それでは、また。。。

 ※ 4版に加筆、修正しました
  ( 2020 / 3 / 24 )
 ※ 3版に加筆、修正しました
  ( 2020 / 3 /17 )
 ※ 2版に加筆、修正しました
  ( 2019 / 12 / 11 )
 ※ 初版に加筆、修正しました
  ( 2019 / 9 / 14 )

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👽 発病をきっかけに組織に縛られない生き方を選びました / 🥋 中断した空手の復帰を目指す /💥 関節リウマチ6年目 / 🐈️ 4歳の猫♂がいます ( twitter https://twitter.com/oyaji_leal_ra
コメント (2)
私も体験いたしました。一人娘だったので、自身の仕事、病気、介護の途中で、父の時も、母の時も、自分が緊急入院したこと。役所の中を駆けずり回ったり、葬式、埋葬、なんせ全て一人だったので、本当にこの記事を読んで、色々思い出しました。なんせ、お金がかかります。わからないことだらけで不安にもなります。でも時間はまってはくれませんもんね。父が逝き、その一年後に母を送りました。自宅介護でしたので、自分がいつ寝たのかが思い出せません。但し最期の孝行をさせてもらえたことに大感謝してます。誕生も死も、荘厳なんです。最期まで生ききった両親の姿は、親としての私への最高のプレゼントですし、誇りです。とても重大かつリアルな記事に共感いたしました。🙇💖
お読みいただきありがとうございます。仕事をしながらの自宅介護は、本当に大変だったと思います。私たちは、両親が介護施設に入所できただけでも、かなり助かりました。もし自宅介護だったなら、自分たちが潰れてしまったかもしれません。私はもう経験することは無いと思いますが、これから経験するであろう方々は、本当に他人事と思わず、参考にしていただければと思います。
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