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かさぶたカサカサお受験記(2)行き場をなくした神奈川七変化【前編】

10月も半ばに入り、神奈川受験が解禁された。
都内近郊にお住まいのお受験ガチ勢で神奈川を無視できるのは「幼稚舎以外ひとにあらず。不合格の先にはその人権を抹消され海外留学という名の流刑に処されるやんごとなきご一族」のみであろう。

都内在住で神奈川校を第一志望に据えるご家庭も少なくない今、神奈川とは決して都内の前哨戦ではなく、死に物狂いで食らいつかねば生き残れないまさに血で血を洗う戦国絵巻である。

かさぶた家も迷うことなくこの戦に参戦した。
しかも午前午後のダブルヘッダー2校連続受験である。

お受験界のマッキンゼーアンドカンパニー新卒5年目の勤務環境と同等といわれるキングオブ激戦の日程を告げる受験票が届いた時は我が子の運命を呪った。
しかし厚子は腐ってもプランナー。危険予測と進行管理力には定評がある。

まず秋の学校別模試を同日午前午後の連戦に複数回設定。ノー天気な息子に「ほら、試験って1日2回あるものザラだから。なんなら保育園年長児の初秋の過ごし方なんてこんなもんよ」と洗脳する為である。

リスクシミュレーションの為同環境下(試験と同日同時刻)で実際の経路をたどり混雑具合やエスカレーターの位置、出やすい改札などもチェックした。

おにぎりとハンバーグ、そして唐揚げをこよなく愛するぼっちゃんの為、おいしそうでかつ混み合わなさそうな店舗を数店ピックアップ。当日「何が食べたいかね?」と選択肢を与えることで息子の主体性を満たし胃袋をがっちりつかむ食事プランも織り込み済みだ。

これが婚活中のアラサー男子であれば完璧すぎるほどパーフェクトビューティなエスコートプランである、このプランを1つ1つ確実にこなすことで次回のデートにバトンをつなぎ即入籍である。もしや私の天職は、マーケ職でもプランナーでもなく婚活戦士だったのかもしれない…

そんな妄想と現実逃避の為、twitterで話題となる婚活アカウントをウォッチしている間に神奈川本番を迎えた。

プランナー厚子の秘策は受験校に向かう電車内でも万全である。
twitterの民が「神の子」と敬い、凛々しすぎるお姿が視界に入るだけで自然とこうべを垂れてしまうことでおなじみのトイくんを息子と共に熟読することにしていた。

彼の記憶にカリスマの存在を深く刻む為直前までその存在を明かさず、行きながらでの意図的なる初出しである。

「ナニコレかわいい~!!」

見た瞬間テンションが爆上がる息子。言うてもしょせん6歳男児、お母さんの手練手管にかかれば無邪気なぼくちゃんを手の上で転がすことなど造作もない。

「ね、かわいいでしょ。この子はトイくんっていうんだよ。ではトイくんのお話をはじめ…」

「ねぇねぇこれ誰が描いたの!?どうやって描いたの!?なんていう名前の人が描いたの!!?オスなの?犬種は何なの?!僕はゴールデンレトリーバーが好きなんだけどママはブヒちゃんが好きだよね!だって豚が好きだから!そういえば今日”ぶたのたね(絵本)”持ってきた!?」



その時、人類と厚子は思い出した。
我が家の息子が、5秒歩けば10言しゃべる、口を閉じる行為が窒息と同等であり黙ったらマグロのごとく深海に沈む東の明石家さんま師匠であったことを。

生きてるだけで丸儲け

テンションがぶちあがり、論点が全くおかしな方向に振り切れてしまった息子の質問は、最終的に僕は本当は犬が飼いたいのにどうして犬猫アレルギーになってしまったんだ。何の動物なら一緒に暮らせるかお母さん今すぐ検索して!ハリネズミでもいいんだけどね。と単なるわがままに姿を変え、召使のごとくお母さんを顎で使い始めたのである。

おいお主。その言動、お母さんはちょっとイラっときたぜよ。そう舌打ちをしかけた隙に


「ぎゃははははは!なんだこれ面白いね~たぬきくんは本当にダメな子だなぁ!!

息子突然の悪口発動である、シンプルに最悪である。

ゴーイングマイウェイなたぬきくん近影
引用:りっぱなトイくん(レインボー先生著)


トイくんのお話の中に登場する「マイペースでおっちょこちょいなたぬきくん」。そんな彼を、自分を棚に上げてディスりまくる車両内断トツNO.1ダメな子こと息子、圧倒的自滅である。

この段階ですでに厚子の血管はピクピクと波打っていたのだが、落ち着け。落ち着くのだ、ここで怒ったらかさぶた家はおしまいだ。

SNS上の諸先輩方やお教室の先生方が口酸っぱく言っていた「考査当日に決して怒ってはいけない。何が起きても笑顔で迎え入れ頑張ったねと褒めること」。その約束を守ると夫婦で決めていたからだ。

そして、厚子はそれ以上に激怒することを避けねばならぬ事情を抱えていた。

長い受験期間を重ねるうち、ストレスよる歯の食いしばりが悪化。1本何万円もするセラミックジルコニア(保険外の白い歯の詰め物)が立て続けに何本も割れまくり治療に数十万かかっていたお母さんである。これ以上ジルコニアを割る訳にはいかない、だって入学金を振り込まなきゃいけないから。

心を落ち着けるため、左上奥歯さんから順番に1本1本に話しかける。


大丈夫、もう大丈夫だよ、長くてもあと1か月もしないでこの苦行の旅は終わる。そうしたら厚子の歯のくいしばりも収まって、貴方たちも解放されるからね。今までつらい思いさせてごめん、でももうちょっとの辛抱だよ。うちらズッ友フォーエバー。守るよジルコニアンズ。

