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【読書レビュー】赤の他人の日常がこんなに面白いはずがない

自分の過去の日記を読むのは結構楽しい。
記憶とともに、当時を追体験できるからだ。

では、全く知らない人の日記を読んだら楽しめるだろうか。
いや、どこの誰かも知らない人が何してたってどうでもいいし面白くないわ、という気持ちになってしまう気がする。

しかし、この本『時をかけるゆとり』は決してそうはならないことを約束しよう。
なんなら法に基づいて契約を交わしたっていい。

※本の内容にはほとんど触れていませんが、気になる方は先に本を読んでみてください。

この本は著者が大学生から社会人になる生活のある場面をいくつか切り取って、エッセイとしてまとめられたものだ。
つまり、私は全く知らない朝井リョウという人物のとある日常に少し触れただけなのだ。

それなのに、何だこの読了感は......!
登山してたどり着いた山の頂でのあの爽快な気分に近いものを感じる。広い空の下街並みを見下ろしながら、なんだか人生っていいものな気がする!と感じられるあの瞬間だ。

ちょっと本を読みたいけれど、重たい物語は読み始めてしまったら大変だし、頭を使うような内容も疲れてしまうし、何を読めばいいかわからない......
そんなときはこの本。
いつでも気軽にカラッと笑える読書体験!

ネットショッピングの商品紹介みたいになってしまったが、まさにその通りなのだ。

正直なところ、この本を読んで学んだことがあるかと聞かれると、んーと低音の唸り声をあげたままその場を立ち去ってしまいそうだが、ただ純粋に文章を楽しむための読書としてちょっと素晴らしすぎる。
きっとこの本を読む誰もが、自虐が取り入れられつつも楽しく生きるその姿に、笑いをこぼしながら読み進めることになるだろう。

中でも一番感動したのは、その文章力、表現力だ。
著者は自分の手足のように、下手したらそれ以上に言葉を操ることができるのだろうと感じた。
本の中には、自転車で東京から京都まで行く話や、バイト先が潰れた話など、おそらく生活の中で印象的だったであろう場面が切り取られている。
しかし、著者であればどんな些細な日常でも面白く書けてしまうのではないか、と思わせられる。

その言葉にこの動詞を使うとは。
ここでその例えが出てくるのか。
そう感じさせてくれる瞬間が23個の短編エッセイの中で何回も訪れる。

そしてこの本はぜひ解説まで読んでほしい。
作家である光原百合さんが書いているものだが、(あたりまえかもしれないが)これがまたなんとも素晴らしい文章なのである。
今こうやって感想記事を投稿している私が言っては元も子もないが、こんな素人が書く感想を読むくらいなら、光原さんの解説を読んだ方がいい。
私がぼやっと伝えてきたことがありありとした姿でそこに書かれている。

そしてなんと、嬉しいことにこの本には続編があると!
よーし、これは読んでやるぞ。
トイレットペーパーを補充しながらそんなことを思った。

text : paul
鳥と幾何学模様が好き。


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