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生きる道の途中

こんばんは。ジェリーです。



「キネマの王様」



ずっとみたかった映画を見に
錦糸町の新しくできた楽天地まで
みにいってきました。

お盆休み中は家にこもりっぱなしだったので、
気分転換にと思い、足を運びました。


家に引きこもっていた3日間はなんとなく
ずっと気分が上がらなくて
なにも手につかない状態が続いていましたので

このままやる気が一生出ないで

干からびてしまうのかと思うなか、
素晴らしい作品をみることができ幸せに思います。



昔の風景や懐かしい町並みとして
よく取り上げられる昭和の古民家や商店は
決まって活気にあふれていますよね。



陽気な店主にタメ口の客、
かわいい娘に肝っ玉母ちゃん。



わたしが生まれてからは
そんな風景はみたことがないのに
ありきたりで、なぜか懐かしい気持ちになります。



また熱量もそうです。



まるでいまの世の中が冷たいかのように
感じてしまうほど
人情味に溢れ、感情移入してしまいます。

少し引いた視点でみると、
”いまの世間の願望”のように見えてしまうときがあります。


もしじぶんの子供ができたときに
その時代に流れている映画やドラマは

平成・令和のどこを表現しているのか

はたまたその時代も昭和を表現しているのか

日本人としてのプライドや威厳、
誇りは過去の遺産なのか

疑問に思うことも多々あります。



しかし、生きてきた道を
一番近くで見ているのは
時代でも歴史でもなく、

家族なのだと
気づかせてくれた作品だったように思います。



なにが言いたいかとゆうと、
うまく表現できないほどの感動があったということです。


この作品にかける思いや
熱量を画面越しにも感じ、
映画館で見ることができてよかったと強く思います。



それと同時に    

「これに人生をかけて生きていく」 


という夢だったり指針がない
いまの自分がすごく情けなく思い、

なんとなく生きている
その他大勢の一部で一生を終えるのかと
悲しく、無力な感情も湧いていました。


子供の頃どんな未来をみていたかという記憶には蓋をしているのか
覚えていないような気がしています。




「家族を養っていくこと」


「じぶんのやりたいことをやり遂げること」


「相手のために尽くすこと」


どれをとってもはたからみたら、
幸せのように思えます。

どれも叶えたらいいじゃん🙄
というのが理想なのですが、

年を重ねるごとに不安は募ります。


踏みとどまっている時間が長いと
足が地面に吸い込まれていくような
妙な感覚を覚えます。



男は男らしく

とはよくいったもので、
男がまっすぐいてくれるだけで、
家族というのは生きる指針を持つことができます。


日本人が築いてきた
「大和魂」ともいえる考え方や思想は
家族を守っていく上で揺らぐことのない指針だといえます。



理想論ではないですが、

「男」としてというより
ひとりの「人間」としてまっすぐに
生きていきたいと思ういい日になりました。



なんとなくベットで終えてしまうはずだった
今日がなんとなく
考える日になったきっかけをくれた


「キネマの神様」

という作品に感謝したいと思います。



毎年花火を見上げていた夏休みとは
違う夏ではありますが、


温かい気持ちと愛情を学ぶことができた
今日という日に感謝感謝です。





じぶんが愛する人を1番に愛したいものですね。


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