見出し画像

『人種は存在しない』(ベルトラン・ジョルダン著)

今回も本の紹介です。ベルトラン・ジョルダン著『人種は存在しない—人種問題と遺伝学—』です。

「人種は存在しない」というのが,タイトルになっているように,これが結論です。とはいえそこに至るまでに人種差別の歴史をざっとおさらいしたり,遺伝学の知見を紹介したり,どう考えるべきかを考えていくエッセイ集のような内容になっています。

4つの結論

この本では最後に,4つの結論が述べられています。

一つめは,厳密な意味において,「人種」は生物学的な意味をもたない,という結論だ。

人類を人種に区別するという考え方は,見た目でわかるような身体的な特徴から個人を分類して,その分類に遺伝を根拠とした能力や態度のありかたを割り振るというやり方です。しかし,人類の起源はまだ新しくて,均質性が高いために,そのような区別・分類をすることには無理があるだろうという結論です。

二つめは,そうはいってもDNAの分析によって,人類という種の祖先集団は明確にすることができる,という結論だ。

これは,「人種に分けることはできない」ということは,DNAを分析することによって祖先がどのあたりから来たかということが「わからない」というわけではない,という主張です。地理的に,アフリカなのか,アジアなのか,ヨーロッパなのか,自分の祖先をおおよそたどることはできるということです。

三つめは,病気によっては,これらの集団感で発生率が著しく異なる,という結論だ。

これは,どのような病気でもそうだというわけではありません。病気の種類によりますし,単に遺伝だけで発症率が異なるというわけでもありません。病気によっては,これまでの歴史のなかで自然選択が働いたり,生活条件との兼ね合いで発症が生じやすくなるということが起こりうるということです。

最後の四つめは,ある種の「先天的な能力」が祖先集団によって異なることはありうる。だが,そのような遺伝に基づく差異は,今日まで証明されたためしがない,という結論だ。

この本の中では,おそらくこれは,今後も証明されることはないだろうと書かれています。この話は心理学にもおおきくかかわる問題なので,しっかり理解しておきたいポイントです。

差があっても解釈による

まず,ある能力や資質には,とても多くの遺伝子が関与していて,ある遺伝子をひとつもつからといって,何かができるようになるというようなことはまずありません。また,集団間の差異よりも集団内の多様性のほうが大きく,「この集団だからこれができる」という明確な結論を下すことは困難です。身長の平均値に差があるからと言って,こちらの集団よりもあちらの集団のほうが全員背が高い,ということはないのです。さらに,個人の特徴がおもてに表れるときには,遺伝と環境が複雑に絡み合いますので,何が遺伝なのかを明確にすることは難しいと言えます。

この本は,遺伝的な多様性や文化的な多様性を否定するものではありません。むしろ,ちゃんとそれらを認識できるのであれば,人類全体にとって大きな財産になると主張しています。問題は,遺伝という観点から「祖先」を予想することはできても,遺伝から「人種」を規定することはできないということです。

人類の集団間に遺伝的な差異(平均値の違い)があるのは確かで,それは長い時間をかけてその集団に定着したものです。でも,その差異をどう扱うかが私たちに課された問題だということなのでしょう。

これは,私が授業の中でもよく言うことです。それは「個人差は存在していても,個人差が望ましい・劣っているという価値観は,個人差とは別にある」ということです。このスタンスは,この本の問題を考えるときと同じようなものだなと思いました。

ここから先は

0字
【最初の月は無料です】心理学を中心とする有料noteを全て読むことができます。過去の有料記事も順次読めるようにしていく予定です。

日々是好日・心理学ノート

¥450 / 月 初月無料

【最初の月は無料です】毎日更新予定の有料記事を全て読むことができます。このマガジン購入者を対象に順次,過去の有料記事を読むことができるよう…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?