考えていることを平面に配置する整理方法
一時期,青年心理学の研究や発達心理学の研究では,よくこのやり方が概念の整理方法のひとつとして使われていました。それは,縦軸と横軸の2次元を平面状に描いて,概念整理を試みることです。
うまくいけばとても良いアイデアの整理になるのでオススメなのですが,いつもうまくいくとは限りません。今回は,この平面で整理するときのコツについて考えてみたいと思います。
軸を考える
平面のことを考える前に,1次元のことを考えましょう。
直前を引きます。そして,片方の端を「高い」,もう片方の端を「低い」とします。何でもいいので,このように考えましょう。身長でも体重でも,知能でも学力でも国語の点数でも数学の点数でも,足の速さでもボール投げの距離でも垂直跳びでも,明るさでも穏やかさでも好奇心の強さでも,なんでもいいのです。
とにかく,数直線を描いて,とても低いところから高いところまでモノサシがあることをイメージしましょう。そして,このモノサシのうえに,それぞれの人が乗ります。ある人は身長が高く,ある人は真ん中くらいで,ある人は低くなります。足の速さでも,ある人は速く,別の人は遅くなります。数直線は,問題にするものの数だけあります。人間を表現するのに,とてもたくさんのパラメータを設定することができると考えてもらっても構いません。
このように多くの人を数直線に乗せると,多くのケースで,真ん中くらいの人が多く,極端な値を取る人は少ないという様子を観察することができます。学力試験の点数もそうですし,足の速さでも身長でも体重でも,左右対称にはならないかもしれませんがだいたいこういう図になります。
まずはこういうイメージだけをつかんでおくことは重要です。
ちなみに,次元のことについてはこの古典的名著『フラットランド』を読むとイメージがつかみやすいですね。まだ読んだことがない方はぜひどうぞ。私は古〜いブルーバックスで読みました。
軸のある人
就活では,よく「自分の軸を見つけなさい」と言われるそうです。「そうです」というのは,自分はそういうことを言われたことがないからで,また心理学で研究をするときにもそういうことを考えたことがないからです。
就活のときに問われる「軸」というのは,どうも「自分では絶対に譲れないところ」という意味のようです。そういうわけで,ここで説明している次元の話とはちょっと違うものを表しています。
アイゼンクのモデル
イギリスのパーソナリティ心理学者アイゼンクは,外向性と情緒不安定性(神経症傾向)という2つの軸を人間の基本的なパーソナリティの軸と考えました。
外向性という数直線と,情緒不安定性という数直線の2つが基本だと考えたというわけです。もちろんこの2つの数直線のうえには,多くの人がいろいろな得点で示されることになります。自分とまわりの人を比較したときに,自分は外向的な方でしょうか,内向的な方でしょうか。また,情緒安定的ですか?不安定でしょうか。
そしてアイゼンクは,この2つの数直前を組み合わせることを考えました。
外向性と情緒安定性を十字型に組み合わせます。すると,平面が描けます。2次元になるというわけです。
そして,数直線の中央(平均値や中央値)で平面を分割することもできます。すると,同じ外向性の高い人たちの中にも,「外向的で不安定」な人たちと「外向的で安定的」な人たちがいることになります。また,外向性が低い人たちの中にも,「内向的で不安定」な人たちと,「内向的で安定的」な人たちがいます。同じ「外向的な人」や「内向的な人」であっても,情緒安定性を組み合わせることで,単にそれだけではない,また違った人物像を描くことができるのです。
外向的で不安定な人は,不安定な情緒を伴いながら他者にかかわっていこうとしますので攻撃的になりやすい人物像になります。外向的で安定的な人は,積極的で何かネガティブなことが起きてもあまりダメージを受けない,健康な人物像です。内向的で不安定な人は,ひとりでいることを好み落ち込みやすく不安定な人物像,内向的で安定的な人は,ひとりで静かに読書や趣味に没頭するような人物像になります。
2つの軸を組み合わせることで,より具体的な人物像が浮かんでくるようであれば,このやり方は成功だと言えるでしょう。
個人個人の位置
一人ひとりは,この平面の中のどこかに位置しています。この図のように,バラバラと散らばっているのです。この中で赤い点に位置している人は,外向性の得点がやや高く,情緒不安定性もやや高い得点をもつ人です。この人よりも外向的な人はいますし,この人よりも情緒不安定的な人もいます。でも,この赤い色の人は,他の人と同じ「外向的で不安定」なグループに入ることになります。
こういうイメージを持っておくことも大切です。軸のうえにもたくさんの人はいますし,ぎりぎり「こっち」という人もいます。でもグループに分けてしまえば,同じカテゴリに入ってしまうのです。この強引さが,グループ分けの欠点でもあります。
友人関係の2軸
対人関係について2つの軸で捉えているのが,「青年期における友達とのつきあい方の発達的変化」という論文です。これは,私が大学院生の時によく読んだ論文のひとつです。
この論文では,友だちとのつきあい方に関する項目を多数集め,そこから35項目の質問項目を作っています。その項目を中学生から大学生までに回答してもらい,因子分析によってまとめていきました。
