私のための料理

「料理とかしないの?」

そう、控えめに当時の恋人から確認された大学二回生の頃、私は料理と言う料理をしたことがありませんでした。と言うと毎食外食みたいですがそうではなく、自分のための最低限の何かはしていたけど、いわゆる料理名のあるちゃんとした料理を作っていませんでした。男子の大好きな「肉じゃが」みたいなことです。

私にとって料理と言うものは、熱の加えられた肉と野菜などの塊だけを指すのではなく、絶妙な色合い、温度、それに合うお皿、照明などなど、色んなものがちょうど揃ってこそ、一つの「料理」が完成します。と言うことに最近気づいたので書いてみます。

大学生の頃に一人暮らしを始めましたが、最初は包丁が一本か二本、まな板一枚、フライパン一枚、普通のお皿数枚しかありませんでした。家の間取りは六畳一間で明るい蛍光灯。調理をする過程、そして食べる環境があまり好きじゃありませんでした。

一応私も日本人女性なので、料理をしない二十歳そこそこの自分に対して多少後ろめたい気持ちはありましたが、やりたくないものはうまくなりません。働き始めると飲み会も多くなり、仕事が忙しくてとてもお弁当を作る気にもなれなかったので、近くのカフェなどでご飯を食べ続けました。本と雑貨の店で働いていたのもあって、料理本や調理器具、器は好きで集めていたのですが、技術のほうはと言うと、アラサーになった今でも全く上達していません。

でも最近、夜外食することがほとんどなくなりました。大きな要因は料理をする、そして食べる環境にあると思います。私が今住んでいる場所は1898年と19世紀に立てられたヨーロッパの古い石造りのアパートメント。幸か不幸か第二次世界大戦に空襲を受けた跡が今も残っており、それが建築に面白みを与えています。

私の部屋は、ハンガリー人の女性の大家さんが以前住んでいたところで、たくさんの調理器具とお皿、コップなどがあります。そして自由に動ける余裕のある台所。暖かい色の照明。広いダイニング。極めつけは家の近くの市場で新鮮な野菜が買えること。

これらの要因が重なってやっと、私のための料理を作る楽しさがわかるようになってきたように思います。といっても家に帰ってくるのが遅めであり一人暮らしなので、しっかり手の込んだ料理をすることはないです。シンプルに肉と野菜を焼いたものだけ。でも何故か過去にないほど満足度が高いです。

まずオーブンを200度ぐらいに暖め、その間に野菜を三・四種類少しずつ用意します。例えばカリフラワー、パプリカ、ズッキーニ、なすなど。今なら葉つきにんじんとか。大さじ一杯のオリーブオイル、みじん切りにしたにんにく、適量の塩、黒胡椒、クミンシードで和えた野菜を鉄板にのせ、オーブンで15分間焼きます。一度取り出し、家にあるハード系のチーズ(私の場合グラナパダーノ、ペコリーノロマーノ、コンテなど)をすりおろしてさらに五分焼けば完成。時間がある日は皮つきのじゃがいもを一時間かけて焼く(オーブンに放置する)こともあります。

大きな白いお皿があるので、オーブン焼きの野菜と、お肉を焼いて添えます。最近は豚肉に塩コショウし、繊維を切って肉たたきでやわらかくした後、小麦粉をまぶしてフライパンで二分ほど焼き、アルミホイルに包んで野菜を焼いているオーブンの中にいれて十分ほど放置しておく焼き方が好きです。ソースは、市場で買った砂糖を使用せずに作った甘酸っぱいラズベリーのジャムを使っています。

とても他人に自慢して言えるような内容じゃないのですが、何故かこういう、なるべく素材の味を生かしてあれこれ加工しない料理に挑戦するようになりました。今はラディッシュが美味しいので、たまにレタス(サラダ菜)と一緒に添えたり、作りだめした野菜のスープやザワークラウトを一緒に食べたりもします。このやり方だと、家帰ってきてご飯が出来るまでに30分もかからないんじゃないかな。食べるまでにどれくらいの時間がかかるかも大切ですよね。

やっとこうやって私のための料理を作ることが出来るようになりました。それまでは、レシピにあるものだけを作るのが料理だと思っていたし、いわゆる「女性」の作る手の込んだ料理が正統だと思い込んでいたけど、もっとカジュアルで自由な発想があってもいいよね。

料理それ自体のことだけではなく、女性は料理を作るべきものだ、というステレオタイプから徐々に自分が抜け出すことによって、少し行動パターンが広がりつつあるような気がします。こんな簡単な私のための料理だけど、する前だったら旬の野菜を探しに市場に(スーパーじゃなくて)行ったりしなかったし、めんどくさそうな野菜(基本的には皮をむくにんじんとか大根とか)は使わないで何か作ろうとしてたもんなぁ。そして道具(ストウブの鍋やマトファーの木べら)も使えば使うほどいい味を出してきて、また料理をしたくなるという。

今日のご飯は何にしようかな。