未来予測の天才たち
東京に引っ越しをする前日。
すでに荷物は梱包してしまい,前日の夜は友人家族とお別れのパーティ。
その翌朝のことでした。
末の息子が朝食のために並べたローテーブルの周りを走っていました。
そして次の瞬間,転んで顔をテーブルの角にぶつけたのです。
目の下の頬の皮膚がぱっくりと裂け,大量の血が。
その瞬間です。
「ああ,注意しようと思ったところだったのに」
という言葉が心に浮かんできたのでした。
目次
・ワールドカップの予測
・後知恵
・後悔
・学ぶからこそ
・バッシング
・ヒューマンエラーと後知恵
・止めることはできるのか
ワールドカップの予測
4年ごとのワールドカップでよく観察される現象も,これに似ています。
2018年のワールドカップも,開幕直前にハリルホジッチ監督が電撃的に解任され,ワールドカップ直前のガーナ戦やスイス戦では1点も取れず負けてしまうなど,正直言ってワールドカップ開幕前には期待していなかった人も多かったのではないでしょうか。
ところがワールドカップが開幕してみれば,対コロンビア戦2対1,対セネガル戦2対2,ポーランド戦は0対1で負けはしたもののギリギリ決勝トーナメントに進むことができたのでした。そして決勝トーナメントのベルギー戦では2対3で敗れはしたものの,後半途中までは2対0で試合を進めるなど,見ている人々に熱い気持ちを引き起こしたのは間違いありません。
2018年のワールドカップは,事前の予想と大会開始後の善戦のギャップが大きかったように思います。事前には3戦全敗,大会が始まっても全く盛り上がらないという記事が出ていたくらいですが,それを覆す活躍でした。
もしかして,「実はこうなると思っていたんだよな」「ここまでとは思わなかったけれど多少は期待していた」「少しは勝つと思っていたよ」などと思っていないでしょうか。それは,本当に大会が始まる前から思っていたでしょうか。
本当に?
後知恵
物事が起きたあとで,最初からそれが予想できていたと感じる認知的バイアスのことを,後知恵バイアス(hindsight bias)といいます。
「だからいわんこっちゃない!」
「わかっていたはずだろ!」
こういうセリフが,後知恵バイアスでよく聞かれるものです。
でも「言おうと思っていた」のなら,ちゃんとことが起きる前に言ってくれ,ということなのです。
事前に予想できていないから,言えなかったのでしょう。そして言わなかったからこそ,それが起きてしまったのです。なのに,それを棚に上げてこのようなセリフをついつい言ってしまうのです。
この後知恵バイアスはとても強力な認知的な歪みで,誰もがこのバイアスに影響を受けています。
後知恵バイアスは,あたかも最初から未来を予測していたかのように私たちに思わせる効果をもちます。私たちは誰もが,天才的な未来予測をしていると思い込んでいるのです。しかし,それは単なる思い込みであるのかもしれないのです。
後悔
後知恵バイアスは,後悔することにも関係しています。
「ああ,こうすればよかった」
このような気持ちは同時に,「最初からこうなると予想できたはずなのに」という考えとセットになることが多いからです。
しかしよく考えてみれば,最初から予想できなかったからこそ,こうなってしまったのです。後知恵バイアスは,本当は予測できなかったことであるにもかかわらず,あたかも最初から何らかの形で少しは予測できたのではないかという気持ちを強め,後悔の念を私たちにもたらします。
心理学者のダニエル・カーネマンは本の中で,後悔の対策としていちばん効果的なのは「予想される後悔をあらかじめ書き出しておくこと」だと書いています。
また後知恵の対策として,「長期的な結果を伴う決定を下す際には,徹底的に考え抜くか,でなければごくいい加減にざっくりと決めるか,どちらかにしている」とも書いています。中途半端に考えるのが一番よくないそうです。中途半端な考えは,「あのときもう少し考えればよかったのに」という後悔を生じさせるからだそうです。
(ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) 早川書房)
学ぶからこそ
このように考えると,後知恵バイアスは学ぶプロセスでもあります。
自分が何かをやらかしてしまった時や,他人がやってしまったのをみて「そうなると思った」と思うのは,次にそう言うことをするのはやめておこうという,次へのステップへとつながります。
ここには,私たち人間がさまざまな出来事から学ぶ存在であることを反映しているようにも思います。
バッシング
とはいえ,後知恵バイアスの良くない面というのもあります。
それは何かの事故の当事者を過剰にバッシングしてしまうことです。
事故を起こした人に対して「どうしてわからなかったんだ」「そうなることは最初からわかっていただろう」と言ってしまう背景には,結果がわかったからこそ最初からそうなることがわかっていたはずだと思ってしまう,後知恵バイアスの影響があるのです。
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