因子分析の結果,「本音を出さない自己防衛的なつきあい方」「誰とでも仲良くしていたいというつきあい方」「自分に自信をもって交友する自立したつきあい方」「自己開示し積極的に相互理解しようとするつきあい方」「みんなと同じようにしようとするつきあい方」「みんなから好かれることを願っているつきあい方」という6つの因子が見出されました。さらに,これらの間には相互に関連があって,もっとまとめることができそうだということで,二次因子分析を行いました。
その結果,友人関係の「狭さ」と「深さ」の2つの軸が見出されました。それらを組み合わせると,この図のように4つのグループができあがります。
「深さ」というのは,他の人とのかかわり方の姿勢です。深い関係は,積極的に他者と関係をもとうとする姿勢,浅い関係は,防衛的な姿勢を意味しています。
「狭さ」は,自分がかかわろうとする相手の範囲を表しています。狭い関係は相手を選択して範囲を限定する方向,広い関係は全方向的なつきあい方を意味しています。
さらにこの論文では,中学生から大学生にかけて,広く浅いつきあい方から狭く深いつきあい方が多くなる傾向が見られることも報告されています。
高い自尊感情の中に
さて,次は自尊感情です。以前,防衛的な自尊感情という話を書いたことがあります。
昔から,自尊感情は高いだけではダメで,高いからといって健康で適応的とは限らない,という話が根強くありました。そのなかで,自尊感情に別の軸を組み合わせることでそれを導き出そうとする試みが行われてきました。そのひとつが,自尊感情の安定性です。
この図のように,自尊感情の高さと安定性を組み合わせます。そして,自尊感情が高い中にも,不安定な自尊感情があって,そういう自尊感情をもつことはそんなに健康ではないのです,ということを示そうとしてきたということです。
自尊感情の安定性はどうやって測定するかというと,本当に何度も測定して,個人内の変動の大きさを得点化します。私も1週間,毎晩自尊感情尺度に答えてもらう調査をしたことがあります。
変動が大きいということは,何かが起きた時に簡単に崩れてしまうような,不安定な自尊感情をもつということです。このように考えると,たしかに「自尊感情は高いだけでは問題がある」という考え方を表現することができます。
2種類の自己愛
自己愛という概念は,臨床場面の解釈として発展してきました。その中で,臨床家たちは自己愛の2つのパターンを報告します。
ひとつは誇大型と呼ばれるものです。傍若無人で他の人の気持ちや状況に注意を払わないタイプです。もうひとつは過敏型と呼ばれるもので,他の人からの評価を過剰に気にして,他の人から褒められることを求めるタイプです。
私が大学院時代の最後に取り組んでいたのは,このタイプをどうやって測定するのか,この構造をどのように考えるかという問題でした。
誇大型と過敏型とを,それぞれ別の次元として捉える研究もあります。海外では今でもそういう枠組みで2種類の自己愛を捉えています。
しかし,私はその枠組みに納得がいきませんでした。そして,しばらくの間,ずっとこの問題をどう解決したら良いのかについて考えていました。とはいえ,ずっと頭の片隅に置いていても解決に至らず,解決したのは博論を書いた後だったのですが......。それはこの論文です。
自分なりの解決はこうです。
◎臨床家たちはそもそも,臨床場面に現れてかつ自己愛的だと判断したクライアントたちを2種類に分けている。
◎誇大型も過敏型も,高い自己愛をもつ人々である。
◎過敏型の特徴をそのまま文章で表現すると,自己愛の低い人のように感じられてしまうが,その解釈は誤りである。なぜなら,それでは「自己愛の」過敏型と名づけられることはないからである。
◎この構造を測定で表現するならば,まずは自己愛的な人たちを特定した上で,その中で誇大型と過敏型に分けるのがよい。
こういった考え方を反映したのが,自己愛傾向の2成分モデルです。
あまり人には言っていませんが,この枠組みに思い至った時には「やった!」と思ったものです。そういう経験は,研究をする中でもなかなかできるものではありません。とはいえ,それは某先生の何気ない一言がヒントになったのですが。ずっと悩んでいたのに,その一言で一気に問題が解決したという経験だったのでした。今思い出しても,ちょっと背中がぞくっとします。
「これのどこが?」と思う人がいるかもしれませんが……実は,別の大学の某先生が「よくこれを思いついたね」と褒めてくれたことがあって,それはとても嬉しい経験でした。本と論文を読んで,褒めてくれたのです。わかってくれる人は,どこかにはいるものだと思いました。
二次元モデルのコツ
この考え方をしたらどう?とたまに学生に勧めるのですが,うまくいくとはかぎりません。
うまくいくためには,互いに無関係な2つの軸を組み合わせる必要があります。この「互いに無関係な2つの次元」を考えるのが,予想以上に難しいのです。
しかも,2つの軸を組み合わせることで,それぞれの次元だけを考えていただけでは想定できないような,よりリアルな人物像が浮かんでくると一番効果的です。そこが曖昧なモデルは,うまく現象を説明できていません。うまく現象が説明できないときは,別の方法を考えた方が良いかもしれません。
こういったことを心に留めながら,2つの次元を平面に描くモデルを,考え方のひとつとして試してみてはどうでしょうか。
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