80歳になっても20本以上自分の歯を保とう。8020運動に積極参加する厚子の愛しき歯への語り掛けが右下3本目まで進んだところでいつの間にか午前受験校に到着していた。


時間は過ぎゆき考査が終了。
待機場所内で多くの家族は感動の対面を果たしている中

「でゅふふふふふ」

という聞きなれた、しかし決して小学校受験会場で聞いてはいけない、口に出すことも憚られる奇妙でアホ丸出しな笑い声が聞こえた。

間違いない、あれは私が6年前腹を痛めて産んだ子の声だ。

無意識下でギリギリと歯ぎしりが起こりジルコニアンズを躊躇なく痛めつける厚子の目に飛び込んできたのは、知らん男の子と横っ腹をつつきあいながらヨーホーヨーホーお気楽に軽いステップで会場に戻る息子の姿であった。

息子「お母さん!お友達出来たよ!!」
知らん子「あのねー体操の時間にねーお話たくさんしたんだよ♪」
息子「この子本当に面白いんだ」
知らん子「キミでしょ~が!」

そう笑顔で話す息子のポロシャツの裾はベストの下からびろーんとはみ出ていた。

たとえ初めての場所であってもすぐにお友達を作り楽しく遊ぶコミュ力は息子の長所であり、根っからのパリピ魂はそのブレを決して許さない。


しかしここは考査会場である。試験である。1年半お教室に通い続け、弱点はしらみつぶしに潰してきた。お教室や模試では完璧にできていたはずの「みんなで遊ぶお時間(行動観察中)以外はお友達とお話しない。」のお約束が、神奈川の荒波にのまれ藻屑となって消えた瞬間であった。

ついさっきまで「この子は本当にダメだな~」とディスられていたはずのたぬきくんが、私の目の前にいた。2匹いた(ひとりは知らん子だ)

そして子だぬきが2匹いるということは、無論親だぬきも2匹いるのだ。3席となりで厚子と同じように…いやそれ以上にプルプル震えを堪え切れない女性に気づく。

左が阿形、右が吽形さんです
写真引用元:奈良寺社ガイド

プルプル震える貴女は阿(あ)、ざわわざわわ、傍らに立つ私は吽(うん)。
守ろう、東大寺南大門。
作ろう、起源の始まりと宇宙の終わり。

閉口の吽形、私は右のたぬきをしばくから、開口の阿形、そちらのお母さんは左のたぬきをよろしくね。

神奈川に突如現れた2体の金剛力士像。怒りを必死に堪える阿吽の呼吸が完成した瞬間である。


そこから1時間、吽形担当厚子の口が1mmたりとも開くことはなかった。

神奈川の金剛力士像は、風を切り波を走るスピードで会場を後にした。
早々に帰宅の路についた親子たちにマッハのスピードで追いつきそして颯爽と追い抜いていく。あっという間に先頭グループに合流、そのカーブさばきとコーナリングテクニックは決して無免許運転とは思えない(当時)。駅までの帰路がパリオリンピック競歩会場であったなら、銅メダル以上は確実な圧巻の試合運びであった。

オコッテハイケナイ。


厚子の頭の中はこの9文字でいっぱいであった。
例え母が競歩日本代表になろうとも、金剛力士像がその身に降臨しようとも、ジルコニアンズがあと何本かいかれてしまっても、猛毒ボトックスでは解決しかねるシワが眉間ど真ん中に深く深く刻まれようとも。


決して怒ってはいけない、だって今は考査の真っ最中である。

イイか厚子よく聞きなさい、貴方は東大卒マッキンゼーの新卒5年目のアナリストよ。エリート中のトップエリート。大前研一先生のおひざ元で魂を燃やす為、クライアントが8時間履いた革靴に注がれたリシャールストレートを笑顔で一気飲みするの。丸3日徹夜して提案した業務改善プランを一切の決裁権を持たない担当者に「ごめんごめん、上に稟議通し忘れてた。」とぶった切られても決して顔に出さないって決めたじゃない。だって私はマッキンゼー。そうよあなたはアメーバ経営。救うぞ、日本航空。

マッ●ンゼーの方に怒られないか心配です


爆発寸前の怒りを神奈川の空高く飛ぶ赤い翼にぶん投げることでやり過ごした。


目撃者である夫は「超スピードで息子の手を引き闊歩する厚子さんの背中に鬼が見えた。また呪術廻戦のお父さんとエンカウントしちゃったのかと思ったけれど、息子に事情を聞いたら厚子さんがあっちの世界に行ってしまったのが分かった。」と弱々しく証言した。

ぼっちゃんの好物をなんでも食べさせてあげよう。その後お気に入りのゾロリと絵本を読んだら、歯磨きをして身だしなみを整えよう。この時間に電車に乗って、少し余裕をもって午後の学校に行こう。

そんな厚子渾身のプランニングはもろくも崩れ去り、策士が策に、プランナーがプランに溺れた。完膚なきまでの敗北である。

お昼ご飯は結局駅前の適当なうどん屋に入り、丼いっぱいのきつねうどんを食したにも関わらずまだ足りないという息子にコンビニでドーナツを買い与えてくれたらしい(夫が)。

これ以上息子と一緒に過ごしたら「かさぶた家大乱闘スマッシュブラザーズ」が開幕されること必至な為、物理的な距離を取るため厚子はひとり駅のベンチに座り込み、1か月ぶり2度目のざわわタイムを迎えていた。

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