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『オオウラギンスジヒョウモンとツマグロヒョウモン』~人気とレア度~

 6月中旬のある日、その日も白金台の国立科学博物館附属自然教育園で嬉々として自然の写真撮影に臨んでいた私は、可憐な白い花の花序がまるで動物の尾のように見えるイヌヌマトラノオの群生地のある池の畔で、一幕の人間模様を目撃した。
 自然教育園の園内では、時折園路の片隅などに人だかり、スマホから大小さまざまなカメラまでを手にした人だかりを目にすることがある。レアな生き物(植物も含め)が降臨……と言っては大げさだが、出現したに違いないのである。その時も、目ざとく人だかりを見付けた私は、池の反対側から現場へと急いだ。
 急ぐと言っても池辺の園路は凸凹しているので注意しながらであるが、正直、レアな生き物の撮影には鍛錬が必要で、自分で見付けて撮影できた、というのももちろんあるが、『人だかり』という標識のおかげで撮影できた、というのが結構あるのは否定できない……

 さて、現場に到着すると、ターゲットは、本稿冒頭の写真ではあまりうまく再現出来ていないが、オレンジ色も鮮やかなヒョウモンチョウであった。近年温暖化の影響もあって著しく勢力を拡大している、自然教育園でもおなじみの『ツマグロヒョウモン』とは違うことはすぐに分かった。ヒョウモンチョウの仲間は見分けが難しいが、後で家に帰って調べたところ『オオウラギンスジヒョウモン』だと思われる。
 冒頭の写真が決して最適なアングルとは言えないのは、ベストなポジションは既に他のギャラリーによって占められてしまっていたからだ。何分相手は自然の生き物、ほどなくして『オオウラギンスジヒョウモン』は飛び去った。 
 
 一幕の人間模様、ささやかなドラマはその後に起きた。現場のすぐ後方から一眼レフカメラの連写の軽快なシャッター音が響いてきたのだ。皆が一斉に振り返ると、チロリアンハットの初老の男性が、タカトウダイという花の上にとまったヒョウモンチョウを撮影している。私を含めて多くの人が、すわ先刻の『ウラギン』かと騒めいた……。と、「違うな」と冷たい一声が言い放った。見ると、その男性、アポロキャップ氏とでもいっておこうか、続けて「オレンジ色が全然違うでしょ。『ツマグロ』、『ツマグロ』」とたたみかけたのである。
 わたしにも、その蝶が『ツマグロヒョウモン』であるとすぐに分かった。後翅のへりが黒いのですぐに見分けられる……
 が、チロリアンハット氏は、こちらを振り返るでもなく、返事をするでもなく、黙々と撮影を続けた。……微かにしらっとした空気が流れ、やがてギャラリーは散っていった……

 後刻、家路につきながらこのシーンを思い返していた私は、チロリアンハット氏は、件の蝶が『ツマグロ』だと知っていて、単にその美しさから撮影をしていただけなのではないか、と思った。飛び去った『ウラギン』と勘違いして撮影していた訳ではないのである。別段アポロキャップ氏に悪意があった訳ではないが、チロリアンハット氏にしてみれば、若干の迷惑であり、ばつの悪い思いもしたであろう。

 そもそも、『ツマグロヒョウモン』は決して珍しくはないが、美しい蝶である。私の撮影した中から2枚ほど紹介しておく。

ツマグロヒョウモン(オス)のデュエット

 

ツマグロヒョウモン(メス)


 『ツマグロ』と『ウラギン』、ともに美しい蝶であるが、『ツマグロ』には決して人だかりはできない。この『人気』の差は何であろう?
 『ウラギン』は、近年その食草の減少などが原因で個体数が減少してきていると言われ、地域によっては準絶滅危惧に指定されている。つまり『希少性』があるのである。滅多に見れないレアなもの、まして美しいとなれば『人気度』が上昇しても不思議はない……

 ちょうどよい機会なので『人気度』というものを考えてみると、人気が出る出ないの座標軸としては、そのものが持っている元々の『価値』、例えば今回の事例で言えば蝶としての美しさ、そして、『希少性』の他に、『露出度』という軸がありそうである。
 『露出度』は一見『希少性』と同じようにも見えるが、『露出度』が全くの0(ゼロ)、つまり、いまだかつて人間の前に姿を現したことがないものには『人気』のつきようがない――誰も知らないのだから――。また、どんなに『希少』でも『露出』しすぎれば飽きられるということもある。『価値』と『希少性』は数値が大きくなればなるほど『人気』が上がりそうだが、『露出度』にはその上下に閾値がありそうだ。

 私は社会現象を公式化するのが好きなので、上記のような座標軸を含めて『人気』というものを公式として表現してみると――

 『人気度
=『価値』×『希少性』×『露出度
(註1)『価値』=『客観的価値』×『主観的価値』
(註2)『露出度』には最適露出度とでもいうべき
    許容範囲があり、単純に数値が大きくても
    小さくても駄目なような指数として
    表される。

 『価値』には人の評価とそれを自分がどう受け止めるかの客観と主観が付きまとうので上記のようにした。『人気度』とは人間臭いなかなか面白い指標だと思う。例えば、ものすごい個体数が存在して全くレアではないのに、人間界にはたまにしか姿を現さない地下生物・埋蔵物のようなものは、美、その他の何らかの『価値』があれば『人気度』大となりそうだし、逆に、どんなに『価値』があって『希少』でも、美しい獣が暗い森から明るい野に出てくるように『露出』をしないと人間界からは全く認められない。……私が投稿しているこのnoteなど、定めしその『露出』の機会を与えてくれる貴重な場なのかも知れない。それは、まだ世に知られてないものを発掘し繋げるのは、メディアないしプラットフォームの最も重要な機能だと言っても過言ではない。

 昆虫の世界を見ていると、人間の社会が見えてくる。まさに、昆虫すごいぜ……おっと、これは某人気テレビ番組のパクリだ……「昆虫アッパレ!」とでも言っておこうか。
【以上、『随想自然』第5話】


(インスタグラムhttps://www.instagram.com/angelwingsessay2015/で、主に東京都心で見れる自然の写真を紹介しています。)


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