論文の中に一人称は登場するものなのか
「論文の中には『私は』とか『私たちは』とか,一人称を登場させるものではありません」
……と,少なくとも私自身は学生時代に学んだように思います。
レポートの中にも,「私は」と著者自身が登場すると,ちょっと気になってしまいます。たとえば……
◎私たちはBig Five尺度を用いて調査した。
◎○○は××だと言われているが,筆者はこの考え方に疑問を抱いている。
こんな文章とか。
こういう時は,たとえば……
◎Big Five尺度が調査に用いられた。
◎○○は××だと言われているが,この考え方には疑問が示されている。
とか,できるだけレポートを書いている本人の「筆者」が,文章の中に登場しないように書くことが,なんとなく客観的で冷静で正しい書き方のように思えます。
引用するといい
さらに,自分の意見を主語を用いて記述するよりも,他の文献から意見を引用しながら書くと,さらに客観的な文章になります。
◎○○は××だと言われているが,この考え方には疑問が示されている(小塩, 2021)。
こう書くと,自分の意見を主張しつつ,「これは先行研究から引用した文章なので,何かあればこの文献(小塩, 2021)を参照して確認してくださいね」と,あたかも自分の責任を回避するような,かつ自分の意見に論拠を与えるような書き方になっていきます。そういう意味でとてもお得な書き方なのですが,さまざまな意見を述べている文献をたくさん知っていないと,うまく引用しながら文章を書くことはできません。
英語の論文の場合
さて,英語の論文を読んでいくと,日本語の論文よりも一人称がよく登場します。しかしその一方で,海外でも「一人称は禁止」と考えている人々もまだ一定数いるようです。
この問題について,アメリカ心理学会のブログで触れられていました。論文を書く際のフォーマットにはいくつか代表的なものがあるのですが,アメリカ心理学会のフォーマット(APAスタイル)は,その代表的な論文フォーマットのひとつです。
今回紹介するブログ記事は,このAPAスタイルに関連するシリーズのひとつです(The “no first-person” myth)。
「一人称禁止」神話
この記事で取り上げているのは,「一人称禁止」神話と呼ばれるものです。ああ……もう最初から「神話」と書かれてしまっていますよね。ということは,一人称が禁止ではないということを言っているのと同じです。
そして,APAスタイルには一人称代名詞を禁止する規定はありません。むしろ,実際には一人称の使用を推奨してもいます。
代名詞を使おう
自分自身の見解や,自分や共著者の見解を述べるときには,「I」や「we」などの代名詞を使いましょう,と記事の中で推奨されています。一人称代名詞を避けて,「著者は」と書く場合もあるかもしれませんが(日本語のレポートだとそれも避けた方がいいと個人的には思うのですが)……
◎the authors interviewed participants.
このような文章は,
◎We interviewed participants.
と,「we」を使って書いた方が望ましいというわけです。実際に,このような文章は英語の論文の中ではよく登場してきます。
他にもこんな感じで……
“I think…”
“I believe…”
“I interviewed the participants…”
“I analyzed the data…”
“My analysis of the data revealed…”
“We concluded…”
“Our results showed…”
APAスタイルで確認
このような方針は,APAスタイルの4.16項に記されています。以下のリンクのとおりです。
ただし……使わないとき
ただし,いつでもweを使えばいいというわけではありません。
◎一般的な人々を指すときに「we」の使用は避けるべき
という方針も示されています。読者に誰を示しているのかを明確にするべき時は,明確に記載するのが望ましいということです。こういうときは「people」「researchers」など,人々が誰を指すのかを明確に書きましょう,ということも推奨されています。
さらに……要注意
個人的には,この書き方は日本語にそのまま適用するのは,あまりよくないのではないかと思っています。このアメリカ心理学会のブログでも,学生が論文を書く際には,指導している講師のガイドラインに従いましょう,と書かれています。
「APAのガイドラインがこれなのだから絶対的に正しい」と判断してしまわないように,注意しましょう。また,英語の論文の書き方だからといってそのまま日本語に持ってくると違和感が生じる場合もあるので要注意です。もっとも,日本語の書き方もあと10年経てばどうなっているか,予想は難しいですけどね。
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