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バーネット『小公子』を読む。愛されることと愛すること。

 私は幼少のころにも『小公子』を読んだことがあります。他人と仲良くなるのが苦手な子供だったので、会う人皆に愛される、主人公セドリックがとてもうらやましかったように思います。

 物語は、アメリカ暮らしの少年セドリックが、イギリス貴族の跡取りだと知らされ……というところから始まります。

 セドリックは美しく聡明、素直な子どもで、老若男女問わず友人になってしまうような優しい心の持ち主でした。

一方イギリス貴族の祖父、ドリンコート伯爵は意固地で傲慢、癇癪持ちで冷たい心の持ち主でした。

 彼は友人もいなければ使用人に慕われてもいません。生活をともにする家族もいません。妻や息子はいましたが、いずれも死別している上に、生前にあたたかい心の交流があったとは言えませんでした。

 そんな伯爵を、セドリックは「優しくて親切なおじい様」と信じて慕います(いじわるな目で見ると、セドリックの勘違いに近いのですが……)。

 疑いもなく自分を慕ってくれるセドリックに、伯爵は落ち着かなさを感じます。自分が善人でないことを、自身が一番わかっているからです。

 それでも、素直で明るいセドリックと暮らすうち、変化が訪れます。

 下心なく信じてもらえることの喜びが、伯爵の心に芽生えていました。何よりセドリックの笑顔を見たい、と思うようにもなりました。

初めのうちは、きりりっとしてかわいいため、自慢したいだけだった。それがいまは、自慢というような、弱いものではなく、ほかの、もっと強いものが、伯爵を引きつけるのだった。

 自他ともに認める「子供嫌い」であったはずの伯爵は、いつのまにかセドリックを大好きになっていたのです。自慢の所有物としてではなく、大切なかわいい孫として。

 顔かたちの美しさや、物おじしない強い心、貧しい人々への優しい気遣いなど、セドリックはすばらしいところをたくさん持っている子供です。

しかし何よりセドリックは、人を愛することを知っている子供でした。

 伯爵はセドリックに愛されることで、セドリックを愛するようになります。そしてさらに、セドリックが大切に思う人たちを愛するようになります。

『小公子』はセドリックが貴族の跡取りとして落ち着くまでの物語ですが、本当のところは、セドリックを中心として「愛することと愛されること」がゆっくりとその輪を広げていく、あたたかな物語であると思います。


 フランシス・ホジソン・バーネットの有名な作品には『秘密の花園』『小公女』そして『小公子』があります。今回読んだ『小公子』は昭和に発刊された川端康成(と野上彰)訳で、新潮文庫に入っています。


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